ホワイトアウト

ISSF(国際射撃連盟)の大会の為にアメリカに来ていた私は、アメリカ在住の友人達に誘われてミシガン州にハンティングにやってきていた。

狩猟ライセンスだけとって、銃はハンターの友人から借りたSIG SAUERのSIGM400のアサルトライフルとグロックG19の自動拳銃を持って山に入る。今回は2週間ほど山に篭るということで、ガンケースに加え野宿のための装備を40リットルのバックパックに詰め込んでいた。

重い荷物とは裏腹に、気持ちは楽しみの余りにふわふわと軽い。それぞれキャンプ地を決め、獲物を仕留めたら夜に持ち寄って成果を見せ合うのだ。友人と別れた私はさっそく鹿を狩りに、地図と方位磁石を頼りに歩みを進めた。

川や目印を確認しながら山の中を歩いていると、急に濃霧が発生した。視界が悪くなった時は無闇に動かない方がいい為、木に腰掛け携帯食を頬張る。

カチカチカカ…

ポケットに入れた方位磁石から変な音がする。取り出して見てみると方位磁石の針が上下ぶつかりながら、グルグルとひたすら回っていた。何が起きたのか分からずに、携帯のコンパスアプリを開くがこちらもおかしくなっている。

周りを見渡しても濃霧で何も見えない、足元に違和感を感じて目線を下ろすと、何故か雪の上に立っていた。急に寒さが足元から襲ってきた。季節は6月のはずなのに、この寒さはいったい何だ。戸惑いながら雪を触っていると濃霧がゆっくり晴れていく。真っ白な視界が少しずつ、鮮明になっていった。

「……ここ…どこ…??」

緑が生い茂る山にいたと思ったら、雪山の上にいた。唐突に現れた白銀の世界に戸惑いを隠せない。携帯はもちろん圏外である。声を上げるが人の気配は感じられない。手に持っていた地図も全く役に立ちそうにない。

「…とりあえず、体力温存しながらゆっくり進もう。」

全く知らない所に遭難してしまったようだ。とにかく死なないことを目標に、私は白銀の世界の中に溶け込んでいった。

 
ーーーーー


4時間ほどは歩いただろうか、だんだん暗くなってきて体力も落ちてきた。寒さで身体が膠着し、息も荒い。木が落ちてないか探すがどこにもなく、暖をとることも出来ない。死を覚悟し始めていた。何でこんなことに…と涙が滲み始めるが、涙さえ凍ってきて目が痛い。日が落ちた後の夜の寒さは本気で私を殺しに来ていた。諦めが脳内を支配し始めた頃、ずっと探していたものが目に入った。
 
「……煙が上がってる。」

嬉しさのあまりに走りたい気持ちを抑え、着実に一歩、一歩踏みしめながら、煙の元へと歩いていく。
煙は木と葉っぱで出来たキャンプ地からあがっており、外から声をかけた。

「…ハァ…ハァ…すみませーん…っ!!Excuse meー!!」

私の声に反応して、小屋から警察みたいな帽子を被った変な格好の男と、民族衣装のような服をきた少女が出てきた。男は顔が傷だらけだがアジア系の顔をしている。

「…誰だ?アシリパさんの知り合いか?」

「いや知らない。…見たことない格好だがシサムだろ?」

日本語が返ってきた事に驚いた私は、嬉しくて舞い上がってしまう。

「…日本の方なんですね!?山で遭難して途方にくれていたので、同郷の方に会えて嬉しいです…!本気で死ぬかと思いましたよ…。」

「…は?同郷?」

「あ、もしかして日系でもともとアメリカ生まれですか?…でも言葉が通じるだけで助かります。…とりあえずここがどこだか教えてもらえませんか?」

私の言葉がところどころ伝わらないのか、男は眉間に皺を寄せる。私が地図を広げてたずねても二人とも頭を捻るばかりだった。

「…これ、英語か?どこの地図だ?北海道じゃねぇえだろ。」

「アメリカのミシガン州の地図ですけど…え?北海道?」

顔が傷だらけの男は怪訝な顔で私を見る。北海道という単語に焦った私はしどろもどろになりながらも質問を続けた。

「あの、北海道って、日本の北の大地の北海道で間違いないですか?札幌とか函館とかがある…。」

「そうだ。ここから1番近い町は小樽になる。札幌の西だ。」

目の綺麗な少女が答える。隣の男の反応からいっても嘘を言ってはいないようだ。アメリカの山奥にいたはずなのに、何故、北海道の小樽にいるのか分からない。

「…あの、私は七瀬結城と申します。生まれは東京、岩手育ちです。ある大会のためにアメリカに行き、友人に誘われて山に入ったら、何故かここに……。……何で?」

「何でって俺達に聞かれても分かるか。」

「頭を打って記憶が飛んだり、混乱してるんじゃないか?」

まるで狂人をみるような目で見つめられる。そんな哀れみを向けないで欲しい。

「……とりあえず、身内や友人に連絡したいので携帯の電波が通じる所まで案内してはもらえませんか?」

「「けーたいってなんだ?」」

男と少女が声を合わせていった。今時、携帯を知らない人間がいるのか?いや、今は携帯ではなくてスマホじゃないと通じないのか?そう、疑問に思った私はポケットから携帯を取り出して見せた。

「スマホですよ。ほらこれ。電話をかけたいんです。」

「…電話って壁にかかってて、交換手に繋いでもらって遠くの奴と喋れるやつだろ?なんだその小さい板は…。」

「…え?壁?交換手?」

話の通じなさに嫌な予感がどんどん積もっていく。

「…スマートフォンを知らないんですね。分かりました。…その格好って警察ですか?学生ですか?車掌ですか?」

「帝国陸軍の軍帽だよ。服は普通のコートに小袖だけど、何を訳わからないことを言ってるんだ?」

北海道という日本の地名。帝国陸軍と口にした男に民族衣装を着た少女。もしかして…と教科書で見た写真が頭をよぎる。

「…あなたはアイヌの人ですか?」

「ああ、そうだ。この近くのコタンで生まれ育ったアシリパだ。」

その言葉でもっと核心に近づいた。ここはアイヌの人がまだ普通に生活している時代だと。

「…今って西暦何年ですか?和暦でもいいですけど。」

「明治40年だ。外国の年の数え方だと、1907年だったか?」

頭がクラクラしそうになった。100年以上も前の日本にいるとは思ってもみなかった。正直信じたくない。

「明治…そうですか…。教えていただきありがとうございます。」

「…これだけで何か分かったのか?」

 男の問いに私は泣きそうになりながら笑った。

「はい。私のいく場所がどこにもないことが分かりました。」

ヘラっと笑う私があまりにも酷い顔をしていたのだろう。男と少女が小屋に招き入れてくれて、うさぎ鍋を食べさせてくれた。

「とにかく食え。まずはそれからだ。」


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