白昼夢


アップルパイ


「あーくそっあいつ!」

そう怒りを露わにしながら、目の前の男はケーキを平らげた。彼の名前は丸井ブン太。私の幼馴染みだ。

「ブン太、そろそろやめなきゃまた副部長さんから怒鳴られるよ」
「うるせぇ、くってなきゃやってらんねぇっての。」

そう言って、すみませーんと店員さんを呼ぶ。本当にこの人はどれだけ食べるんだ。

「本当にあいつわかんねぇー!」

カチンカチンと、空になった皿の端をフォークで彼は小さく叩く。行儀が悪いと、注意しようとしたけれど、これで彼の気が紛れるならなんて、甘い考えが浮かんでしまうのが私の悪いところだ。

「あっちから告っといて、その2週間後には他の男かよ。」

さっきから彼があいつと言うのは数日前別れた彼女のこと。別れた理由は、彼女の浮気だった。彼自身割と飽き性だから、結局数ヶ月もすれば別れていただろう。だが、今回はまだ執着していただけあって荒れるに荒れている。
別れた当日、彼は突然私の家に押しかけて、お菓子を作るよう強請った。幼なじみのお願いと、明らかに傷心した風の彼を放って置けるわけがなく、お菓子を振る舞った。
それから今日まで、毎日のように部活終わりに甘いものをこれでもかと、彼は口にしている。それに毎日付き合う私もだ。正直私はコンマ単位だけど太った。けれど彼は全くそんなそぶりも見せないし、今まで一度も肥っている姿を見たことない。
羨ましいったらありゃしない。

「お伺いします」
「んーえっと、ラズベリーパンケーキと、シフォンケーキをひとつづつ」
「かしこまりました。空いたお皿はお下げしますね。」

本当にまだ食うのかこの男は。そう呆れながら、私はまだ自分の皿に残っているアップルパイを一切れ口に運ぶ。
私がこの一皿を食べ終えるまでにこの男は何皿空けるつもりなんだろうか。私と彼の関係そのままで、ため息が洩れる。彼を想う間に何人その座は入れ替わったのだろうか。私が一途に想っている間に、何人が彼に短命な一途を捧げたのだろうか。
ぼんやりと見やった窓の外は、灰の雲が陽を覆い隠している。そろそろ雨でも降りそうだ。

「なぁ、それ旨い?」

そう話しかけられ、視線を彼に戻す。先ほど注文した物が運ばれるまで口寂しいのか、私の皿の上のアップルパイを虎視眈々と狙っている。

「…美味しいよ?」
「んじゃ一口くれよ」

はい、あーん。なんて口を開けて此方が口に運ぶのを待ちわびる彼は普段とそう変わらない。そんな彼に少し苛立って、ちょっと意地悪したくなる。

「いいの?まだあの子好きなんでしょ?」
「いいんだよ。あいつのこと忘れるために食ってるんだから。」

ほら早く。そうせかす彼にこれ以上嫌みは言えなくて、小さく切り出し、フォークに乗せて彼の口に運ぶ。
ああ、側から見たらきっと私たちはカップルだと勘違いされるのだろうか。事実になればいいのに。

「どっかに浮気しなくて、オレのこと想ってくれて、菓子作り出来て、旨い菓子の店知ってる可愛い女の子いねぇかな。」

はぁと彼はため息を漏らす。
可愛いとはお世辞にもいえないけど、私にすればいいのに。
なんて言葉は、最後の一切れと共に飲み込んだ。
シナモンがよく効いたプディングの辛さはまだ消えない。

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