― とある茶屋にて ―
鬼殺軸、団子屋で働く女の子の話。知らない方が幸せな事もある。けど知りたかったよね
今日はあまり客が来ず店先を箒で掃いていると風に乗ってふわりとあの方の匂いがする。
ふと顔を上げてみれば腕を組みながらやはり、と想像通りの方が目の前にやってきた。
「いつもの団子はあるだろうか?」
「はい、ありますよ。今日は何本にしますか?」
「今日はそうだな、四本……、いや、六本いただけるだろうか?」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
その方は時折私が働く茶屋へ来て決まったお団子を食していかれる。
「うむ!」
とても明瞭な声音で簡潔に返事をすると外の長椅子に座って道行く人を眺めている。
団子を厨から出して皿に乗せながら横顔を盗み見ると凛々しい眉立ち、団子を心待ちにしているのか多少緩んでいる口元。
少し傾き始めた陽を受けて綺麗な金色の髪色は甘い金平糖のように弾け輝いているようだ。
かんばせに見入ってしまっていると「早く持っていっておやり」と店主から催促されて急いで団子を持っていく。
「お待たせいたしました」
長椅子に座っているその人の横に静かに団子の乗った皿を置こうとすると待ち焦がれていました、というように私から皿を受け取る。
その時触れた指先は一瞬で、その一瞬に熱と、そしてこの方からする香りに意識の全てが持っていかれてしまった。
「うまい!」
そんな私の事など気にせず、出した団子を口に含むと三軒先まで届く大きな声。
この大きな第一声はいつ聞いても驚いてしまう。
今日も今日とてその声に驚き盆を持つ手が跳ねてしまう。
「すまない、気をつけようとは思うのだがいつも声が大きくなってしまう」
「いえ、こちらこそいつも美味しそうに食べていただいているので、そのお声で喜びが伝わってくるのが嬉しく思います」
「そうか!」
声を我慢する必要はないのですよ、と含めた言葉はそのまま伝わったらしく、残りのお団子もあっという間に皿からなくなっていった。
「いかが致しますか? もう何本かお持ちしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。俺がこの店の団子を全て食べてしまうかもしれない」
「うちは商売ですから全て食べて欲しい程ですよ」
「むう……いや、このうまい団子を独り占めするのはやはり良くない」
考え込む素振りを見せた後、やはり駄目だと思い直したのか「今日はこれでお終いだ」と言って長椅子から立ち上がる。
「今日もうまかった」
「最近良く来られますがこの辺りにお住まいなのですか?」
「家は近くではないのだが、知り合いがここに近くてな」
「なるほど」
「その知り合いを訪ねた時は来るようにしている」
「贔屓にしていただきありがとうございます」
「この芋を練り込んだという団子がうまくてな。つい足が向いてしまう」
「ふふ、それは作りがいがあります」
「? これは君が作っているのだろうか?」
「ええ、これだけ私の手で作らさせていただいています」
「それは僥倖! 是非作った職人に感謝を伝えたかったのだ!」
「いえ、私はそんな職人だなんて大層なものではありませんので」
「何かこの感謝を伝える方法を……」
人の話を聞かずにご自身の服を探っていると何かを見つけたようでそれを私の手に持たせた。
手を握られ持たされた小さな袋からはいつも感じるこの方の匂い。
「これは? 香袋?」
「男が、と笑われるかもしれないが俺が一等好きな匂いなんだ。これしか渡せるような物がなくて申し訳ない」
「この香りとても好きなので嬉しいのですが……、こんないい香りのするものを私が貰ってもよろしいのでしょうか?」
恐縮して応えると目の前の方は少し驚いた顔をした後いい事を思いついたように笑った。
「今度この香袋を作っている店を紹介しよう」
そんな事を言いながらお代を渡すと私の返事も聞かずに踵を翻す。
「……またお待ちしております」
私の声など街の中へ消えていってしまったあの方に届くはずもないのに。
「最近あの方見ないな」
「あの方?」
「あの派手な御髪の方だよ」
「ああ……そうですね……」
店主の言葉にごく冷静を装って返事をする。
あの方は私に小さい香袋をくれたあの日から姿を見せてくれていない。
あんなお顔をされて香袋なんて渡されてしまったら舞い上がってしまったあの日が嘘のようだ。
帯刀している方だったし身が危うい状況なのだろうか。
名前も住んでいる場所も知らないから今何をしているのかも分からない。
もう三ヶ月程だろうか。
あの日渡された香袋は匂いが薄れてきてしまっている。
家で保管しておいた方が日持ちがするのは分かっているけれどいつも持ち出してしまう。
薄れていく香袋を袂に忍ばせ今日も私はあの方の食べる姿に想いを馳せながら団子を作る。
初出:2021/02/25