「久しぶりだな、鋼の」

 東方司令部に来たふたりをロイは歓迎した。机の上には書類がたくさんあるが、ロイは手を止めてふたりを見た。ふたりは旅をしているものだから一年にそう何度も会うことはない。一応自分の管轄内のふたりなので居場所は特定しているものの、特に電話もしない。ロイは東方司令部の上官であるから忙しいし、兄弟はふたりでも十分にやっていけているのでたいした連絡を取らなくてもいいのだ。そこまで過保護になるつもりはないし、なられるつもりもないという関係なのだ。
 せっかくの再開だというのに、エドワードは黙っている。口をへの字に曲げ、機嫌が悪そうというか、明らかに何か嫌なことがありましたという顔だ。いつもならロイにはむかうのだが、今日はそれもない。ロイに不機嫌になっているわけではなさそうだ。
 アルフォンスはやっぱりさっきのことかなとぼんやり思った。列車に着いてから、エドワードは何も話さなかった。アルフォンスが何を聞いても「大佐に会ってから話す」とそれだけなのだ。何か大変なものを見たのは明確で、それも気軽に言えるようなものではないことを感じとったアルフォンスは、それ以上何も言わず無口なエドワードをそっとしておいたのだった。それがアルフォンスなりの優しさだった。

「何かあったのか?」

 沈黙のエドワードにロイはアルフォンスを見て言った。アルフォンスはさっきあった出来事を簡単に説明する。兄は何も言ってくれない、と困った様子のアルフォンスにロイは助け舟を出した。

「何を見たんだ、鋼の?」

 エドワードは拳を硬く握った。そして難しい顔をしながら口を開き、ようやくポツリと話し始めた。ドアの隙間から見た、悲惨な事実を。
 あんなもの、できれば見たくなかったというのに。

「……血の、臭いがしたんだ。部屋には男がいて、ソイツこう言ってた。『また失敗か』『もう少しなんだ』……って」
「失敗……?」
「煙が晴れたから、俺は中を覗いてみたんだ。そしたら……人が倒れてた」
「!?」
「錬成陣に、大量の血……アイツ、人体実験してたんだと思う」

 エドワードの言葉にロイもアルフォンスも耳を疑った。
 錬金術を用いた人体実験。すなわち生体錬成だろうか。
 エドワードの話からするに、医療を目的とした行為ではないだろう。周囲を拒むような森の中で研究をしていて、医療錬金術も何もないはずだ。
 医療であれば部分的な錬成は”治療”になるため問題はない。しかし、医療目的ではないとすれば、それは錬金術における最大の禁忌、「人体錬成」に抵触することにもなりかねない。
 「人を造るべからず」
 それは倫理に反していて非常に危険であり、国家錬金術師の三大制限にもあげられている。
 錬金術の基本は等価交換。何かを得ようとするならば同等の代価が必要である。無から有は作り出せない。対価以上のものを得ようとすれば、必ずリバウンドが生じるのだ。
 エドワードが見たという男は、恐らくリバウンドは起こしていないらしい。しかし巨大な力だったのならば、それなりの錬成であるということだ。私利私欲で錬成を行っているのは間違いない。その場にいた犠牲者は研究のための承諾などしていないだろう。拉致されたか、元々死体の可能性が高い。どちらにしても命を弄ぶ行為だ。許されることではない。

「人体実験だと?本当ならその人物を即捕まえなきゃならん。顔は見たのか?」
「いや、見てない。それに、足音に気づかれてすぐに逃げてきたから証拠を聞かれても、何も言えないんだ」

 エドワードの言葉を受けて、ロイは机の上で手を組んで考え込んだ。
 実は、最近行方不明になっている人間がいるという情報が何件か入っていた。現在一般憲兵や下士官が情報収集しているはずだが、まだ報告はないため詳しい情報は分かっていないのが現状である。
 人体実験の対象者が拉致や死体の可能性が高いということは、もしかしたら行方不明の事件がそれに関係しているのかもしれない。
 目的が何であれど、国内の治安維持が軍人の仕事だ。世の中の理に反するものは、正すべきところに送り込んでやろう。

「分かった。こちらでも気になることがあるからな。調べてみよう」
「僕たちも協力します!」

 ロイの言葉にいち早く言葉を切り出したのはアルフォンスだった。

『一は全、全は一。世の中は大きな流れに従って動いている。人が死ぬのもその流れのうちだから、人を生き返らせようなんて思ってはいけないよ』

 いつか、自分たちの師匠が言った言葉だ。しかしその教えに背き、自分たちは亡くなった母親を蘇らせようと人体錬成をしてしまった。それによって失くしたものは、代償は大きかった。世の中に逆らおうとした罰だ。しかしそれでも運はよかった方で、危うく自分は兄の命をも奪ってしまうところだったのだ。きっと兄は自分以上にそれを感じているだろう……。命の重さを、事の重大さを何一つ分かっていなかった。母の笑顔が見たい、ただそれだけで……。
 私利私欲だけで動いては駄目なのだ。しかも人の命に関わることなら尚更。人の命はおもちゃではない。ひとつしかない命。それを弄ぶというのなら、ボクたちが止めないと。またひとつ、と失われないように……。
 命の重さを理解しているから、自分たちが失敗して後悔したから、だからこそ人の道を踏み外した人間をアルフォンスは放っておけなくて進言したのだ。
 ロイはそれを分かっているのか、苦笑しながら言葉を発した。

「まあ、鋼のが調査してくれればそっちの方が早いし有難いのだがね。……一応聞いておくが、次の当てはあるのかね?」
「ないですけど、兄さんの機械鎧を整備しに先にリゼンブールに行く予定なんです」
「ほう、リゼンブールか。ならちょうどいい、ついでに君たちには行ってもらうところがある」

 ニヤリと笑ったロイに、エドワードは心底嫌そうな顔をした。ただでは通してくれないのが、このロイ・マスタングという男だ。

「また何か押し付ける気かよ」
「そう言うな。リゼンブールに行くなら休暇も兼ねてるだろう」
「休暇なんて別にいらねえっつーの。それより何か情報くれって」
「ここより東の方で何やら不穏な動きがあるらしい。その視察だ」
「だーーー!俺の話を聞けよっ!」
「情報をくれと言ったのは君だろう」
「そういう意味じゃねえって!賢者の石の、だ!」
「いいじゃない兄さん、ついでなんだし。それにほら、賢者の石探しだと思えば、ね?」

 アルフォンスの言葉にエドワードは不機嫌そうに眉を寄せる。ただ単純に、ロイの言うことを素直に聞くのが面白くないのだ。
 そして「賢者の石」には必ず反応することをアルフォンスは分かっている。存在するかどうかも分からない今だが、最近は賢者の石を求める錬金術師が増えているという噂がある。その不穏な動きに賢者の石が関わっている可能性もあるかもしれない。
 アルは大佐に甘い。そして俺はアルに甘いのかもしれない。大佐の命令を聞くのは嫌だったが、アルに言われてしまえば流されていると分かっていても納得してしまう自分がいて、結局「仕方ねえなあ」と渋々了承してしまうのだ。

「今回の事件は後からでもね」
「お、俺は別に今回の事件も手を出すつもりは………」

 エドワードの言葉にアルフォンスは苦笑する。本当は気になっているんだから、素直になればいいものを。
 ロイは今回の事件に関しては何も言わなかった。何故かはアルフォンスには分かっている。ロイがアルフォンスの協力申し出にはっきり答えない理由も。
「一般人を極力巻き込むわけにはいかない」、そう言われるだろうことが分かっていて、それ以上強くは言わなかったのだ。ロイにだって立場がある。何かあって咎められるのはロイだし、それがルールなのだから仕方ない。
 今は自分の視線に気づかないフリをしているロイだが、それでも最後には自分の気持ちも汲んでくれる人だから、視察が終わったら協力させてくれるだろう。

「リゼンブールに行くのは久々なんだろう?少し羽休みしてくるといい」
「そんなゆっくりしてる暇ねえって」
「ウィンリィ元気かな?」

 たまにどころか全然故郷に帰らず、手紙のひとつも書いてないのだから怒られるかもしれない。そんなことを思いながらロイに見たことを細かに報告をし、ふたりは東方司令部を後にした。



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