― ああ、生きてる ―
鬼殺軸
先発隊に合流せよと鎹鴉からの伝令を受けて彼の地に向かう。
十二鬼月がいるかもしれないという不確定情報も相まって、心ばかりが急いて身体が追いつかない。
示された鬱蒼とした森に到着すると、大なり小なり鬼の気配が複数箇所からした。何処に向かうのが最善か分からず、俺は負傷している隊士を介抱している隊士に声を掛ける。
「煉獄杏寿郎遅参ながら着陣した! 現状を手短に教えてくれ」
「炎柱っ! 酷い怪我を!」
別な任務が終わった直後で俺もそれなりに負傷していたが“それなり”だ。
痛みなど呼吸である程度緩和できるし、連続の鬼殺任務に支障はない。それよりも、この任務には彼女が就いている筈だと俺の様子を気にする隊士を急かす。
「大した怪我ではない。もうすぐ夜が明ける。今は
「っはい! 鬼が分裂するように複数出て、核だと思われる鬼を東の最深部まで追い詰めています」
追っている隊士は一人ということ、そしてその隊士の名前がよく知っている彼女――予想通りナマエだったことに鞘を握る手に力が入った。
「了解した。俺もそこへ向かう。他の隊士は分裂しているという鬼に専念してくれ」
「わ、分かりました!」
大気の震えに未だ戦闘中だと認識して森の東奥へ進んでいく。木々の隙間から薄っすらと空が白んで行くのが見えて、間に合うようにと一層足に力を込めた。
一際大きく大気が震え、一瞬後に静けさが森を覆う。
鬼の気配はなくなったが逃げたのか倒したのか、ともかく確認が必要だと気配のあった場所へようやく辿り着いた。
「鬼はいな――っ!!!!」
鬼はいないが隊士が一人、地に伏しているのが見えて駆け寄る。
「ナマエ! 返事をしろ!」
森の入口で隊士も口にしたナマエの名前を呼ぶと、指先が微かに動いた後ゆっくりと目が開いた。
「炎柱? ……ご自身の任務は?」
「終わった。此処に出た鬼が十二鬼月かもしれないと情報が来てな。鬼は?」
「ご安心を。きちんと屠りました、よ」
起き上がらないまま指し示された方を見れば、鬼の血溜まりだと思われる朱がある。
「十二鬼月では……」
「なかったですねえ。でも近かったかもしれません」
ナマエの背に腕を回してゆっくり起こせば何処かが痛むのか眉根を寄せた。ナマエのこの状態と階級を考えれば相当の強さだったのだろう。
「何処が痛む?」
「腹の辺りが少々。ですが内臓や骨まではいってなさそうです。炎柱の御前で無様に動けなくてすみません」
「……ここには俺しかいない」
ナマエと俺の立場を考えれば口調が形式ばるのは致し方ないことなのだが、言外に不満を言葉にすると彼女は目を丸くした後、ゆるりと目を細める。
鬼殺任務中ではあるが、鬼は滅した。陽も昇り、直に此処には他の隊士や隠が来るだろう。
それまでの短時間でも構わないから、俺はナマエとの距離を無くしたかった。
少しでも楽になるようにと、起こした身体を横に抱いて寄りかからせるようにすれば、ナマエは意を汲み取って素直に俺にしなだれかかる。
「……血なまぐさい」
「ナマエもな」
「早く戻って湯浴みしたいね」
「一緒に浴びるか」
「いいよ」
砕けた言葉遣いに軽口を紡げば、直ぐに返ってきた是の言葉。「冗談だ」と言えなくなった俺にナマエは微笑うと、手を伸ばして俺のものなのか返り血なのか分からない汚れを指で拭き取った。
「杏寿郎が任務で背負った
言いながら拭き取った指を自分で舐めようとするのを寸前で止める。
「よもや舐める気か? 俺の血じゃなかったらどうする?」
「そうしたら私、穢れちゃうね」
「……ナマエのことを穢すのは俺だけにしてくれ」
隠すこともなく本音を吐露して、首の後ろに手を回せばナマエの髪が俺の手指を擽った。
そのまま引き寄せれば抗うことなく近付く顔。
二人目を閉じて口を合わせれば、口の中が切れているのか鮮血の味に生きていると感じる。少し顔を離すとナマエの眉根がまた寄っているが、この表情は身体の痛みから来るものではないだろう。
それを示すようにナマエの手が俺の真似をして首の後ろに回り、心地よい指が
「生きてるね」
「ああ……、生きてる」
もう今は言葉は要らない。
俺は他の人間の気配がするまでナマエの口内を蹂躙し、互いの生を確かめた。
初出:2021/03/27