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「やァ、先輩。今日も好い天気だねぇ」
「そんなことはどうでも佳くてね」
電話口の向こうから、「非道いッ」なんて声が聞こえた気がしたけど聞かなかったことにした。
太宰はいつもこうだ。なぜかサボると私に電話をかけてくる。何故なのか理由を訊けば、此の間は国木田君に電話が繋がらないでしょう? と初見殺しの微笑みとともに返された。慣れてしまえば胡散臭くて堪らない。
こういう時は決まって只々世間話をする。電話を切れば良いのだが永遠と掛け続けてくるので終いには電源を切らなければならなくなり太宰の思う壺。話していることも太宰の思う壺なんだろうけれど、気にするのは止めた。
「太宰、不服にもアンタの方が仕事できるんだからちゃっちゃと終わらせればいいでしょ。なんで怒られる方に進むの?」
「え? 照れるなぁ」
「質問に答えろ自殺
嗜好」
「先輩日に日に口悪くなってません?」
太宰はのらりくらりと私の質問を流す。ちゃんと質問に答えてくれた時なんてあっただろうか。あったとすれば、それは初対面の時の自己紹介くらいだろう。それくらい、不誠実だ。
今日も太宰の手の上で転がされながら話していると聞き慣れた怒号が聞こえてきた。何を隠そう、この声は間違いなく国木田のものだ。
今日は見つかるのが早かったなぁと思いながらその会話を音楽だと思って黙って聞く。電話は切らない。
「夢咲さん。また太宰の馬鹿がすみません」
「私はあまり気にしてないから大丈夫」
ここまでが決まりきった流れだ。一度、電話を切ったことがあるがその時は国木田と会ったときに人目も憚らず頭を下げられた。それは勘弁してほしい。
この毎日を送るだけでも平和だと感じるのだから平和ボケも甚だしい。でも、それくらいで丁度良いのだろう。
電話の向こうから喧噪が聞こえてくるが悪いのは太宰だから気にしたことではない。喧騒が止み耳を澄ませていると、「夢咲さん」と太宰の優し気な声がした。胡散臭さを感じるが、こういう声の時は何かがあった時だ。
「どうしたの。具合でも悪い?」
「分かってて云ってますよね」
「うん。ごめんねー」
適当に返してもいつもの飄々とした態度は返ってこない。それだけでも寒気がする。只、私も私なのだ。
「いつもの頼めますか?」
「……ごめん。今日は無理。分かって」
「今日でしたか?いつもならもう少し早い気がしましたが」
「分かって?」
圧を掛ければ優しい声で返事をされる。こういう雰囲気に、私はまだ慣れる事ができない。なんだかむず痒くて頬が火照っていないか心配になる。
まるで行きつけの居酒屋で使うような台詞。でも、その言葉の意味はそんな優しいものじゃない。
もっと、酷く、ドロッとした、生温いもの。此の言葉の意味を知っているのは乱歩さんだけだろう。誰にも話したことはないから。太宰が広めていたら知っているかもしれないが。
若しかすると薄々気づいている人もいるのかもしれない。それでも止めるつもりはないし、もう止められない所まで来てしまった。
それを許可する私も私なんだけれど、人肌はストレス軽減にとても良いと思うのだ。
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