貴女のせいですよ?




「毎日の様に会ってるじゃないですか」


それじゃ、足りないんです。
毎日会いたいし、もっと、貴女との時間が欲しい。ずっと、貴女のあたたかい手を握っていたい。



「なまえさん、また、来てもいいですか?」
「はい、また来てください」


これじゃ、足りない。



なまえさんを初めてみたのはルミナスメイズの森じゃない。

ボクが初めてなまえさんを見かけたのは町の市場だった。夜、人目を盗んで墓地の方へ行く途中、みんなが出店をしまって家で団らんしている中、1人で片付けをしている人がいた。
遠目でこんなお店あったかなと、見ていると突然、1人で話をし始めた。


「今日はもうおしまいですよー。…ええ、それならさしあげます………え、ここでいいんですか?ダメですよ。墓石の前までお持ちします」


何もない空間に話しかけて、横にあったテーブルに紙コップを置いたかと思うと、手を合わせて目を瞑っていた。まるで、お墓の前の挨拶みたいに。

その後はボクが向かおうとしていた墓地の方へまた、1人で話をしながら紙コップを持って姿を消していった。

ボクはゴーストタイプの幽霊しか見えないけれど、もしかしたらあの人はもっと沢山のものが見えているのかもしれない。




「ジムリーダー、美味しいモモンジュースがあるのだけれど飲みませんか?」
「ユウコさん、ありがとう…ございます」


ジムでトレーニングしつつ、シャンデラたちと話をしているとトレーナーのユウコさんがいくつかのカップを持って来てくれた。



「この、紙コップ…」
「最近、越してきたご家族が経営しているお店のものですよ」
「町のはずれの?」
「おや、ご存知でしたか。きのみのゼリーやカレーも売っているそうですよ」


ボクの手元にあるのはあの夜にみた紙コップと同じ。最近、引っ越してきたんだ。

ふっ、と…あの人の顔が頭に過った。あそこにいたボクには見えない何かの為に、祈りを捧げていたあの人。


「優しそうな、人、だったな………」
「ん?どうかされましたか?」
「いえ、なんでも…」


話して、みたい。
いつの間にかそんな想いがボクの中に積もっていた。ボクと同じように見えないものが見えるあの人と。

何度か町の方へ降りて見ては遠くからあの人の事を見ていた。話す、そんな機会、臆病で引っ込み思案のボクにはできない。

そう、思いながらルミナスメイズの森で彷徨いている幽霊のドラメシヤに会いに行く。

最近、見かける様になった子で、フェアリータイプが多くいるあそこはあまり得意ではないだろう?と言っているけれど、離れようとしない。何かして欲しいのかもしれない。けど、ボクにはわからなくて見守る事しか出来なかった。



「…………い、た…」


思わず口からこぼれてしまった言葉は相手には届いていない様で、視線は合わない。
目的のドラメシヤはあの人の手の中に収まっていて、とても安心した顔をしていた。

やっぱり、あの人も見えるんだ。



「お姉さんも、見えるんです、か?」
「えっ?!わ、え?!」


めちゃくちゃ驚かせてしまった。そんなつもりはなかったんだけど、今しかないと思った。この人と話せるのは。ボクの声にも驚いてお面にも驚いたんだろうな。でも、このお面はまだ外せない。
驚かせた事を謝ると優しい声で大丈夫ですよと言ってくれた。
その声に安心して、ドラメシヤが見えるかもう一度聞いてみると、見たことない表情、目を見開いて少しだけ頬が赤くなった顔をボクに向けて、苔の生えた岩を指差した。



「じゃ、じゃあ、あの人も見えるんですか?」
「…………え、えっ…と、それはちょっとわからないです……」


人は見えなかった。正直に言うと少しガッカリしたように謝るお姉さん。

ガッカリさせてしまった事に申し訳ない気持ちになったけれど、それどころではなかった。
あの人がボクの言動で一喜一憂してる。お姉さんは表情豊かで、感情がすぐ顔に出るみたい。何だろう。この感覚、お腹から胸までぎゅって掴まれた様な感覚。

気がつくとドラメシヤがお姉さんの指を掴んでいた。それに気がついたお姉さんがどうしたの?と訊ねている。
来たばかりの時は僕にもやってた。どこかに、連れていって欲しいみたいけど、森の奥は迷いやすくなっているのであまり行けない。




「じゃあ、アラベスクタウンに案内しますね」
「?」
「あ、そこのおじさんが教えてくれたんですけど、この子、生きてた時に可愛がってくれたトレーナーと引っ越しの時にはぐれてしまったらしくて…今はアラベスクタウンにいるそうです。ただ、ここの森から中々抜け出せなかったみたいです」

「そう、だったんだ…」


ごめんね、力になれなくて…。
ドラメシヤに近づくと頭を撫でさせてくれる。お姉さんがドラメシヤを案内してあげようといた。



「ボクも、一緒にいい、ですか…?」



思わず、口から出てしまった言葉。なんで、こんな事を言ってしまったんだろう。お姉さんともう少し話をしたいと思ったけど、ボクがついて行ったら迷惑なのに。下から恐る恐るお姉さんを見ると目を細めて笑ってこちらに手を伸ばしていた。



「はい、一緒に行きましょうか」


手を伸ばしてくれているお姉さんの周りがとても明るくて、キノコのせいかなと思ったけど、いつまで経ってもキラキラ輝いていて………。
ボクが手を出さないのを見てお姉さんの手が下がっていって咄嗟に掴んでしまう。



「ありがとう、ございます…」


お姉さんの手は暖かくて、そっとみたお姉さんは笑っててやっぱり、輝いていて見えた。



「そういえば、挨拶がまだでしたね。私はなまえです。最近、この町に引っ越してきたんですよ」
「ボクはオニオンです。ジムリーダーをやっています」


そういうとお姉さんの足が止まり、驚いた顔でこちらを見てきた。一応、ジムリーダーなので知っているかと思ったけれど、これは知らなかったみたい。



「噂のジムリーダーさんだったんですね」
「噂…?」
「幼くしてジムリーダーになった優秀なトレーナーだって」
「そ、う…ですか……」


そんな噂になってたんだ……。あんまり、目立ちたくないんだけどな。ジムリーダーにしてはしっかりしてないとか、ちんちくりんだとか思われたりしてないかな…。



「まあ、今はジムにいないのでただのオニオンくんですね!」
「え………」
「あ、悪い意味じゃなくて……そうですね、ジムリーダーじゃない、ただの優しいオニオンくんですね」


ただの、ボク……。なまえさんがそう言ってくれて、重かった肩が、スッと軽くなった様な気がした。


「私の方がお姉さんですから、どうぞ頼ってください」


握ってくれている手が暖かい。なまえさんの笑顔が暖かい。ドラメシヤがなんでなまえさんに縋ったのか、この暖かさが心地よかったんだ。

なまえさん、ボクも縋ってもいいんですか?



「ずっと、気を張っていたら疲れてしまいます。私で良ければ甘えてくださいね」


ああ、なまえさん。なんで、ボクが言って欲しいことがわかったんですか?
なまえさん、なまえさん、優しいのは貴女の方です。こんなにあたたかくて、優しいなまえさんの側にいられたらどんなに幸せなんだろう。



「なまえさん、ボクのジムで……働きませんか?」


これが最初の勧誘。
ボクをこんな風にしたのはなまえさんです。もう、この暖かさを知ってしまったら手放す事は出来ないみたいなんです。