本と貴方と想いと私
●●●は何回目かわからない卒業試験を3日後に控えていた。
何回も試験に落ちるのは、下忍になれば師匠との修行時間がとれなくなるから。この師匠の存在はカカシも知らない。
いっそのこと中退しようかとも考えたが、学校の図書室の本が読めなくなるのはいやだった。
今日の授業を全て終え、●●●はいつものように忍者学校の図書室で読書をしていた。
何冊も積み上げられたぶ厚い本が、机の上に塔を作る。
その中に面白い医療忍術の記述があり、読むごとにどんどんのめり込んでいった。
知りたい
その欲求に強く強く動かされる。
木の葉の里、砂の里、岩の里。
それぞれに違う医療忍術のやり方、研究方法があり、未だ謎に満ちた医療忍術もあるようだ。
しかし他里の事が詳しく載っている本は中々なかった。
知りたい。
もう読み終わった何冊目かわからない本を一番上に積み上げ、新しい本を手に取ろうとしたとき。
「まーだ読んでんの」
頭上から聞き慣れた声がした。
「カカシ....」
キリがいいといえばキリがいいこのタイミング。
新しい本へ伸ばした手がとまる。
「何時だと思ってんのよ」
そう言われて外を見ると真っ暗だった。
どうやら時間も忘れて読みふけってしまったようだ。
里を照らす街灯の明かりがやけにまぶしくぼやけて見える。
図書室の管理人さんはとっくに帰っていて、●●●の座る机の上に図書館の鍵が置かれている。
「終わったら鍵閉めて帰ってね」と言ってた気がする。
忍者学校の生徒だから朝にまた学校に鍵を返せということか…。
「ごめん、つい...」
「ま、いいけど...」
●●●は読み終わった本を片付けはじめた。
カカシは何も言わずにそれを手伝う。
「ありがとう」
「.....ん」
すっかり暗くなった夜道を2人で並んで歩く。
●●●の手には一冊だけ、と借りてきた本。
カカシが本を借りるのにあまりいい顔をしなかったのだ。
カカシは隣を歩く●●●を気にしながら歩いていた。
●●●のなにかを考えるような顔。
なにを考えているのかカカシには分かった。
読んでいた本、調べていたことについてだろう。
一度夢中になるとなかなかとまらない性格なのは●●●の両親亡き今、カカシが一番よく知っていた。
「今日は俺が飯作ったから」
「..........そう、ありがと」
「3日後卒業試験だけど...関係ないことばっか調べてさー、卒業する気あるの?」
「....ある」
「どーだか」
それから2人は沈黙のまま●●●の家に入る。
食卓には少し冷めてしまった2人分の食事が並べられていた。
「カカシありがとう、いただきます」
「いただきます」
いつものように食事を終えて暖かいお茶を2人で飲む。
いつもなら一番会話が弾む時間なのに会話はなく、●●●は一冊だけ借りてきた本を真剣に読んでいた。
カカシはそんな●●●を見つめる。
カカシのその目が心なしかイライラしているようにも見える。
だが、いまの●●●にカカシの小さな変化を感じ取ることはできなかった。
夜も更けてきて、カカシは●●●の家のベッドに潜り込む。
疲れた体にこのベッドはいい眠りをくれるのだ。
そういえば●●●の家で寝るのが当たり前になっていた。
●●●がお風呂から出て髪を乾かす音の後に、シャカシャカと歯を磨く音も聞こえてくる。
カカシが目を開けると朝になっていた。
●●●の家の薄いカーテンから朝日が差し込む。
ダブルベットで寝るカカシは隣にいるはずの人物を確認する為、隣に顔を向ける。
カカシの隣には枕と布団だけが冷たいまま昨日見た時となんら変わらずにそこにあった。
いつもそこで寝ていた人物を探すと机に伏せ込んで寝ていた。
頭の下には借りてきたあの本。
カカシは何とも言えない感情が湧き上がるのを感じた。
ベッドから起き上がり、●●●の側に歩み寄る。
いつも自分より先に起きる●●●が寝ている。
何時まで起きていたのだろう。
冷え切った体、鉛筆を持ったまま動かなくなった長い指。
もう少し寝かせてやっても良かったが、なんせ昨日から話し足りなかった。
「...●●●、朝だよ」
「...あ、おはよカカシ」
「夢中になるのはいいけど、程々にしなよ」
カカシは頭をポリポリとかいて、不機嫌そうに言った。
「うーん、ごめん、今本当面白くて」
「卒業試験、受かる気あんの?」
「ある」
「どーだか」
「朝ごはん作るね!」
トタトタと台所へ向かう●●●
ご飯を炊く時間はあったが、本の続きが気になって気になって仕方ない。
●●●は、すぐに食べられる簡単なものを用意した。
用意している最中も頭の中は本のことでいっぱいだ。
カカシからみた●●●は、どこか上の空。
その日もいつものように、それぞれの場所へ向かう。
いつもと違うのは、●●●の手には本が一冊あることだ。
忍者学校が終わると、●●●は図書室へ向かった。
カカシは中忍になって忙しくなったのか、忍者学校の演習場で修行をすることはなくなった。
この日も●●●はやはり時間を忘れて、カカシが迎えに来るまで本を読み漁り何かをノートに書き込んでいた。
その次の日もまた同じ。
カカシは謎の感情を押し込める。
本に夢中になる●●●を見ていると応援してやらないとなと思う。
でもやはり、面白くない。
卒業試験前夜
この夜も2人で夕食を食べた。
●●●は変わらず本を睨んでいる。
本を肌身離さず持ち歩き、自分との会話よりも優先させる姿が、カカシにとっては面白くない
お茶の時間もやはり●●●は本を読む
段々とイライラがつのる。
このままではダメだ、と●●●の家を出ることにした。
彼女を振り返れば、ノートに何かを熱心に書き写していた。
はあ、と小さなため息をつくが彼女の耳には届かない。
ごちそうさま、また明日。
面白くないが邪魔をしないように心の中でそう呟いて玄関を開ける。
「....カカシ帰るの?」
その言葉にカカシは少しびっくりした顔で●●●を振り返る。
●●●は鉛筆を持ったままカカシを見る。
「明日俺早いし」
「....そう、っか、おやすみ」
どことなく寂しそうな●●●を後に玄関をあける。
自分のことをほったらかして本に集中していたくせに、少し反省させてやろう、と自宅へ向かう。
隣だから10歩も歩けばついてしまう。
電気をつけて、そのままベッドに潜り込む。
●●●ん家の柔らかいベッドとは違ってすこし硬いしギシギシと音がなる。
卒業試験前の夜に、試験とは無関係の知識を蓄える彼女をすこしだけ心配した。
電気を消して寝に入る。
窓から見える●●●の家の部屋の明かりは
まだしっかりとついていた。
カカシを見送ってふと部屋を見渡す。
こんなに広かったんだ。
いつからかカカシが帰るというとすこし寂しくて帰らないでほしいと思った。
顔に出ていたのかいなかったのかわからないけど、かなり前から毎日のように泊まっていってくれるようになった。
カカシの隣は寝心地が良かった。
手をつなぐわけでも夜通し話し通すわけでもなくただ背中に、横に彼の気配と息遣いが聞こえるだけでよかったんだ。
彼がそこにいる間には思い切り集中できた本も今ではなかなか頭に入らない。
こんなんでこの先どうするの、と●●●は自分に言い聞かせ他のことは考えないように本と向き合った。
20180305