― 食い意地万歳 ―

鬼殺軸/隠

 これは鬼殺隊「隠」の詰所での日常である――。

 昨夜の隠の任務が一段落して詰所に戻ってくれば、共用の棚に仕舞われた黄金色に光るモノを見つけた。
 微妙に届かないから背伸びして棚から皿を取り出せば、予想通りのカステラってやつ。
 疲れた身体に染み込みそうな甘いザラメ糖に口の中が涎が溜まって、早く食べてくれと私に強烈に主張してくる。
 この“共用の棚”にあったから食べてもいいんだと自己判断して、いそいそと食べる支度を整えた。

「いただきます!」

 ザリ、と音が口の中で噛み砕いてすぐに溶ける甘さに頬が落ちそうになる。

「ん〜〜〜美味しい〜〜〜」

 昨夜の疲れも吹き飛ぶ美味しさと甘さに二口目を口に入れたら頭をがしりと掴まれた。

「お前は何度言えば覚えるんだよ!」

 この声は……と思えば最近会う度にいつも怒ってくる隠の先輩である後藤さんが私の頭を掴んでいる。

「むぐっ、逆に聞きまふけど……」
「食いながら喋るな!」

 ずっと怒りっぱなしで後藤さん疲れないのかな。とりあえず言われたとおり口の中のカステラを飲み込んで、水分が持っていかれた口の中を水で潤した。

「ごちそうさまです」

 美味しいものに感謝を忘れてはいけない。きちんと礼を示して怒ったままの後藤さんに体を向ける。何故か私が詰所に来ると折よく準備されている甘味。
 この前は善哉、その前は珍しいチョコレイトというやつだった。そして今日はカステラ。別に食べたくて食べているわけではない。
 みんなが来る場所に置いてあったら、ご自由にどうぞって思うわけで。だから食べただけだと言ったら後藤さんに怒られた。
 そして今日も例に漏れず怒られている。解せぬ。

「逆に聞きますけど。後藤さんは何度やられれば気が済むんですか?」
「気が済むとかの話じゃねえよ! 俺の名前が書いてあるだろうが馬鹿野郎!」
「なかったですよ、名前なんてどこにも」

 そうだそうだ! 私だって誰かのだって分かれば勝手に食べたりしない。そこまで食い意地は張っていない。それを主張すれば後藤さんは皿の置いてあった棚を指差した。

「ちゃんと皿の下に俺の名前が書いてある紙あるじゃねえか!」
「すみません、私背が低くて見えなかったです」

 私の手の届かない場所に置いたつもりであろうカステラは、奇しくもモノだけ私の目に入り、誰のものかを示す名前が私の目に触れることはなかった。

「はぁぁあああ!? おまっ! はぁあああああああああ!?」

 ああ言えばこういう私に後藤さんは頭を抱える。

「お前、もしこれに毒が入っていたらどうするんだ?」
「ええ!? 入ってるんですか!? ちょ! 吐かせてください」
「例えばだよ! 入ってねえし吐くんじゃねえよ! 汚えな!」
「あ、例えばなんですね。折角食べたやつ吐き出さなくて良かったです」
「良かったじゃねえよ! そもそも人のを食うんじゃねえって言ってるの! 俺は!」

 こめかみをぐりぐりされて後藤さんの腕を押さえても全然止めてくれない。

「痛い痛い痛い! 折角食べたやつがまろび出そうです後藤さん!」
「おうおう! まろび出せ馬鹿野郎!」
「今さっき吐くなって言ったばかりじゃないですか!!」

 涙目の私を見て、やっとこめかみぐりぐりの刑を止めてくれた。

「お前つまみ食いするの止めろ。それが出来ないなら隠を辞めろ」
「はっ!?」

 なんで!? なんで急にそんな話になるわけ!?

「目の前の誘惑に負けてるお前は隠に……鬼殺隊に向いてねぇよ」
「え、私……鬼殺隊辞めさせられちゃうんですか……」
「そんな自分のことばかり優先しているやつが隊士が苦しんでいるときに援護できんのか?」

 いきなりの鬼殺隊辞めろ宣言に動揺してどうすればいいのか分からない。とりあえず売り言葉に買い言葉を止めて、本来なら最初の方に言うべきだったことを言う。

「後藤さんのカステラ勝手に食べてしまってごめんなさい」

 私の反省の弁に後藤さんもたじろいだのか、やっと声の調子を落とした。

「……まあ、反省してるならいいけどよ。今後気をつければいいよ」
「はい、気を付けます。食い意地張るのもやめる努力します」
「お前から食い意地取ったら何残るんだよ」
「はい、じゃあ食い意地はそのままでいきます」
「はあ〜〜〜。折角お前にいいもん買ってきてやったのによ……」

 後藤さんは私の目の前でごとりと何かを置く。

「別に食べるのが悪いって言ってるんじゃねえんだよ。たださっきも言ったように毒が入ってたり、鬼の罠だったりする可能性もあるんだからちゃんと危機感を持ってだな……。そもそも隠で後方支援の俺らがそんな罠にかかるなんて……」

 ぶつぶつ言っている後藤さんよりも置かれた風呂敷の結び目の隙間から見える包装紙が気になった。
 いつまでもお小言が止まらなそうだったから結び目を外して開いてみれば予想通りの――。

「追加のカステラだ!」
「言ったそばから学習しねえなお前は! 誘惑に弱すぎだろ馬鹿野郎!! 本当に辞めさせるぞ!」

 特大のでこぴんと特大の私への罵声。



 これはもう鬼殺隊「隠」の詰所での日常となっていた――。

初出:2022/03/06 kmtwebオンリー「悠久と君2」リクエスト