夕暮れに染まる帰り道、学生鞄を肩に担いで別の手には買い物袋。
学生鞄はともかくとして、買い物袋は指に食い込みビニールは重さに耐えられず伸びている。
けれどそれを感じていないのか、軽々と片手でスマホを操作しながら雫は帰路を急ぐ。
「そうだった、ふーちゃんに番号教えてなかった。電話かかってくる訳ないかー。」
彼女はそう呟きながら、スマホをブレザーの中に入れる。
何か問題を起こすような子ではない事は昨日出会ったばかりでも察する事は出来る。
けれど万が一という事もあるし、出来る限り急いで帰った方がいいだろう。
ずるっと下がった学生鞄を肩に担ぎ直して、速足で急ぐ。
「お帰りなさい、雫。」
「っと、…あー、……ただいま、ふーちゃん。」
学校帰り、少し息を切らせながら帰ってきた雫は店のドアを開ける。
そして柔らかい笑顔で、当たり前の様に出迎えてくれた風を見てほんの少し言葉を詰まらせた。
行ってらっしゃいも、お帰りなさいも、聞き慣れた言葉で。けれどとても懐かしくて。
困った様に笑いながら彼女はただいま、と返した。
―――カラン、カランとベルを鳴らしながらドアが閉まる音を聞きながら。
「何か変わった事は無かった?」
「大丈夫です、と言いたい所なのですが私も先程帰ってきたばかりなので。」
「そっか、まぁ何もないならそれに越したことはないからねぇ。」
「それと、お弁当ありがとうございました。とても美味しかったですよ。……ですね、リーチ?」
「キキッ!」
「ん、良かった。じゃぁ私は制服着替えてー……。」
「駄目だー!獄寺君待ってー!」
鞄を肩から手に持ち替えて、カウンター脇の狭い階段を上がろうとした時ドアの方から耳を塞ぐ程の音が響いた。
その前に聞こえてきたのは焦った様に止めようとする綱吉の声。
思わず振り返ると、そこには恐らく蹴り飛ばされたドアが転がり、向こう側には三つの影が見えた。
あまりに突然の出来事に、手から落ちそうになった鞄を持ち直して。
軽く、数回瞬きをした後に首を傾げる。
「邪魔するぜ。」
恐らく彼がドアを蹴り飛ばした張本人なのだろう。
悪ぶれもせずに店に入り、二つの影が慌てながら少年を止める。
「知り合いですか?」
「いやこんな野蛮な知り合いは……って綱吉?」
煙草を咥え柄の悪い人相をした男の背に居たのは、亜麻色の髪の小さい男の子。
その声に聞き覚えがあり体をずらし確認すると確かにそこには沢田綱吉がいた。
今朝、確かに友達がいると聞いた。けれどこれは
「……まさか友達ってそういう意味の。」
「違うから!!」
「ちょっとそこの銀髪、人の店の扉蹴破った挙句に綱吉に絡んでるわけ?」
「あぁ?!テメェこそ10代目のお電話にでねぇで何様だ!!」
「は?」
「やめて!やめて獄寺君!!ほんっとやめてー!!!」
「何でですか10代目!こんな女脅せばすぐに!!」
「雫ちゃんは俺の姉ちゃんみたいなもんだから!!俺の!姉ちゃん!!」
「――――10代目のお姉さまですか?!」
大変失礼しました!!!
イキり良く店内に入り込み、怒声をまき散らした男はあろうことか綱吉の言葉を聞き、途端に顔を青ざめ勢いよく土下座をした。
余り者変わり様に一瞬、ほんの一瞬頭が真っ白になる。
一体いつの間に、こんな顔も態度も不良そのものな男を懐柔できる程の男に成長したというのか。
唖然としてる雫を前に、土下座している男よりも更に青ざめた綱吉が間に割って入る。
「これほんっとうに違うから!獄寺君……あ、彼獄寺君って言うんだけどホラつい最近までイタリアに居てさ!日本の文化に……あー!!」
「…………とにかくイジメられてはないんだよね?」
「勿論ですお姉さま!!10代目は俺が命に代えてもお守りしています!!」
「えーと、この10代目とかいうのは……。」
「獄寺君実は時代劇の大ファンでさ!!!!」
「あー……そう。…………ん?あれ、山本君も一緒?」
「お久し振りっす!月岡さん!!」
話しについていけない、それならいっそのこと話を変えるのが利口というものだ。
もう一つの影を見て、顔を確認して話題を振ろうとして驚いた。
祖父が贔屓している寿司屋の息子がそこにいたからだ。
「いやー寿司でも持ってこようと思ったんすけど。急に来ちまってすんません!」
「構わないよ、お父さんはお元気?」
「はい!今日も元気に店やってます!!それにしても月岡さん戻ってきたならそう言ってくれればいいのにさー。」
「はは、バタバタしててね。綱吉もそうだけど山本君も1年会わないだけで成長するね。」
「ウッス!月岡さんの身長超えました!」
「はー腹立つ良い方するね山本君。」
「近々店来て下さいよ!奢るんで!」
「余裕が出来たらね。」
軽く、山本と世間話をして。
雫はパンパンと二回手の平を叩いた。
「立ち話もなんだし、皆カウンターおいで。お姉さんが奢ってあげる。」
クリームソーダ、牛乳、ホットコーヒー。
性格が現れる注文を聞いて、グラスを2つ、カップを一つ食器棚から取り出す。
カウンターから背を向けている為、綱吉達の顔は見えないけれど何やらヒソヒソと会話が聞こえる。
ご、獄寺君!ほんと、雫ちゃんが勘違いしたらどーすんだよ!!
申し訳ありません10代目!ですがお姉様ならそうと言って頂けたら!!
いやツナと月岡さんは兄弟じゃねーからな獄寺?幼馴染の姉ちゃんみてーな関係だろ??
そう!そうだよ山本!!
あぁ?!
「うーん……。」
「どうかしましたか?雫。」
「いやあれからずっと肩に乗ってるふーちゃんも気になるんだけどねぇ。」
あれから。
綱吉達が雫に促されカウンターに案内された時。
そこでようやく彼らは小さな先客に気付いた。
悲鳴を上げかけた、明らかに何かを知っている様子の綱吉を尻目に軽く笑顔を浮かべ。
そのままピョンっと一飛びで雫の肩に飛び乗ったのだ。
「危ないですから。」
「赤ん坊に警護されてるってどうなの……。何か飲む?」
「では日本茶で。彼らが帰ったら、お願いします。」
リーチの尻尾が頬を撫でる。
ふわふわとしたその感触は少しくすぐったい。
彼女もカウンター越しに何か飲もうかと思っていたけれど、それは中断することに決めたようだ。
綱吉達が帰ってから、ゆっくり飲もう。
未だにヒソヒソ話をしている三人を尻目に。
軽く音を鳴らしながら注文通りに飲み物を置いて行く。
「お待たせしました。」
まず先に山本が、その次におずおずと言った様子で綱吉が。
そして綱吉が飲んだ所を見てから獄寺が。
「うっま!流石月岡さん!!」
「牛乳に流石も何も無いんだけど?その笑顔に免じてお菓子もサービスしちゃおうか。」
「やりっ!」
「……はーーー生き返る……。」
「流石10代目のお姉様!美味しいです!!」
「まぁ、よろしい。嘘ついてるように見えないし珈琲は実力だからね。」
皿に盛ったクッキーを出しながら、横目に綱吉を見る。
突っ込みで叫び疲れたのか一心不乱にストローで冷たい飲み物で喉を癒している。
その表情は疲労に満ちているが、嫌そうな色は浮かべていない。
何だかんだ言いながらも、きっと今が楽しいのだろう。
この子が本気で嫌がっていないのであれば、強く止める必要は無い。
10代目という言葉が引っかかるが関わることはしない方がいいだろう。
「…………。なんだよ。」
「本当に友達が出来たんだなって。」
「そう言ったじゃん……。………雫ちゃん、所で電話番号変えた?」
「……………あぁ、携帯無くしちゃって。新しく買い換えたんだよ。連絡先教えるね。」
「?う、うん……。それなら仕方ないよな……うん……。」
「伝えるの忘れててごめんね。」
腑に落ちない、そんな顔をした綱吉に笑顔で返して。
メモ裏にアドレスをざっと書いて制服の胸ポケットにねじ込んだ。
無くした携帯の事は、もう良いでしょうと言わんばかりに。
案の定何も言うことなく、引き下がった彼を見てその柔らかい髪を片手で撫でつける。
照れくさそうにムスっとした表情を浮かべる。
くしゃりと撫でつけた雫の顔は柔らかく、それを直視出来ず彼もまた視線を逸らす。
俯きがちの視線で、やっぱり。と少年は思い知る。
こんな事は、出来なかった。
あの頃は気づかなかったけれど、彼女はどこか感情の欠落した人形のようだった。
人形が、人のフリをしている様だった。
けれど、あの頃の彼女と、今の彼女のどちらが良いかと言われたら。
「……今の方が、いいな。」
「綱吉?」
結局の所、雫が今目の前で笑ってるのは事実。
寂しさも悔しさもあるけれど、それでも。
「雫ちゃん、エスプレッソの持ち帰りお願いしていい?あとぶどうジュース。」
「何個?」
「二つずつで。」
わだかまりの雪解け
(と、ところでさ。雫ちゃん……。)
(なぁに?時々ふーちゃんの方チラチラ見てるけどさ。)
(どうしました?沢田綱吉。)
(えっと、リボーンって奴知ってる…?)
(はい、勿論。)
(やっぱりアルコバレーノ!?)
(あるこばれーの?)
2019/04/26
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