― 好きな衣装で(ナース) ―
私は男装、杏寿郎は女装。
そんな取り決めだけをして何に仮装をするかは内緒のまま迎えたハロウィン当日。
別々に着替えてリビングでお披露目をした私たちはお互いの仮装を頭の上から足元のつま先までまじまじと見合った。
「……」
「……なんでナースなの?」
「仮装するなら何がいいのか学校で相談したらナースが定番だと聞いた!」
杏寿郎の働く学校には煩悩に忠実な同僚がいるみたい。
ナースは女性が着る側の定番だと思うけど自信満々な杏寿郎には黙っておこう。
杏寿郎の胸は今にも破れんばかりにパンパンで、近付くと余計に強調してくる胸に手を当てる。
「あはは、すごいパッツパツ。杏寿郎が着れるサイズよくあったね」
「探すのに少々苦労した」
「ボタンも弾け飛びそう」
なにも留めていない飾りのボタンは糸の遊びもなく本当にギリギリのサイズ。胸だけじゃなくて二の腕あたりの袖口もキツそうで白衣の天使というか戦士みたい。
スカートの丈は少し長めだけど処理もしていない足は衣装とのチグハグさを助長するから笑いを誘ってくる。
「スカートがタイトなやつじゃなくて良かったね。でも胸苦しいんじゃない?」
「む?」
ナース服の前がファスナーになっているから少しでも楽にしてあげようとゆっくりおろすと、清廉を表す白から健康的な肌色がすぐに見えた。
ナース服っていうパンチ力で隠れていた杏寿郎の色気が漏れ出てこれは良くないかもしれない。
「……」
無言のまま胸の途中まで下ろしたファスナーを元に戻そうとしたら私が着ている服の裾を掴まれ動きを止められた。
「俺とは逆にナマエは随分ブカブカだな」
「ぁ……そう! そうなの! どう!? 一度やってみたかったの!」
ファスナーを戻すことを止められた私は杏寿郎の色気に当てられないように数歩下がって距離を取る。
私が着ているのは全部杏寿郎の服。白いワイシャツの襟口は大きく開きすぎてしまったからネクタイの玉は胸元あたりで緩く結び、肩が凝るなんて言ってあまりジャケットを着ない杏寿郎を真似て学校でよく羽織っているというブルゾンも拝借している。
捲らなくちゃ穿けないスラックスもシワになることを心の中で謝りながら穿いて、これも男装だと言い張るように胸を張った。
「煉獄先生に仮装してみた! 着てみて思ったけどやっぱり大きいね」
指先まで隠れる袖を腕まくりしながら見せたら気分はますます煉獄先生になっていく。
「よもや自分に仮装されるとは思っていなかっただろう!」
杏寿郎の口癖を真似しながら胸だけじゃなく声も張ると胸元の開いたナースが手のひらを上に向けながら私に差し出してきた。
「では俺の仮装をしたナマエにトリックオアトリートだ!」
「え? お菓子?」
「ないのか? ならば仕方ないな。いたずらをしよう」
「ななななに!?」
私を寝室に誘導しようとする杏寿郎から慌てて距離を取る。
「なぜ逃げる? 俺の仮装をして“煉獄先生”になったナマエに教えてもらうだけだ」
「明日の夕食はさつまいもを使ったポテサラ作るよ!」
「わっしょい!」
よし、なんとか色気に当てられずにすみそうだ。
確か仕事用のバッグに一口チョコとか飴とか入っていた気がするけどバッグは寝室にある。結局向かうのかと逃げるように移動しようとしたら腰に腕が回ってきた。
「ひ!?」
「まあそれも知れて嬉しいが他にも色々教えてくれ」
「色々……」
「そうイロイロ、だ」
「お菓子あるの思い出したんだけどいたずらしない?」
「ナマエ次第だな。心配するな、大丈夫だ」
「なにが大丈夫なの?」
「俺はナースだ。ナマエが明日起き上がれなくてもしっかり看病しよう!」
大きい襟口で開いた場所に杏寿郎の指が滑り込みゆっくり鎖骨を撫でられる。
おかしいな。ナースの格好している杏寿郎にさっきまで笑っていたのに。
着ている杏寿郎の服からする仄かな香りと本人から漂う圧倒的色気に勝てそうにない。
頭の中が何も考えられず真っ白になりながら、促されるまま寝室へ入った。
「宇髄、ハロウィンでちょっと聞きたいことがあるんだが仮装の定番といえば何があるんだ?」
「あー? 男? 女?」
「女性だ」
「じゃあナース一択だろ」
「そうなのか?」
「お菓子あげてご褒美貰うもよし。お菓子をあげずにいたずらされるもよし――」
「なるほど……そうだ! お菓子も買わないといかんな! ありがとう宇髄!」
「どちらにしろ白衣の天使に身体のお世話を……っておい話は最後まで聞けよ」
そんな会話をしたんだと聞いたのは次の日の夕食時。
しっかり最後まで聞いてるじゃんとか、煩悩に忠実なのは杏寿郎もだと改めて思い知った。
2023/12/31:Twitter初出
2024/01/04:サイト用に修正