― 錆兎の心私知らず ―

学パロ

「あれ? 錆兎だ」

 朝の通学時間、駅の改札を抜けてホームに行くとピンクをくすませた髪色のクラスメイトがいた。

「おはよー」
「おう、おはよう」
「どうしたの? この時間に駅にいるなんて珍しいね」
「剣道場が定期点検で今日の朝練がなくなったんだ」

 確か剣道部だっけ? なんて所属部活に関しては知っているのに、すっとぼけながら聞くと「そうだ」って答えてくれる錆兎は何を隠そう私の想い人。
 高校に入って2年経つけど、こんな風に朝会うのは初めてだから使っている駅が同じだとは知らなかった。

「っていうか駅一緒なんだね」
「朝練がなくてももう少し早く行くんだけどな。今日は寝坊した」
「はぁー、錆兎もそんなことあるんだね」

 寝坊したのに私と登校時間が同じだなんて、普段どんだけ早く学校に行ってるんだよと思う。

「お前の中で俺はどんな人間だよ」

 ちょっとだけ眉尻を下げながら呆れ笑いをする錆兎は朝から格好いい。
 朝からラッキーなんて考えて、大きな接近音を出しながらホームに進入してくるいつもと同じ電車に錆兎と並んで乗り込んだ。

* * *

「おい……」
「なに?」

 電車に足を踏み入れると後ろからの圧が凄くて、足が浮きそうなのをなんとか踏ん張っていたら錆兎が私の腕を掴む。

「お前、いつもこんな満員電車に乗ってるのか?」
「今日はいつもより、っ、人多いかも。どっか事故とかで遅延してるんじゃないかな?」

 そう言うとタイミングよく車内アナウンスが流れて、接続電車が遅れていると伝えてきた。

「鞄を前にしっかり抱えろ」
「え?」
「早く」

 言うとおりに鞄を前に抱きかかえた私を確認すると、錆兎は私を車両の隅に追いやる。

「おおおお錆兎さん!?」
「最寄り駅に着くまで我慢しろ」

 我慢しろ、じゃなくて今の体勢になった経緯を教えてくれ。
 車両の隅の私を錆兎が他の乗客から守るように立っていてくれているんだけど、電車の中で壁ドン紛いなこれは心臓に悪い。

「体幹弱そうだから他の乗客に流されて潰されそうだ」

 現在進行形で私の心臓が潰されそうなんですが。
 下を向けば錆兎の胸元、上を向けば錆兎のご尊顔。これは確実に死因・錆兎による心臓発作になってしまう。
 錆兎を殺人犯にしてはいけないと、横を向いて外を見ようとしたら、優先席に座っているお婆さんと目が合った。
 お婆さんは“若いっていいわねぇ”みたいな感じでニコニコしているけど、あの、そんなんじゃないんです本当に。
 これが私じゃなくてお婆さんでも、錆兎は絶対同じことをしてる。“何言ってんだお前、男なら当たり前だろう”みたいな感じなんですよお婆さん。錆兎ってそんなやつなんですよ。くそ、かっこヨシオめ。

「おい」
「え、何?」

 心の中で毒づいていたら声を掛けられて、口から出ていたのかと思って焦った。

「俺で不満かもしれないが少し我慢しろ」
「不満?」
「そんな嫌そうな顔されると流石に傷つく」
「あらあら、女心が分からないのかねぇ」

 ちょっ、お婆さん! 優先席のお婆さんが困ったねえみたいな感じで言い出すから、周りの人たちの視線を集めてしまう。
 優先席改めアリーナ席で見ているお婆さんと周りの眼から逃れるように自分の胸元のカバンに顔を埋めたタイミングで、電車がカーブして更に距離が縮まった。

「嫌だったら……そもそもホームで声掛けないから。バカビト」

 極力声を抑えて錆兎にだけ聞こえるようにしたら、離れようとしていた錆兎は体を離すのを止める。

「そうか……じゃあちゃんと掴まっておけ」

 いや、もう捕まっているんですよ。心が。錆兎に。
 さっきから発せられる錆兎の言葉に心の中だけで返しながら、あと何駅で心臓が爆発するか考えた。

* * *

「はあ、死ぬかと思った……」
「体力無さすぎだろう」

 あんなずっと間近にいられたら体力じゃなくて心力が減るんだよ。もう何回目か分からないツッコミを心の中でする。
 学校最寄りの駅で、これまた錆兎に引っ張られながらなんとか電車から降りることに成功した。

「錆兎ありがとね。今日は一段と凄かったわ。錆兎のお陰で助かりました。購買でなんか奢るよ」
「それは別にいいから明日からもう5本早い電車に乗れ」
「5本っ!? なんで!?」

 5本早く乗るには今より30分早く起きなくちゃならない。朝の30分はめちゃくちゃ大事なのに!

「そうすれば朝練のない時は一緒の電車に乗れる」

 ん? それは一体どういうことだ? なんて思いながら改札を抜けるとクラスメイトが後ろから突進してきた。

「おっはよー!」
「わ、おはよ!」

 錆兎にどういう意味だって聞きたかったのに、友達はまた別の友達を呼んであっという間に錆兎と距離ができてしまう。
 そんな私たちを見ながら、錆兎は「おい」って私を呼んだ。

「女心がどうとか言ってたけど男心だってあるんだ。言っておくがお前じゃなかったらあんなことしない」
「ふぁっ!?」
「んんんん?」

 錆兎と電車通学するための早起きと、いつもどおりの睡眠時間のどちらを選ぶか。錆兎は簡単なようでどんな試験よりも難しい二択を私に突きつけると、私と友達を置いて一人でさっさと学校へ歩いていく。

「さてさて、錆兎くんの言う“あんなこと”とはどんなことか聞かせてもらおうか?」
 取り敢えず隣でニヤニヤしてる友達を私は肘で小突いた。

初出:2022/03/06 kmtwebオンリー「悠久と君2」リクエスト