月のゆりかご - mope
ガタン、ガタンと電車が走る音が聞こえた。
ほんの少し色褪せた様な世界で沢田綱吉の意識は覚醒する。

「…………あれ?」
「どうしたの、つー君。」
「いや、そろそろ夏になるんじゃなかったけって。」

キョロキョロと辺りを見回す。
どうやらここは見慣れた並盛の駅だ、けれどどこか違う雰囲気に彼は首を傾げる。

季節はもうすぐ夏になるはずだった。
だというのに、駅から見える木には僅かに桜の花が付いていた。
葉桜に変わる瞬間の、春の訪れを感じさせるそれに違和感を覚える。

「やだ、今日は雫ちゃんが巌戸台に行く日でしょ?」
「え……?」
「私達はお見送り!気合い入れてお弁当も作ったのよー!!」
「…………?」

笑顔で喜ぶ母親に、やはり綱吉は腑に落ちない。
ルンルン、と先を歩く奈々の後ろを歩いて行くとベンチに座っている髪の長い女性の後姿が目視出来た。

「奈々さん、綱吉も。」

その女性は立ち上がって、笑顔を浮かべて片手でヒラヒラと手を振った。
彼女の名前は知っている。いつも自身の少し後ろを歩き、けれど何かあれば前に出て怖いモノから守ってくれた人だ。
そして綱吉は思い出す。これは彼女が……月岡雫が1年前に巌戸台、月光館学園に転入する為に並盛を経った経った日の記憶だということに。

笑いながら話す二人を見て彼は俯き、コンクリートの床を睨む。
雫が浮かべているあの笑顔が酷く嫌に感じてしまったからだ。

「――――?」

雫はそんな綱吉を見て、心配そうに声を掛ける。
その声すら聞きたくなかった。……その感情に綱吉は戸惑う。
何故だろう、何故こんなに苦しくて辛いのだろう。

先程雫が浮かべていた笑顔も、綱吉を心配した声も。
全てが嘘に思えた。本当は何も思っていないのに、わざと作っているんだ。

心配そうに近づいてきた雫にどうすればいいのか解らなかった。
ただ拳を握りしめ―――


「いい加減起きろダメツナ。」
「のわーッ!!」




◇◆◇◆




雫はゆっくりと瞼を開ける。

ベッド脇に置いていた携帯を取り出して現在の時刻を確認した。
そしていつもより早い起床に軽く息を吐き出す。
これも夢見が悪かったからに違いない、と。

(……何であの時綱吉は何も言ってくれなかったんだろう。)

見ていた夢は、並盛から巌戸台に旅立つ日だった。
笑顔で送り出した奈々に対し、綱吉はどこか…………。
まるで大好きだったあの人に良くぶつかっていった、感情豊かな年上の先輩の様だった。
……あそこまで思ったままの感情を吐き出す様な子ではないけれど。

『お前も、お前だよ!いっつもへらへら笑いやがって!!』


何故こうも思い出してしまうのだろうか。私は忘れるために、逃げるために戻って来たのに。

腹の底から息を吐き出して、雫は片手で髪をぐしゃぐしゃにする。
いつまでも未練がましく、捨てることが出来ない記憶にこれ以上振り回されたくはない。
―――『生きろ。』と言われた言葉を守るには、それしか無いのだから。

両手で勢いよく頬を叩きベッドから起き上がる。
閉じていたカーテンを開き、朝日を浴びて。
そうして雫はようやく思い出したようにハッと目を見開く。

「ふーちゃんと、リーチは?」

確か夜は一緒に寝た。
けれど起きた時にはすでに居なかった。
何故だろう、と雫は首を傾げて更に思い出す。
今開けた窓には寝る前に鍵を掛けていたということに。

背筋に氷を落とされたような感覚に、雫は開けた窓から身を乗り出す。
……転落した様子はない。そのことに少なからずほっとした。

「おはようございます。」
「……え?」

すると頭上から良く透き通った声が聞こえた。
今彼女の頭の上には家の屋根しかない。
先程までと違った嫌な予感を感じながら、落ちないように窓の脇に手を掛けながら身を捩じり上を見上げる。

「ふーちゃん?!」
「朝は瞑想するのが日課なので。」
「だからって屋根の上……。……いや、いいよ。ふーちゃんはスーパーベビーだからね。」
「スーパーベビー。」
「だから屋根にも上がれるんでしょ?朝ご飯今から作るから、30分後には戻っておいで。」

何か言いたそうな風を無視して、窓は開けたままカーテンだけを閉める。
寝間着を脱いで、制服を着て。
ぐしゃぐしゃにした髪はブラシで整えて。洗顔はご飯を食べた後に。

(そういえば、昨日椅子倒してたのに元の場所に戻ってる。)

机の上に置いていた鞄を取るために近づき昨晩の事を思い出す。
表現のしようのない感情と、小さい身形なのに良く戻せたことに若干驚きを抱く。
スーパーベビーと言ったのは間違いなかったなと思いながら片手で携帯を操作しつつ部屋を後に。

「あの身形からして出身は中国でしょ?朝ご飯って何食べてるんだろ。」

タンッタンッとリズム良く階段を降りて行く。
カウンターの端に鞄を置いてエプロンを身に着けて。
雫は異国のメニューとにらめっこをしながら目を細める。

「……今の材料と、時間を考えると……コレなら作れるか。後は……っと。」




◇◆◇◆




「……これは……。」
「おはよ、ふーちゃん。初めて作ったから味の保障は出来ないよ。」

言われた通り、瞑想を30分程で切り上げた風とリーチは階段を降りて店内に姿を現した。
扉を開けて香ってきたそれに風は目を丸くする。
雫も同居人が降りてきたのを確認するとエプロンを外す。

目をぱちくりさせた小さい赤ん坊と待ちきれないようにぴょんぴょん飛んでいる小猿を抱き上げる。
風はクッションを何個も置いて高さをだした椅子の上に。
リーチはテーブルの上に置いた小さいクッションの上に。
そうして彼女は風の隣に腰を下ろした。

香りで解ってはいたが、実際に見るとそれ以上の感情がほわっと湧き上がるのを風は感じる。
自身の相棒であるリーチには、食べやすいようにカットされた新鮮なフルーツ。
雫と風の目の前には…。

「中華粥……。」
「朝はコレ食べるんでしょ?……ネットで調べて見よう見まねです。」
「いえ、とても嬉しいです。」

頂きます、と一声かけてから小さな蓮華を握る。
喫茶店の方から聞こえてきた「あった!!」と言った声はきっとコレの事だろう。
蓮華を粥に沈めるようにゆっくりと落とし、持ち上げる。
白い湯気が出るそれに、朝の鍛錬や瞑想で空かした腹が喜ぶように声を出した。

(う………。)

腹の音はどれだけ鍛えていようと鳴る時には鳴ってしまう。
隣から堪えきれずに噴出した声を聞いてほんの少し頬に熱が集まるのを感じた。
風はそれを誤魔化すように口を開いて蓮華を頬張る。

「美味しい。」

はふっと熱を逃がすように吐き出して。
飲み込んだ後は自然と言葉が零れ落ちた。

「ふふ。……私もたーべよっと!」

両手の平を合わせて、頂きますと言った雫を横目で居る。
風が言った言葉が嬉しかったのか今まで見てきた笑い方でも一番綺麗な物だった。
いつもそうやって笑えばいいのにと思いながら、休めていた蓮華を動かし彼も食事を再開する。


そうして食べ終わるとタイミング良く出された緑茶にお礼を言い、喉に通す。
こういった気遣いは流石喫茶店育ちと言う所だろうか。

雫は学校への準備といい、洗面台に向かって行った。
飲みながら待っていると鏡を見ながらやったお蔭か、リボンも曲がってはおらず寝癖も見当たらない。
カウンターに置かれたままの鞄を持ち上げた雫は風に向き返った。
彼女は風の目の前にキーホルダーがついた鍵を置く。
キーホルダーは昨晩枕にしていたキャラクターと同じ物だ。

「スペアの鍵ね。どうせ鍛錬やら何やらで出かけるでしょ?」
「良いのですか?」
「一緒に住んでるんだから当たり前。まぁ戸締り出来るか心配だけどふーちゃんだしね……。」
「えぇ、問題ありません。」

助かります、と声を掛けてその鍵を受け取る。
その姿に満足した雫は思い出したようにカウンターに身を乗り出して布に包まれた小さい物を掴む。

「はい、お弁当ね。こっちはリーチの。」
「…………。」
「だってお腹減るでしょ?ちゃんと三食食べないと……ね?」

ここまでするのか。
何も言わずとも彼の目がそう言っている事に気づき雫は苦笑する。
ついでに言うならば一人分の弁当を作るよりかは二人分の方が楽だ。
そう伝えると若干納得はしたのか、彼はまた礼を言う。

「一応早く帰ってくるつもりだよ。」
「部活動はしていないのですか?」
「帰宅部です。あ、夕飯食べたいのある?」
「貴女の食べたい物でいいですよ。まだ短い付き合いですがとても美味しいですからね。」

風の言葉に雫は「うっ」と詰まるような声を出す。
目の前でくすくすと笑う赤ん坊がこ憎たらしい。

彼女はやれやれ、と言った雰囲気を出しながら鞄を持ち直した。



いつもと違う朝

(あぁ、待って下さい雫。)
(ん?何か聞いておくことがあるの。)
(いえ、違いますよ。  行ってらっしゃい、お気をつけて。)
(…………。)

(……い、……てきます。)



2017/12/30



ALICE+