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いつものようにナツ達は相変わらず喧嘩をするし、ワカバ達は相変わらず昼間からお酒を飲んでさわぎまくる。最初は考えられないと思っていたその光景がいつしかリンカにとって当たり前のようになっていた。だからこそ今日も何も変わらずに一日が過ぎると思っていた。
「イワンさんが破門…」
裏でよく悪い噂を聞いていた、だがマカロフと血のつながった息子なのだから彼のように実は優しい人なのではないかと信じていたリンカにとってそれは衝撃的だった。
そんなイワンの息子であるラクサスは今マカロフとそのことについて部屋の中で話し合っている最中。しかし、リンカは心配で仕方がなかった。あの時のラクサスの目には、怒り、悲しみ、困惑、いろいろなものが混ざっていて整理がついていないようだった。そんな中で話し合い何てできるとは思えなかったのだ
『リンカ心配し過ぎじゃないか?』
『そうかもしれない…でも今のラクサスに冷静な判断ができるような感じがしないの』
『確かにそれはそうだが…』
『リンカはそんなにあの坊主が気になるのか?』
『気になる…うん、まぁ未来ある若い子達には正しい道を選んでほしいからね』
『その言い方スゲェばばくせぇな』
『貴様、マスターに失礼だぞ』
脳内でルチアーノが怒り、13がそれを面白がってからかい遊んでいるが今のリンカはそれを笑って止められるほどの余裕はなかく。ただただラクサスに何もなければ…と願っていた
『お、対象お待ちかねのラクサス君が来たぜ』
『13!私の話を聞け!』
『へーへー聞いてる聞いてる』
『コイツ…!』
また言い合いを始めそうな二人に呆れながらもリンカは向こうからやってくるラクサスの方へ駆け足で向かった。大股で歩く彼はイラつきが隠れていなく、部屋に入る前よりも怒りが増しているようだった。
「ラクサス…」
「…リンカか。何の用だ」
「マスターさんとちゃんと話し合えた…?」
「何で言わなきゃならねえんだよ」
「何でって…」
いつもより低い声、そして酷く冷たい目で睨まれリンカはそんな彼に怖さを感じた。幼いころから知っているはずなのにまるで別人に見えて、自分の目の前にいるこの男は本当にラクサスなのかと感じるほどに。なんだかんだ優しい性格であったはずの彼の今の目はそんなものをひとかけらも見せないほどで、うまく声も言葉も出てこない。
「テメェには関係ねえだろ」
「…関係なくないでしょ。友達だし、同じギルドの仲間じゃん」
「トモダチ?…ハッ笑わせんな」
「えっ、」
「百歩譲ってギルド仲間だとしても、ガキの頃にちょっと仲良くしてあげただけで友だちとか自惚れんじゃねえよ」
グサリ、そんな音がリンカの体のどこかで聞こえた気がした。足先からどんどんと体温が奪われる。友達ではなかった、自分の自惚れだった…ラクサスから吐かれた言葉が彼女には何よりも鋭い凶器となって襲い掛かった。いっそのこと目の前にいる彼を困らせるほど子供のように泣き出してしまえばどれほどよかったか。
(そうだ、忘れそうになっていた。私はこの世界の異分子で、存在しないもの…)
それでも、それでも少しだけでいいから誰かの側にいて救われたいと、夢を見ていたいと思っていた。彼女の頭の奥でルチアーノ達の怒りを含んだ声が聞こえるが今のリンカにはそれに対して返す言葉が出てこなかった
「なに、それ…」
「…そのまんまの意味だ」
何も言えず下を向いたリンカにもう話すことはないのか、それとも呆れてしまったのか、ラクサスはこれ以上何も話さずにまた歩みを進めどこかへと行ってしまった。振り向くことなく。一人この空間に残された彼女は、この世界に自分だけが取り残されてしまったようなひどい孤独感に襲われた。また一人ぼっち、いや元から一人だったのか…心が締め付けられてジクジクと彼女の心を蝕む。ここまで自惚れて他人に迷惑をかけていた自分自身に乾いた笑いが漏れた。いっそこのまま消えてなくなりたかった。
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気づけば彼女はマグノリアの近くにある森の中にいた。よく小さな彼と隠れて遊んだ見慣れた森。いつ、どうやってここにたどり着いたのかなんてリンカには考えることができなかった。ただただあそこを離れたかった。
木々の騒めく音、自分の息遣いとうるさい心臓…それらしか聞こえていなかった彼女の耳にふと聞き覚えのある優しく、凛とした声が聞こえた。ゆっくりと顔を上げるとそこにいたのは甲冑を身にまとった聖女、ジャンヌ・ダルク。なんで、いつの間に…リンカがそれらを口に出そうとする前に突然ジャンヌの腕の中に引き込まれる。前まで画面の向こう側にいたキャラクターだったはずなのに小さく伝わる体温が温かくなんだか不思議に思えた。
「ルチアーノさんと13さんからリンカさんを励ましてほしい、慰めて欲しいと言われました」
「……」
「前にも言った通り私たちはずっと貴女のそばにいます。例え世界中が貴女の敵になろうと、それは変わりありません。貴女が私たちに与えてくれた愛を私達はその何倍にもして貴女に返したいから」
愛だなんて大げさだった。ただたまたまリンカがそのゲームを好きになって、たまたまそれに出てくるジャンヌを好きになっただけ。だから馬鹿みたいにお金をつぎ込んで、馬鹿みたいにひたすら遊んだ。ただそれだけのことだった。
「リンカさんは知らないと思いますが私達皆、貴女の事をずっと見ていたんです。画面の向こうで」
「見てた?」
「はい。私達みんなを強くさせてあげようと時間を沢山使ってくれて、カード編成もいっぱい考えてくれて、負けた時は自分のせいになんかにして、勝った時は私たちのおかげだなんて言ってくれる。そんな貴女に私達は惹かれ、いつしか貴女が画面を付けてくれることがとても楽しみになっていました」
ゲームだった時から彼女たちに意思も感情も芽生えていたなんて考えもしなかった。
リンカの後ろに回るジャンヌの腕が今度は柔く背中をなでる
「私達は貴女じゃなければここまでついてきませんでした。貴女だから、リンカさんだから守ってあげたい、側に居てあげたいと思ったんです。だから、私達がいる限り一人にはさせません。嫌だと言っても一緒にいます」
「それは、すごく心強いね」
「そうでしょう?今回のラクサスさんの事、この世界にトリップしてしまった事、簡単にその二つの傷を塞ぐことは出来ないと思いますがこれ以上その傷を広げないことなら私たちにできます。だからいつでも私たちを呼んで頼ってください。私を含めた皆さんはいつまでも貴女の味方となります」
子供に言い聞かせるようにゆっくり話すジャンヌの言葉を聞きながらリンカも彼女の背中へと腕を回す。未だにジクジクト心を蝕むものは消えることはないがそれでも少し収まった気がした。明日からラクサスとどんな顔して合えばいいかなんて考えもこの世界に対しての私の存在意義も考えるのはいったん止めることにした。今はただこの体温に安心していたいと強く思っていた。