― 限りなくかなし ―
煉獄家の平日の夜――のんびり団らんしている話
週末呉服屋さんに行きませんかっていう言葉に食い気味で答えたのは私と槇寿郎さん。
週の真ん中水曜日、夕食後に居間で軽くつまみとビールをいただきつつ団欒しているとき、瑠火さんが思い出したというように話題にしたのが始まりだった。
これは一体どっちにお誘いを掛けたんだろう?
週末って言っていたから槇寿郎さんかな? 私相手なら平日でもいいわけだし。
そう思ったら自分が誘われたと思って返事をしてしまったのがとても恥ずかしくなってきた。
入れる穴はないかと目を泳がせる私の両隣で煉獄家の兄弟はきょとんとしていて、それに釣られるように瑠火さんと槇寿郎さんもきょとんとしている。
「すみません。瑠火さんと槇寿郎さん二人でごゆっくり行ってきてください……」
状況を理解した千寿郎くんは苦笑い、杏寿郎さんに至っては「一緒に行けばいいんじゃないか?」なんて言ってきた。
杏寿郎さん! 槇寿郎さんは瑠火さんのこと大好きなんだから私がついていったら完全にお邪魔虫なの! そんな空気読めないことできるわけないでしょ!
そんな思いを込めてジト目で見ても全く通じてなくて、杏寿郎さんは逆に「心配するな」と言いたげに笑いかけてきた。
「俺は今週末特に予定はありません」
「俺も今週は部活はないので空いています」
え? これはみんなでお出かけの流れになっているの? 私だけついていけてない? いや、槇寿郎さんも押され気味だ。
「では週末はそのまま外食しましょうか」
「「はい!」」
元気に返事をする杏寿郎さんと千寿郎くんはいつまで経っても瑠火さんの前では子どもだ。いい意味で親を敬っている感じ。
槇寿郎さんはちょっと面白くなさそうな顔をしたけど、もう決まってしまったことに異を唱えるなんてことはせずに瑠火さんからお酒を注いでもらっている。
杏寿郎さんの発言に違うそうじゃないと言いたかったけれど今更だし、みんなで揃って出かけるとか大型連休の旅行ぐらいしかないからちょっと楽しみになってきた。
ビールを手酌しようとしたら杏寿郎さんに止められて注いでもらい、彼の髪色に似た炭酸を喉に流し込みながら旅行のことを思い出してはたと気付く。
……この一家、全員揃うと圧が強い。
男性陣はすべからく鮮黄色の髪に毛先が赤い。
その見目からヤンチャなのかと思われて敬遠されがちだけどそんなことは全くなく、道で困っている人がいたら率先して声を掛けるし人となりを知っている人は慕ってくれている。
見目だけでなく中身も立派なんだから人目を引くのはしょうがない。むしろ人目を引くからこそ律しているのかもしれない。
圧が強いからなんだというんだ。みんな自分に自信があるから人の目なんて気にしないでいられる。
会社勤めしていた頃は見た目と中身が伴っていない人なんて嫌というほど見てきたし、この一家に負けないよう私も頑張らなければと背筋を伸ばしていたら杏寿郎さんがどうした? と聞いてきた。
「世の中には色んな人がいるなーって」
「急にどうした? 酔っ払っているのか?」
私の中では話が繋がっているけど杏寿郎さん的には突然話が変わったから酔っていると判断したらしい。そう思われても無理はないがビール数杯で酔うわけがない。社畜時代の飲み会で培った肝臓を舐めないでくれ。
グラスに残っているビールを一気に煽り大丈夫とアピールするように杏寿郎さんをじっと見る。
そういえば杏寿郎さんにたまに見せてもらう学校の同僚の写真は銀髪だったり目の周りに派手なメイクをしていたり個性が強い。杏寿郎さんの髪色なんて普通に見えるくらいだ。
そうしたらそんな人たちに教わる生徒は絶対キャラが濃いんじゃないだろうか?
なんかよく分からない理論だけどそんな気がしてきた。やっぱり私杏寿郎さんの言うように酔っ払っているのかな?
「ねえ、杏寿郎さん的に印象深い生徒っている?」
「む?」
「杏寿郎さんがスマホの写真で見せてくれる他の先生って凄く個性が強いから、そこに通う生徒も個性が強そうだなって思ったの」
「うーむ……」
考え始める杏寿郎さんは心当たりがあるのか記憶を辿っている。なかなかいい話が聞けそうだとビールのお代わりをしようとしたら「今日の酒はおしまいだ」と止められてしまった。
「少し昔の話になるが生徒指導の冨岡から物怖じせず逃げ回っていた数人の女生徒は逞しかったな! 宇髄に負けず派手な服装や爪できらびやかだった」
女生徒……派手……。ギャル系の子たちだったのかな。高校生の女の子ってキャッキャしてて楽しい時期だよね。いいなぁ。私にもそんな時代があったなあ。
「あとはそうだな。生徒ではないが冨岡と宍色の髪をした生徒と漫才をしながら剣道部の副顧問をしている先生もなかなか見どころがあるぞ! 気合いが違う!」
気合いが違うって何? 漫才っていうからツッコミのこと? 千寿郎くんなら知っているだろうと視線を送れば心当たりがあるのか、あの先生かなあなんて顔している。
それにしても、と視線を千寿郎くんからまた杏寿郎さんに戻した。
冨岡さんって黒髪の人だよね? 写真でよく見せてもらう冨岡さんは大半が半目だという認識しかない。生徒のことを聞いたはずなのに話の中心人物が全部冨岡先生になっている。
「……杏寿郎さんが冨岡さんのこと好きなのはよく分かりました」
「うむ! 冨岡は口数は少ないがいいやつだ! 剣道の腕もあり強い!」
二人で話していると剣道の言葉にピクリと反応したのは槇寿郎さんだった。
「俺より強いのか?」
「ここ数年父上と手合わせしていないので確かとは言えませんが、先日冨岡と打ち合ったときは昔の父上と同等かそれ以上かと!」
今度こそ目に見えて槇寿郎さんのグラスを持つ手が止まる。
「杏寿郎」
槇寿郎さんは私が聞いたことない低い声を出すとゆっくりと立ち上がった。
え? なに? 父親の威厳傷付けられたとかの理由で喧嘩でも始まるの? 酔って喧嘩なんてされたら自分を律しているくだりを撤回しなくちゃならないんだけど。
私一人で慌てているけど千寿郎くんはのんびりとお茶を飲んでいるし、瑠火さんも気にする様子もなくたこわさを口に入れている。あ、ワサビ強かったみたい。槇寿郎さんも気になるけど、それよりも一瞬目をパチクリとさせた瑠火さんが可愛すぎて私は心のシャッターを押しまくった。
「あの、瑠火さん、これ止めなくていいんですか?」
「大丈夫ですよ」
存分に心のシャッターを切った後、気を取り直して瑠火さんに尋ねると瑠火さんはワサビが辛かったなんてことがなかったようにビールを喉に流し込んでいる。え、ちょ、ちょっと涙目なんですが。もう槇寿郎さんと杏寿郎さんを放っておいてずっと瑠火さんを見ていたい。
そんな私のささやかな願いは叶うはずもなく、大黒柱と長男は着々と話を進め始めている。
「そいつを俺に会わせろ」
「む? 何故ですか?」
「俺と手合わせさせろ」
「分かりました! では冨岡に予定を聞いておきます!」
酔っ払っているのは私より槇寿郎さんだ。据わった目で何を言い出しているんだろう。
そしてなんでしっかり取り次ぐ約束をしているんだろう杏寿郎さんは。しかもいつの間にか槇寿郎さん同様立ち上がっているし。
「よし、そうしたら……る、瑠火も観に来なさい」
槇寿郎さんは立ったまま命令口調で言ってくるから、瑠火さんと二人ポカンと見上げると少し照れくさそうにしている。
「ふふ、分かりました。それでは週末は呉服屋ではなく道着を見に行きましょうか」
「ん」
涙が引いた瑠火さんが今度は笑っている! 涙目から笑顔の振り幅に、私の中の瑠火さんメモリーがヤバいことになってきた。
槇寿郎さんは瑠火さんの返答に満足したのか大人しく座ってまたお酒を飲み始める。
「千寿郎も部活の道具など必要なものがあれば一緒に買いましょう」
「はい」
はあ、瑠火さんの母なる慈愛が眩しい。槇寿郎さんだけでなく私までも虜にする瑠火さんに空いたグラス片手に呆けながら杏寿郎さんの袖を掴んだ。
「どうした?」
「瑠火さんが尊すぎて……」
「ナマエ、やっぱり酔いが回ってきているだろ」
そうかもしれない。だってもう瑠火さんが聖母にしか見えない。
部屋に戻って寝る準備も終わると、私は自分の布団の上に正座する。それを見た杏寿郎さんも自分の布団の上に正座した。
「杏寿郎さん」
「どうした?」
「槇寿郎さんは瑠火さんのことが大好きですね」
「そうだな、ぞっこんというやつだ!」
「あ、まだその言葉使ってるんだね」
「ナマエから教えてもらった言葉だからな!」
昔――まだ彼と付き合う前に教えた言葉を今でも使う杏寿郎さんの笑顔が眩しい。さすが瑠火さんの息子だ。もう死語ともいえる言葉を“私から教わった”という理由で使う杏寿郎さんが可愛くて抱き着きたくなるけど我慢だ。今は男女のなんたるかを杏寿郎さんに教えなくてはいけない。
こほん、とニヤけそうになる顔をわざとらしい咳払いで誤魔化して話を続ける。
「せっかくの槇寿郎さんの休みの日なんだし夫婦水入らずでデートしたいと思うんですよ」
「気持ちは分からなくもない!」
意外。そこは「何でだ?」って聞いてくると思ったのに予想外に同意されて、次に準備していた言葉が詰まってしまった。
「それならさっき何で“一緒に行けばいいんじゃないか?”って言ったの?」
「うーむ……」
私の質問に対して顎に手をやりながらどう答えようかと考えている杏寿郎さん。なんか変なことを言っているのは私の方で、それをどう諭そうかと考えているように見える。
まるで聞き分けのない生徒に対峙する先生のようだ。いや、杏寿郎さんは立派な先生なんだけど。
「母上がみんなのいる場で話を出したからだろうか?」
「うん?」
「もし母上が父上と二人で出掛けたいのであれば、皆のいる場ではなく寝室など二人のときに誘うはずなんだ」
「そうなの?」
「ああ。週末は二人で出掛けるから、と決定事項で聞くことが多かったからな」
そうなんだ。そんな小さな煉獄家ルールがあったんだ……。まだまだ知らないことだらけだななんてちょっとしょんぼりしてしまう。
「母上に先を越されてしまった」
「ん?」
手だけでおいでと言われ近寄ればあっという間に腕の中に引き寄せられた。
「母上が週末の話を出さなかったら俺が今日ナマエを週末誘おうと思っていたんだ」
頭の上から降ってくる杏寿郎さんの声に頭の中で情報整理をしてみる。
杏寿郎さんは今日私を……私だけをお出かけに誘おうとしていた。でもそれは瑠火さんの一言によって家族みんなのお出かけに変更になった。
瑠火さんもしかして槇寿郎さんとだけじゃなくて私とも出かけたいと思ってくれたってこと? もしかして私、瑠火さんに自分で思っている以上に好かれてる?
なんて都合良く解釈すれば杏寿郎さんから顔が見えないのをいいことにニヨニヨしてしまう。
「ナマエは俺より母上に誘われたほうが嬉しそうにするなあ」
体を離して私の両頬をむにゅっと挟みあひる口をさせる杏寿郎さんは面白くなさそうだ。自分の手で杏寿郎さんの手を退けようとしても中々離れてくれないのが如実に物語っている。
それをなんとか引き剥がしてよしよしと頭を撫でれば更に面白くなさそうな顔をするから笑ってしまった。
「瑠火さんちょっと寂しかったんじゃないかなあ」
「む?」
「杏寿郎さんは嫁が……って私だけど取っちゃったし、千寿郎くんも高校生になって部活とかであんまり家にいなくなっちゃったし」
「……」
「息子二人が親から離れていくのはいいことだけどお母さんとしては寂しかったのかなーなんて」
これはあくまで私の推測だけど、仲のいい家族だもん。たまにはみんなで外出したいって想いもあると思った。
「確かに昔ほど家族で出かけることはなくなったな」
「瑠火さん最近私とばっかり出かけてるから息子とも出かけたいと思ったのかもね」
「……ナマエがいたから母上も誘いやすかったんだろうな」
「だと嬉しいなあ」
顔を上げてへにゃりと笑って見せれば眉尻を下げる杏寿郎さんと目が合う。
瑠火さんに敵わないと思っている杏寿郎さんにちゃんと伝えなくちゃ。仕事のみならず夫婦間でも意思疎通は大切だ。
「瑠火さんに誘われるのは嬉しいよ。だって杏寿郎さんのお母さんだもん」
膝立ちしてすり寄れば腕を広げて迎え入れてくれる杏寿郎さんに安心して身を委ねる。
「でも杏寿郎さんに誘われたら嬉しいもあるけどドキドキの方が強い」
「そうなのか?」
「そりゃ好きな人からのお誘いだもん。何より最優先させたいと思うし、前日は緊張して眠れないくらいだよ」
「それなら……週末は二人で出かけるか?」
「瑠火さんとの約束があるのでごめんなさい!」
「即答じゃないか!」
「あははは。また今度誘ってね!」
ここで私が「はい」なんて言わないことを分かってて聞いてくる杏寿郎さんに今度こそ大きく笑ってしまった。先約があるのにそれを杏寿郎さんに誘われたからと反故にするなんて、瑠火さんたちとの約束でなくてもありえない。
だから分かりやすく「ごめんなさい!」って元気よく言えば杏寿郎さんも笑いながらツッコミを入れてくる。
「そういえば私、杏寿郎さんが剣道してるところ見たことない」
「じゃあ冨岡と父上が手合わせするときに俺も参戦しよう!」
「瑠火さんとお弁当沢山作っていくね」
一頻り二人で笑った後、私も剣道を見に行く流れになって部活みたいだなんてワクワクしてたら、杏寿郎さんもそう思ったらしくて目を合わせてまた二人で笑う。今度はおでこを合わせて静かに。
杏寿郎さんの剣道着姿を想像してみたら凜々しさに発狂する自分も見えたから、冨岡さんと剣道する前に今度庭で槇寿郎さんとやっているとこ見せてもらおう。
部活のお弁当って何がいいんだろう。さつまいものおにぎりは絶対だよね。
日程もまだ決まっていないけど週末みんなで出かけたときに本屋に寄って、部活男子とかこれぞっていうレシピ本でも買おうかな。
「――父上が母上に観に来てくれと言った理由が分かった気がした」
「うん?」
お弁当に思いを馳せていたら穏やかな声が聞こえてきた。
「男はいつまでも妻には格好いいところを見せたいと思うものだな」
「そういうもの?」
「ああ、気合が入ってきた!」
「じゃあ、ちょっと早いけど勝てるおまじないね」
愛しいとか、そんな想いが結局我慢できなくて私は彼のおでこに唇を寄せる。
「……よもやよもやだ」
ちょっと自分の行動が恥ずかしかったから笑うかありがとうの言葉でさらっと流してほしいんだけど。
「覚悟しておいてくれ!」
なんの覚悟だとツッコミたくなるけど杏寿郎さんはちょっと勘違いしている。
瑠火さんは大好きだけどいつだって杏寿郎さんは格好良くて、そんな彼に私はゾッコンだ。
だけどまあ、このことは当分私だけの秘密にしておこう。
初出:2021/10/10
限りなくかなし:この上なくいとおしい