― チョコっと交換しませんか ―

2023年バレンタイン

 今日はこの部屋の主である家庭科の鋼鐵塚はがねづか先生が出張で不在なのは把握済み。
 三限目も終わりに差し掛かる時間、自分が担当する授業は午後までないから誰も居ない調理実習室に入る。
 去年より貰うペースが早いのか、職員室で見た煉獄先生が持っていた大きめの紙袋からは朝の時点で溢れる寸前までチョコが入っていた。
 のほほんと何も準備していなかった私は途端に焦って、私も煉獄先生にチョコを渡したいって思い立ったけど、コンビニチョコはなんだか味気ない。折角渡すならちゃんと心を込めて、なんて息巻いて材料を買ってきて気付く。そもそも手作りって重くない?
 しかもチョコを作るのが久しぶりでうまくできるかも心配だ。
 扉から一番遠い実習テーブルに、近くのスーパーで取り急ぎ買ってきた板チョコに小さなアルミカップ、生クリームを並べて溜め息が漏れた。
 ぼーっと材料だけ眺めている間に三限目が終わるチャイムだけじゃなく四限目が始まるチャイムも鳴る。
 材料ももったいないし作るか、と準備を始めたタイミングで調理実習室の扉が勢いよく開いた。
「煉獄先生!? どうしたんですか?」
「ホワイトボードのナマエ先生の行き先が調理実習室になっていたから何をしているのかと思ったんだ」
 チョコを渡そうと思っている相手――煉獄先生の登場に驚いたけど、そういえば煉獄先生も四限目は空きだったっけ。煉獄先生はそのまま中に入ってきて、テーブルの上に広げられた材料を見てふむふむと一人頷いた。
「チョコレートを作るのか?」
「そうです。まあ、溶かして固めるだけなんですけど」
「……よし、俺も一緒に作らせてくれ! このチョコを刻めばいいのか?」
 え、と聞き返す暇もなく煉獄先生はノリノリで腕まくりをして手を洗い私の横に立つと、板チョコを手頃な大きさに割り始める。
 状況に追いつけない私が口を開けたままでいたら割ったチョコを一欠片入れられた。
「んむ!?」
「む? 食べたいのではなかったか?」
「違いますよ。急にどうしたんだろうって思ったんです」
「腹にたまる惣菜などは作るが菓子は作ったことがなくてな。作ってみたいと思ったんだ――と、すまない! 勝手に加わってしまって迷惑だったか?」
「いえ、全然問題ないです。じゃあ一緒に作りましょう!」
「よろしく頼む!」
 煉獄先生がチョコを割っている間に湯煎の準備をしようかな。鍋はあるけど湯煎できるものはどこだと辺りを見回していたら煉獄先生が足元を指差した。
「耐熱ボウルなら足元の棚に入っているぞ」
「あ、はい。ありがとうございます。あの……煉獄先生、手際良いですね?」
「そうか?」
 調理器具の場所も把握しているし、割った板チョコを細かく刻む包丁捌きが手慣れている。
「食べるのが好きで、それが乗じて料理も上手とはいえないがよくするんだ」
「煉獄先生よく校内でご飯作って食べてますもんね」
 突拍子もなく学校で炊き出しのように豚汁作ってたり、勝手に調理実習室を使って鋼鐵塚先生に怒られているのをよく目撃する。

 湯煎で溶けたチョコレートに少し温めた生クリームを私が入れると煉獄先生は丁寧に優しく混ぜて、マーブルから柔らかい印象の茶色になった。
「生クリームを入れるのはなんでだ?」
「口どけがよくなるんですよ。そのまま固めたら板チョコを分厚くしただけになっちゃうので」
「なるほどな」
 生クリームも混ぜ終わって、アルミカップに入れるため耐熱ボウルを間に置いて二人並んで座る。
 ここは学校なんだけど、流れとはいえ二人で料理してこうやって並んで……。なんか……なんだこれ!?
 むずむずソワソワする感覚に叫びたくなるから何か話題を振ろうそうしよう。
「れ、煉獄先生は今年も朝からチョコレート沢山貰ってきてましたね!」
「ああ、あれは他の先生の分も一緒に渡してくれと頼まれたから全部が全部俺のではないな」
 全部が煉獄先生宛てじゃないって聞いてほっとするのと同時に、生徒相手に何を対抗心煽られてしまったんだと反省の念が押し寄せてきた。
「……そうなんですね。煉獄先生の授業は歴史なのに運動することあるけど楽しいってよく聞きますよ」
「教師として慕われているのは嬉しいものだ」
「今年は誰が一番貰えますかね? やっぱり宇髄先生かな? 最近は後藤先生も隠れファンが多いらしいですよ」
「はは、誰だろうな? 宇髄は昼休みに段ボール箱を持って校内を練り歩くからその時に受け取ると言っていた」
「はー、モテる先生は大変ですねー」
 おひねりを貰うが如く校内をのんびり歩く宇髄先生が簡単に想像できる。
 そんな世間話に笑っているうちにチョコも全てカップに分け終わった。
「あとは冷蔵庫に入れて冷やしましょう」
「どれくらい冷やすんだ?」
「放課後くらいにはいい感じで冷え固まりそうです」
「じゃあ放課後、またここに来るとしよう」
 ふわりとラップをして冷蔵庫を開くとウインナー、ヨーグルトにキムチとか使いかけの調味料が入っている。
「なんかこの冷蔵庫、やたら生活感ありますね?」
「腹ごなし用の料理の材料を保管するのに使わせてもらっているんだ」
「鋼鐵塚先生怒られないんですか?」
「うまいみたらし団子を献上しているから大丈夫だ!」
 料理の材料は職員室で見たことないなと思っていたらこんなところに保管していたのか。しかもあの鋼鐵塚先生を好物という賄賂で懐柔までしていた。
 時間を見たらそろそろ四限目も終わりそう。早く後片付けしてしまおうと、シンクに置いた洗い物に手を付けるため蛇口を捻りながら煉獄先生に声を掛ける。
「チョコ一緒に作ってくれてありがとうございます。片付けは私がやっておくので煉獄先生は戻ってくださーい。また放課後ここで!」
「ナマエ先生はこのチョコを――」
「え? なんですか?」
「いや、なんでもない。また後で!」
 水の音で聞き取れなくて聞き返すと、煉獄先生は言い直すことなく調理実習室から出ていってしまった。

* * *

 放課後、生徒がまばらになってきたのを見計らって調理実習室に行くと煉獄先生はもう来ている。
「すみません、待たせてしまいました」
「大丈夫だ。俺も今来た」
 冷蔵庫からチョコを出して、固さを確認すると丁度良さそう。煉獄先生が興味深げに手元を覗いてくるからにこりと笑った。
「無事にできました!」
「そうか! やったな!」
 これは私の分、こっちは煉獄先生の分、と出来たチョコを分ける。
 アルミカップに入れたチョコの量は性格なのか、煉獄先生の入れた方はカップに目一杯チョコが入っているから判断しやすい。
「む? 俺も貰っていいのか?」
「はい、だって煉獄先生も一緒に作りましたし」
「……ナマエ先生はそのチョコを誰か意中の相手に渡すのだろうか?」
「え? あー……渡そうと思ったんですけど止めようかなって……」
「なんでだ?」
「えーと、ラッピングの準備もしていないし……。このまま職員室に持っていって胡蝶先生と食べようと思います」
 一緒にチョコを作れたのは嬉しいけど、それを貰う煉獄先生の気持ちを考えていたら時間の経過と共に渡したい気持ちが尻すぼみになってしまった。
 胡蝶先生ならきっと何も聞かずに一緒に食べてくれるはず。
 煉獄先生はそんな私の言葉に何か意を決したみたいな反応を示す。
「ふむ……。そうしたら俺のチョコを貰ってくれないか?」
「私にですか? 家族とか……大切な人ではなく?」
「俺はナマエ先生にあげるつもりで作った。想いを伝えるのに女性からだけなんて決まりはないからな」
「え……、え?」
「正直ナマエ先生がこのチョコを誰にあげようと思っていたのか気にはなるが、先に俺の気持ちを渡したい」
 渡されたのはさっき煉獄先生の分ですよと分けたチョコ。カップのフチギリギリまで入ったチョコは、気持ちの多さをそのまま表しているみたいだと、自分に都合よく考えてしまう。
 きっとこんな日だからなんだろうけど、折角のこのチャンス。今を逃したら多分この先ずっと渡せない。
「あの! 煉獄先生が朝から沢山チョコレート貰ってて、去年より多そうだなって思ったら焦って……、だから……私も、なんて……」
 ああ、何を言いたいんだ私は。こんな言い訳じみたことじゃなくてシンプルにシンプルに――。
 渡されたチョコを持ったまま、自分用に取り分けたチョコを煉獄先生の前に勢いよく差し出した。
「煉獄先生が好きです! 煉獄先生に渡したくて作りました! 貰ってください! えーと……好きです!」
「……」
 しんと静まる調理実習室に私の「好きです」が2回、虚しく響く。やっぱり都合良く考えすぎた。明日から、というか今このときからどんな風に接すればいいんだろう。数学や歴史も大切だけど学校でこんなときどう対応すべきかも教えるべきでは?
 逃げる最初の一言を頭の中で考えていたら差し出したチョコ……ではなく私の手が包まれる。
「俺たちの作った……俺の分のチョコは全てナマエ先生に渡す。だからナマエ先生の分のチョコは俺が全部貰いたい。いいだろうか?」
「どう、ぞ……」
「ありがとう! ナマエ先生の気持ちもチョコも俺が全て受け取った!」
「っ!」
 一度ギュッと強く手を握られたと思えば煉獄先生は早速私が渡したチョコを口に放り込んだ。
「うまいっっっ!」
 チョコどころじゃないものを交換してしまった気がするのは私だけ? 夢かと思ったけど、目の前で発せられる特大の声は耳が少し痛くてどうやら夢じゃなさそう。
 私も貰ったチョコを口に含むと、カップに入ったチョコの量が多すぎたせいか冷えムラで囓るたびに食感が変わる。
「うん、でも甘くておいしい」
 さっきの煉獄先生の特大の「うまい!」の声を聞きつけてやってきた生徒に見つかるまでの数分、私は口の中に広がる甘さを堪能した。

* * *

 次の日、出張から戻ってきた鋼鐵塚先生は連絡も報告もなく勝手に調理実習室を使ったのはお前か! なんて煉獄先生に詰め寄っている。
「鋼鐵塚先生、調理実習室は私が――」
 正直に申し出ようとすると煉獄先生は私を見るとそっと口に指を当てて「内緒だ」と口パクして――昨日のチョコよりも甘く笑った。

2023/02/17:初出