また会いましょう?

「なまえさん、ボクの、ジムで働いて…くれませんか?」
「いえ、お家の仕事があるので」
「ジムで、働いてくれたら…毎日、会えるのに……」

「働いてなくても毎日の様に会ってるじゃないですか…」


私が口にした通り、ほぼ毎日の様に私に会いに来るのはラテラルタウンの若きジムリーダー、サイレントボーイと呼ばれるオニオンくん。

何をする訳でもなく私が1人の時にただお喋りに来て帰っていく。最近はジムで働いて欲しいとお誘いの嵐ですが、私にはお仕事があるので難しいんです。

そもそもどうしてこんな関係になったのかもわからない。いつからと言われたら、割りと始めからだったと思う。



その日は父も母も商品の仕入れに行ってしまったので店番は私が立っていた。

ここ、ラテラルタウンできのみを加工販売しているのはうちだけなので割りとお客さんはくる。だからお店を休むわけにも行かない。



「今日はいい天気ですねぇ」
「そうですね、こんな日にはうちのモモンジュースで喉を潤わしませんか?」
「はっはっ、お嬢ちゃん商売上手だね!」



今日も晴天が広がりお出かけ日和だ。こんな天気が良い日には、観光にきた人を案内したりもする。ちょっとした小遣い稼ぎとルミナスメイズの森へ行く口実だ。

まあ、で、こんなに天気がいい昼間だから油断してたんです。



「なまえちゃん、また1人で話してるー」
「しっ!聞こえちゃうでしょ!」

「………」


通りかかった親子の会話が耳に入る。男の子の方はたまにお話したりポケモンバトルをしたりする子だ。
それよりも、お店の前にいる男に視線を戻すとドッキリがばれてしまった子供の様に笑っていた。



「今、真っ昼間ですよ?」
「いやー、暇だったもので」

ごめんよーと言って、スッと姿を消す男。非日常的だと思いますよね。これが私の日常なんです。この世の人じゃない人とかが見えてしまう。
この目は幼い時からで、連れて行かれそうになっては相方のガーディが連れ戻してくれていた。そのガーディも今はお昼寝中。



「なまえ、ただいまー!」
「あれ、お母さん」


おかえりなさいと言うときのみの入った袋をどっさりと渡してきた。何でも、交渉がサクサクと進んだらしく早く帰って来れたとの事。


「店番ありがとう。今日は私が立つからもういいよ」
「帰ってきたばかりじゃん」
「いいのいいの。観光案内は貴方しか出来ないんだから、そっちに行ってきて」


しっしと手を振られて出店から立ち退く。あれは新しいきのみが手に入って、ウキウキしてる時の顔だ。暫くはそっとしておこう。

部屋の奥にいたガーディを起こすと前足で頭を隠して起きるか起きないか迷っている様子。



「ガーディ?ヌオーと2人で行ってきちゃうよ?」
「ガゥ?!」
「よしよし、起きたね」

バッと頭をあげ、こちらを見るガーディはかなり焦っていて……前にヌオーと私で迷子になったのがトラウマらしい。

一度起きればさすがガーディ。とことこと私の速度に合わせて横を歩いてくれる。


「平日だと人少ないねぇ」
「ガーゥ」

町を見て回っても観光客は休日よりは少ない。


「森で迷ってる人探そうか?」


明らかにジト目でこちらを見てくるガーディ。わかってる。お前が迷子になる側だろ?って目だ。


「じゃあ、今日は入り口で待ってようか」


いつもルミナスメイズの森をすぐに入ったところで、お客さんを捕まえるんだけど今日はもういなそうだし入り口回りを散策でもしよう。



「あれ?なんでドラメシヤがいるの?」


そこには道の真ん中でふよふよと浮いているドラメシヤ。ドラメシヤはワイルドの奥地にいたはず…観光客についてきてしまったのだろうか?いやいや、ないでしょ。
ゆっくりふよふよとしているドラメシヤに話しかけるとガーディが裾を引っ張ってきた。ああ、この合図は…………。



「そうか、君はもうこちら側じゃないんだね」

手を伸ばすとすり寄ってくるドラメシヤ。感覚はないけれどヒヤリとした風が手を掠める。人馴れしてるみたい。


「お姉さんも、見えるんです、か…?」

「っえ?!わ、え?!」


いきなり声をかけられて驚いて、姿を見て更に驚いた。黒髪に黒い服。顔は不思議な仮面で覆われていて、ヨロヨロと歩く男の子は今まで見てきたどの幽霊よりも幽霊だ。




「すっ、すみません…急に、声をかけて………」
「え、いえ、大丈夫ですよ?」


実際は心臓飛び出るくらい驚いたけれど、なんだか頭の触角みたいな毛がしゅんっと項垂れているのを見てあまり言うのもどうかと思ってしまって…。
なんだか見た事がある様な姿だけど…こんな体質だから衝撃映像なんて山ほど見てきてよく覚えてない。

それより、ガーディをちらりと見ると大人しく座っていて、裾を引っ張ってくる様子はない。先程の様に引っ張ってくるのは幽霊だぞって教えてくれていたのだ。

つまり、目の前の少年はこんなにも雰囲気を出しているが生きている人だと言うことで



「お、ねぇさんも…その子が見えるん、ですか?」
「………き、君も見えるんですか?」


質問に質問で返してしまったが、少年は小さくコクリと頷いてくれた。



「じゃ、じゃあ、あの人も見えるんですか?」


は、初めて、自分以外にも見える人に会えた!少し、興奮気味に端に立っている朝に会ったおじさんを指差す。
おじさんが黙ってそこに居たのはわかっていたけれどこちらから話しかけるのは違うと無視をしていた。

ゆっくりと私の指で指した方を見る少年。またこちらに顔を向けて、



「え、えっ…と、それはちょっとわからないです……」
「そ、そっか、ごめんなさい」
「こちらこそ、すみません…」


重い沈黙が広がる。これは私が悪かった。ごめんね、少年。
手にまたヒヤリとした風が吹いたと思うとドラメシヤが手を引こうとしているところだった。



「どうしたの?」
「どこかに、行きたい…みたい」
「その子ね、マスターとはぐれてしまったらしいよ」
「あ、そうなんですね。でも、どこにいるんですかね」
「…?」


おじさんからお話を聞くとどうやらアラベスクタウンに生前可愛がってくれたトレーナーが引っ越してしまって、その時にはぐれてしまったらしい。少年にはおじさんが見えないので首を傾げこちらに面を向けてきた。

事情を説明すると、ドラメシヤの頭を撫でて手を握っていた。

優しい子なんだろうな。



「ここ、迷いやすいもんね。一緒に行こうか」
「ドラ〜!」
「…ボクも、一緒にいい、ですか?」
「はい、一緒に行きましょうか」

「……えっ、と…」
「あ、すみません」


小さい子にやるように、手を繋ぐように自分の手を差し出してしまった。戸惑ってこちらをみる少年にしまったと後悔する。このくらいの年だと反抗期とかで嫌な年頃だったかもしれない。手を下げようとすると、人差し指にひやりとした感触が伝う。



「ありがとう、ございます…」
「いえ、そういえば挨拶がまだでしたね」


私はなまえです。そういえば、名前もまだ聞いていなかったなと挨拶をした。



私はそこで、やっと彼がこの町の新しいジムリーダーだと知ったのだ。

この後、ドラメシヤは無事にトレーナーを見つけて守御霊をやっているそうです。



そして、ここから彼が私のところへ来るようになったんですよ。それも、毎日の様に。来てはおしゃべりをしてお菓子を食べて、



「なまえさん、受付とかは、…どうですか?」
「幽霊さん通して他のスタッフさんに迷惑がかかりそうなのでダメですね」


こうやって今日も勧誘しに来るんです。他の事に関しては聞き分けはいいのに勧誘だけは毎回、欠かさずしてくる。そんなにジムって大変なのかな……。

机の上に置いてあった私の手をオニオンくんの冷たい手が掬い上げるように指先を握る。



「なまえさんが、ボクのパートナーに、なって。くれれば…いいのに……」
「ふふ、無理ですよ。私、ポケモンじゃないので」
「そうじゃ、ないんだけど、なぁ…」


たまに聞くこの言葉、何度聞いても私はポケモンではないので彼と一緒に戦う事は無理なのに…。触角みたいなアホ毛を下げて頭を机に突っ伏すオニオンくん。その姿には弱いんだよなぁ。



「その代わりにまた遊びましょう」
「…………はい…」


空いている手でさらりと彼の頭を撫でると、握っている手に少しだけ熱が籠った気がした。