風の狙い






ある日の砂の国の夜

●●●は我愛羅を夜叉丸の元へ送り届けて、自宅へと帰っていた。

「また明日」と我愛羅と別れ、いつもの道をいつもの速さで歩く。
我愛羅と師と過ごす、何も変わらない1日が、もうすぐ終わろうとしていた。
明日もきっと、いつも通り3人で過ごす1日になるだろう。

そんなことを考えていた●●●の前に、砂の忍数名が立ちはだかる。
●●●は驚いて立ち止まる。
誰ですか?なんですか?と聞きたいけれど、
いきなりの事に声がまだ出ない。

「名前は」

背の高い砂忍が●●●を見下ろす。
誰かを探しているのだろうか…。
身に覚えのない●●●は臆する事なく口を開いた。

「●●●…と申します」

●●●の名前を聞くと、砂忍同士顔を見合わせる。

「一緒に来てもらおう」

砂忍の1人が●●●の返事も聞かずに●●●の腕を強く引く

「えっ、あの…どちらへ?」

砂忍は答えずに、●●●の手を引いたまま屋根の上を移動する。
眼下には夜の街を行き来する人々が見える。
●●●もこのうちの1人だった筈なのに、今は引かれる腕が痛い。

連れてこられたのは、『風』と書かれた傘をかぶり部屋の1番奥に座る五影の1人、風影様の元だった。
なぜ砂の国の長ともあろう人に自分が呼ばれたのか●●●は状況がよく分からない。

●●●の両側に砂忍が立つ。
そんなに堅苦しく見張らなくても…何も抵抗する気は無いのに。

風影は●●●を両眼で見つめる。
ピクリともしないその表情は何を考えているのか分からない。
●●●に嫌な緊張が走る。


「…お前は誰だ?」

風影は低い声で●●●に問いかけた。

「は、あ…はじめまして、●●●と申します」

●●●は慌てて頭を下げる。
風影は●●●の名にピクリと目元が動いた。

「…お前は我愛羅に何をした?」

「我愛羅」という言葉に●●●はドキリとした。
そ、そういえば風影様は我愛羅くんの父親…。

風影は●●●を静かに見る。
その目には何とも言えない迫力があった。

「…木ノ葉からの流れ者という話だが…。各国の緊張状態が高まる中…我愛羅に近付き私の情報を得ようとしたのか?」

●●●の両側にいる砂忍が静かにクナイを構える。
返答を偽れば殺されてしまうような緊張感。
でも私の目的は違う。

「い、いえ!私はただ医療忍術を学びに来ただけで…我愛羅くんと出会ったのも偶然です」

「里の強化に医療忍者は欲しい…が、私の情報網をなめるな。守鶴を封じたな」

師の研究所で使った術式のこと…?
背中に嫌な汗が出る。

「あの術は我愛羅くんの睡眠の為の守鶴鎮静術です!守鶴を封じる力はありません!医療忍術ではありませんが、我愛羅くんの身体の為には必要な…」

「我愛羅はこの里にとって最大の武器になりえる……勝手な真似をするな」

「……申し訳ありません。ですが」

「お前は我愛羅とかなり親しいと聞いている…我愛羅を人柱力として相応しいか見極めねばならんと思っていた所だ。その為にお前にも協力してもらおう」

「な、なにをですか…?」

「我愛羅を深く深く傷つけ追い込む必要がある。お前が我愛羅を傷つける材料になるのだ」

私が我愛羅くんを…傷つける材料?
どういう意味……?

「お前は即刻、国を出ろ」
「え…」

風影がそう言うと、●●●の両側に居た砂忍が●●●を拘束する。
いきなり身体を押さえつけられ、●●●の顔が苦渋に歪む。

「痛…ぃっ」


「そのまま国の外れまで連れて行け…その後は何処にでも行くがいい」

その声を最後に●●●の視界がぐらりと動く。
いきなりの事態に●●●は頭が回らない。
気が付けば●●●は砂忍に担がれ、夜の外を移動していた。

あっという間に国境付近に着き、●●●の身体は地面にドサと降ろされた。

「じゃーな」

砂忍は来た道を素早く帰って行く。すぐに闇に消え、見えなくなった。
辺りは真っ暗でよく見えないが、近くには木が生えている。
風か獣かが遠くの草むらをザザザとかけぬけ、
その音にビクリとする。

●●●は灯りがないかと肩かけカバンの中身をさぐる。
マッチでも、ろうそくでもいい…何か…
研究所からの帰り道だからロクなもの持ってない…。
こんなとき…カカシが居たら…カカシならどうするのだろう。

●●●は暗闇の中を 動く気になれず木にもたれかかって座り、空を見上げた。
大きな月と綺麗な星々。

「もうすぐ満月だ…我愛羅くん…」

このまま私は砂を出ることになるのかな…。
もう、会えないのかな…。

●●●が月を見上げていると、大きな鳥が飛んでくるのが分かった。
その鳥は●●●の近くにバサバサと降り立った。

「よう、生きてるかぁ」

「師!ふーマン!」

●●●の目の前には、ふーマンとそれの背にのる玄師の姿。

「…やられたなぁ。夜叉丸が風影様に全て話してやがってよ。俺のとこにも砂忍が来た」

「えっ…夜叉丸さんが!?」

応援してくれていると思っていたけれど…
そういえば最近を姿を見ていない。

「……師も砂を出るのですか?」

「いや俺は逆。砂から一歩も出られなくなった。今もバレたら非常にあぶねぇ」

師は、暗闇の中を見渡す。
これも風影様の玄師と●●●を接触させない為の措置だそうだ。


「時間がねぇから簡単に言うぞ、お前はこのまま岩隠れに行け、岩に俺の知り合いがいる。そいつも医療忍者だ」

「私は…砂にはもう、戻れないのですか?」

「お前は風影様に目をつけられた。戻らない方がいい。……ふーマンを貸してやる。今すぐ岩に飛べ」

こんな形で我愛羅くんや師と別れなければならないなんて…。
●●●は溢れる涙を師に見られたく無くて深く俯き、目元を服の袖で乱暴に拭った。


「……師……お世話に…なりました…」

きちんと伝えなくてはいけないのに、声が震えてしまう。

「あぁ…砂での修行を忘れるな。岩でもしっかり修行しろよ」


●●●はもう一度、涙を服の裾で拭う。

「師…これを、我愛羅くんに渡してもらえますか」

●●●は師に自分の付けていたネックレスを渡した。

「…我愛羅に?」

「母の形見です…いつか返しに来てほしいって伝えて下さい…」


●●●はふーマンの背中にひらりと乗った。

「師…最後までお世話かけます。…またどこかで」

「…おう…またな」

「ふーマンも…よろしくね」

●●●はふーマンに乗って、岩隠れの里の方角へ飛んで行った。

玄師はその姿が見えなくなるまで夜の空を見つめていた。








「風影様、遂行完了です」

●●●を国境付近まで運んだ砂忍が風影に任務が完了したことを告げた。

「ご苦労」

風影は風影室から、夜の国を見つめる。

「木ノ葉からの余所者も追い出せて、我愛羅を追い込む材料にもなった…一石二鳥だな。夜叉丸、ご苦労だった」

「いえ…命令ですので」

「もうすぐ満月だ…クク、何もかも順調すぎるな」



次の日の朝

我愛羅は1人、研究所に向かっていた。
いつもと同じ時間、いつも通りの研究所だ。

我愛羅は研究所のドアを開け、中を覗き込む。
●●●はもう来てるかな…


「よう、ガキ」

「……●●●は…?」

我愛羅は研究所の中をキョロキョロ見渡す。
まだ来てないのかな…。

「我愛羅」

玄師が我愛羅の名前を呼んだ。
いつもより低く落ち着いた声だった。
玄師は我愛羅の小さな手のひらに●●●のネックレスを落とした。

「いつか返しに来いだとよ」

「……え?」

我愛羅は驚いた。
自分の手の中には、●●●が付けていたネックレス。
●●●の母様の大切なものだと言っていた…。

「返しに来いって…?●●●は今日ここに来ないの?」

●●●がもう砂にいない事を知らない我愛羅は玄師の言葉を正しく理解できない。

「俺にこんな役目させんなよなぁ…」

玄師は頭を掻きながらボソリと呟いた。
人が傷つくと分かっていても言わなきゃいけない、そんな役誰だってやりたくない。


「僕、届けに行くよ…●●●の家教えて」

我愛羅はネックレスをギュッと握りしめた。

「ふぅー…よく聞けよ、我愛羅」

玄師は深呼吸のようにタバコの煙を吐き出す。
我愛羅はキョトンと玄師を見つめる。
この顔を、今から壊すのだ。


「●●●は…砂を出た」

「え…?どういう意味…?」

我愛羅は意味がよく分からないようだ。

ハッキリ言わなきゃわからねぇか…
「●●●は…砂の国を出て岩隠れの里に行ったんだ」

我愛羅はやっと、ハッキリと理解した。
大きな瞳が揺れ動く。

「な…なんで…なんでなの?」

震える唇からやっと声を絞り出した。
今にも泣き出しそうだ。

「それは●●●に会ったら聞け。おれも命は惜しい」

玄師は風影に●●●についての事情を我愛羅に話す事を禁じられていた。
本当の事を話されては風影のシナリオが狂ってしまう為だ。

「そのネックレス…頼んだぞ。我愛羅」

ついに泣き出してしまった我愛羅は、●●●のネックレスをぎゅうと握りしめた。

玄師はそんな我愛羅の頭をグシャリと撫でた。






それから数日後の満月の夜…

砂隠れの里、建物の屋根の上。



「●●●さんの…あの術式は…あなたをじわじわと殺す為のものなのですよ…我愛羅様……。その事実が露見しそうになったから……●●●さんは砂を去ったのです……」

夜叉丸はゴホゴホと血を吐きながら咳き込む。

「あなたは愛されてなどいなかった…!」

血まみれの夜叉丸が我愛羅に、嘘偽りの真実を伝える。
我愛羅をギリギリまで追い込むには十分過ぎる内容に、我愛羅の瞳から絶えず涙がこぼれ落ちる。

「母親からも…●●●さんからも…ね…………お願いです……死んで下さい」

夜叉丸の胸にある起爆札が大きな音を立てて爆発した。
夜叉丸の側にいた我愛羅を砂の盾が守る。
砂の盾には、夜叉丸の血がたっぷりと染み込んだ。

そして我愛羅の雄叫びと共に、砂は『愛』という文字を我愛羅の額に刻んだ。

家族と…家族だと思っていた人達にことごとく裏切られる仕打ち。
ボクが一体なにをしたんだ…


「我愛羅……僕の名前…」


我愛羅は●●●のネックレスをパキンと握り潰した。
透き通る色の宝石は我愛羅の手のひらの中で粉々に砕けた。

まるで我愛羅の●●●を慕う想いように。


我愛羅はチェーンと宝石のカケラをポケットに入れた。


それから我愛羅は玄師の研究所に顔を出すことは一度もなかった。

















砂を追い出されてから●●●は岩の国へ行き修行を積んだ。


結論から言うと●●●は岩の国で自分の医療忍術を見つけることが出来た。

特別な家系でもなく、血継限界もない●●●は普通の医療忍術では治せる怪我や病に限界があった。

運がいいことに名もない●●●の血は、ある医療忍術に適合した。

禁術である『自己犠牲型』の医療忍術だ。

つまり、自分の身を削って他者を治す。
自分の身を溶かして周りを照らすロウソクのような医療忍術だ。

岩での師匠にはやめておけと言われたが●●●の意思は固かった。

この医療忍術は術者の血で他者を癒すもの。

他者の傷口に術者の血を流すことで治らない傷はないと言われる。

その代わり、術者の身体には医療忍術や薬が効かなくなり、怪我や病は自然治癒力に頼るしかない。


それでもいい、と●●●はこの禁術を受け入れた。

いつか使う時が来るだろう。

目の前で大切な人が危ないとき

私はあなたを助けたい。


あるのはそんな想いだけ。




そして岩隠れの里から木の葉に帰省。
約3年ぶりだ。


日が一番高く昇る昼下がりの午後。
火影顔岩の上を木の葉の風が吹き抜ける。
長く深い色の髪がその風になびく。
市女笠を深めに被り、首から足の爪先まで隠れる大きなマントを羽織った女がひとり里を眺めていた。

眼下には賑やかな木の葉の里。

里をしばらく眺めてから慰霊碑の前に行き
しゃがみこんで刻まれた名前を一人一人指を沿わせながら確認する。
慰霊碑の前には誰かが供えたであろう花が風に揺れていた。
あの人の名前は刻まれていない。
生きているだろうと安堵する。

会いに行けばいいのにそれをしない。
否、できないのは
2人の間で起きた出来事がしつこく
尾を引いていてそれ以降会っていないから。

もう彼も自分の生活があるだろうし、家族なんかもいるかもしれない。

いま、生きていて、幸せならそれでいい。

会いに行って、彼の幸せに歪みが生じるかもしれないと思うと会う気は失せた。
家が隣同士なので久しぶりに木の葉に帰省しても自分の家には寄らず、宿で過ごしていた。

今回は調べてきた全てを本にまとめる為、木の葉に帰省した。
次の出立の予定はなく、里の隅にアパートを借りた。

気持ちのいい風が市女笠ごと髪をかき乱す。
女は空を見上げた。
太陽も高く気候も暖かい。

木の葉の里。
この里の空気、風、雰囲気の中にいると
記憶が勝手に呼び覚まされる。

ああ、昔に戻ったようだ。

市女笠を取って慰霊碑の側の木の幹にもたれ掛かり、ぽかぽかの日を浴びていると眠気を誘われる。
故郷にいる安心感と太陽のせいだ。

なんの気配も感じないし、すこし眠ろう。

そう思ったと同時にか、私は眠りについていた。