― 酔いどれピンクのコンドーム ―
5/6ゴムの日。Twitterにアップしたものからちょっとだけ加筆修正
夜になって気温は多少下がったけど名残を残すように
予定の時間よりだいぶ遅くなってしまったと腕時計を見ながら言われた居酒屋の暖簾をくぐると、奥の方から騒がしい笑い声が聞こえた。
「遅くなりましたー!」
「お、やっと来た。おつかれー」
奥の座敷にはほぼ毎日職員室で見る顔ぶれが揃っている。ゴールデンウィークも終わるし週末だしってことで決まった職員の飲み会。私は少しやることがあったのでこうして遅れて飲みの席に来れば皆結構出来上がっていた。
「この時間に来るなら要領よく終わったようだな。奥が空いている」
戸口付近に座る伊黒先生から嫌味とも労いとも取れない言葉と指で差された方を見ると、後藤先生に煉獄先生、そこに席が1つ空いて不死川先生、向かいには胡蝶先生が座っている。
店員さんに「とりあえず生ビール」と、最初の一杯を注文したらついでとばかりに他の先生もあれこれ追加注文を始めるので、何人かの先生にお疲れさまです、と言いながら空いた席に腰を下ろした。
昼はちょっと控えたから夜はがっつり食べたいな。
肉と揚げ物のページを眺めながら横目で隣に座っている煉獄先生を見ると静かにビールを煽っている。
「煉獄先生は何か食べますか?」
「なんでも食べるぞ。好きなのを注文するといい!」
そう言って手元にあったビールを一気に飲み、戻ろうとした店員さんを引き止めて「熱燗を1本追加で頼む!」と大声で注文した煉獄先生――私の彼氏は私のことを見ない。
「機嫌悪いですか?」
「何がだ? 至って普通だぞ?」
みんな他に目が行っていることを確認してメニューで口元を隠しながら彼に近付いてこっそり話す。
「今日の飲み会のこと怒ってる?」
「……そんなに狭量な男に見えるだろうか?」
彼はそう言って箸を手に取り中途半端に残っていた揚げ物を口に入れていく様子を見ながら、狭量かどうかはともかく怒っているじゃないかと彼から離れる。
いつもは何飲む何食べる何が欲しいと甲斐甲斐しく聞いてくれるのに今日は何もないのがいい証拠だ。
「お待たせしまっしたー」
彼の機嫌をどう取ろうか考えていたら私のビールが届いて彼の注文した熱燗も届いた。ご機嫌伺いの手始めに、彼に熱燗を注ごうとしたら後藤先生に役目を取られてしまう。
そこでいよいよ私の口から小さく溜息が漏れた。
私今日の飲み会最初断ったもん。結局参加になっちゃったときは気にするなって言ってたのに。
もういいや。折角の飲み会だから美味しいお酒飲もう。
みんなで改めて乾杯をして、相変わらずこっちを向かない煉獄先生から距離を取って反対隣の不死川先生、向かい側に座る胡蝶先生と私は喋ることにした。
「これなんですか?」
「それは100円玉を入れてできる占いみくじよ」
「へえ、こんなの初めて見ました」
胡蝶先生たちと話をしながら目に入ったのはテーブルの端にある球体型の入れ物。それには「占い☆」と大きく書かれていて、星座の絵とそれぞれに硬貨の投入口が付いている。
「何座だァ?」
「ん?」
「自分の星座のとこに金を入れるんだよ。こういうの好きだろォ」
胡蝶先生の言葉に興味津々で見ていたらほらよ、と不死川先生が私に100円玉を渡してきてくれた。
「不死川先生分かってますねえ。100円いただいちゃっていいんですか?」
「おォ、使え」
お礼を言って100円をもらい自分の星座へ落とし込み、カチンとレバーみたいのを引いて出てきたのは小さな包み。
「ちっちゃ!」
出てきた巻物みたいに巻かれた包みが小さすぎて本当にこれに占いなんて書いてあるの? と疑ってしまう。
「どんなことが書いてあるんだ?」
「いいこと書いてあるといいわね」
不死川先生と胡蝶先生は私の反応に笑いながら結果を催促してきて、3人顔を寄せて結果を読み上げた。
「吉ですね。大胆に誘ってみると運気もあがるかも。ラッキーカラーは……ピンク」
「パッとしねえなァ」
「ピンクなもの付けてなさそうだから今日は残念ね」
ピンクかぁ。まあ、着けてなくはないけど彼と喧嘩とも言えないこの状況を考えるとラッキーカラーにはならないななんて、誰にも見せる予定もなくなったものに溜息が出る。
しかも星座に関する話なんて一切出てこないじゃないかと、結果に文句をこぼすと、不死川先生に「占いなんてそんなもんだ」なんて笑いながら頭を撫でられた。
不死川先生に頭を撫でられるのはテストの結果が良かったときだったり、本当に落ち込んでいるときに相談するとしてくれるレア度の高い行動だって確か女生徒が話していたな。
もしかしてこれがラッキーなのかも? たかが占いの結果でこんなレアな恩恵を受けてしまっていいのかな?
「生徒が不死川先生に頭撫でてもらいたいって言ってたの分かった気がします」
「あァ?」
女生徒の人気の高さを胡蝶先生と力説すると照れながら怒る不死川先生が面白くて、私はすっかり煉獄先生のことを忘れていた。
お酒も飲んでお腹も膨れて程よい気分で一度席を外し、お手洗いで鏡の中の自分と目を合わせる。
本当なら今日は彼――煉獄先生と2人でご飯を食べに行く予定だった。だけど私の仕事が終わらなそうで食事に行くのを断って、その時はなんとも無かったのに。仕事が終わったら会おうって。
終業間際に急遽飲み会の話が持ち上がり、一度は断ったのにあれよあれよと参加が決まってしまった。
というか、私が参加になるより前に彼の参加が決定していたから私が怒られる道理はないはずだ。むしろ私が怒る方じゃない?
溜息をついた後、気合を入れ直すように頬を叩いて席に戻ると煉獄先生の隣には宇髄先生が居た。
背筋をピンと伸ばしたいつもの彼の雰囲気からは程遠く、背を丸めてお猪口でお酒をぐいぐい飲んでいる。
「煉獄先生……飲むペース早くないですか? それ何杯目ですか?」
「む? 分からんがそんなに飲んでいない」
「宇髄先生、煉獄先生にどれだけ飲ませたんですか?」
「俺じゃねえよ。煉獄がなんか言いながら勝手に飲みだしたんだよ」
「なにか言いながら?」
「なんでも彼女に心が狭いと思われてしまったとか、今日は2人で過ごすつもりだったのにとかよ。意外と泣き上戸なんだな。派手に落ち込んでるみたいだし許してやれよ」
「……へえ」
ニヤニヤしながら私にそれを伝えてくる宇髄先生に冷や汗が背中を伝った。
彼との関係は職場恋愛ということもあって誰にも話していない。いないけれども、あたかも彼女本人に伝えたぜという雰囲気を出してくる宇髄先生に生返事をしてしまった。
宇髄先生の言葉は彼の耳にも届いているのに、肯定も否定もせず淡々とお酒を飲み続けている。どうやら本格的に酔っ払ってきているようだ。
「煉獄先生、そろそろお酒は止めてお水飲みましょうか」
「むぅ、酔ってなどいない」
上がりがちの目尻が下がって目がトロンとしている。子どもみたいに頬を膨らませる仕草をすると直ぐにテーブルに突っ伏してしまった。
「煉獄先生、タクシー呼ぶので寝るの我慢してください」
背中をポンポン叩いても反応しなくて、これは早く家に帰らせようと配車アプリを起動する。
「煉獄はそろそろオネムの時間かァ?」
そんな私たちに向けた不死川先生の言葉に彼がピクリと反応して、胡乱げに顔を起こすと私に近寄り手を掴んでくる。
「あら、煉獄先生ったら」
「お? なんだなんだ?」
「煉獄先生? どうしたんですか?」
「桃色……、ナマエは今日着用しているだろう」
「な、なんのことですか?」
言った瞬間後悔した。なんのことか聞けば彼は答えるに決まっているのに。
私の名前も呼び捨てでここは家じゃないんだと彼の口を押さえようと手を伸ばしてももう遅かった。
「今日の朝、桃色の下着を着けているのを見たぞ」
私はなんで飲みの席で下着の色を暴露されなければならないのかと逃げたくなる。
周りの先生が面白そうに見ている中、彼は私から手を離すと自分の鞄を漁りだした。
「さっきおみくじを引いていたんだろう?」
「そ、そうですね」
「大胆に誘えば運があがる……と」
「え? ああ……、占いにはそう書いてありますけど、それは私の結果であって煉獄先生の――」
結果ではないですよ。そう言おうとしたらウトウトしていたはずの煉獄先生の目がパッチリと開いた。
「ナマエのラッキーカラーだ!」
どやさと鞄から出して私に手渡してきたものに、私と近くにいた先生は絶句する。
目に眩しいショッキングピンクの小さな四角い包装袋は半透明になっていて中身が透けていた。
「さっきは大人気なく接してしまってすまなかった。不甲斐ない!」
「あの、なんで……。これを私に」
ああ、また自分で墓穴を掘ったと言った瞬間後悔する。彼はこんなものを渡してくるのに似つかわしくない満面の笑みを浮かべた。
「今日ナマエと使おうと思ってな!」
隠している関係なのに、隠すつもりのないトドメの爆弾発言を笑顔で落とす煉獄先生の口を今更手で塞いでももう遅い。
「あー、やっと大っぴらにする気になったかー。それにしてもド派手なピンクしてんな」
「はっはっは! 大胆に誘えば運があがるからな!」
「いや、だからそれは私の――」
占いの結果なんですが。酔っ払っている煉獄先生に今何を説いても無駄な気がしてきた。
その証拠に言いたいことだけ言って満足したのか、彼はまたテーブルに突っ伏して今度こそ寝息を立て始める。
この宴会がお開きになるまで怒涛の質問攻めになりそうだ。今日のこの後を私1人で乗り切るんだから飲まないとやってられない。
興味津々に集まる他の先生たちに愛想笑いをしながら四角いショッキングピンクを彼の鞄に戻して「とりあえずビール1つ!」と注文する。
来たときと同じセリフを言う私は、この飲み会がリセットされるラッキーが起きないかなあなんて、テーブルに突っ伏す煉獄先生を見ながらぼんやり考えた。
2022/05/07:初出
煉獄家男子は酒で失敗するコトが多そう