拾陸
宴会場に戻ると、信長はすでにおらず、客人の数名が雑魚寝をしていた。蘭丸は、信長の部屋へ向かった。
宿直の者が信長は一人、自室に戻ったと教えてくれた。
「信長様、蘭丸にございます」
部屋の前で声を掛けると、短く「入れ」と返ってきた。そっと障子を開けると、信長は大きな壺を抱えていた。開いた酒の瓶と杯が足元にある。
「遅い。何をしておったのだ」
特に付き添いや伽を命じられていた訳ではない。しかし、信長は蘭丸を待っていてくれた。嬉しいのはずなのに、夜叉丸の涙を思い出すと素直に喜べなかった。
「信長様が寝ていらしたので…」
「何をしていたと聞いておるのだ」
いつもより信長の口調が厳しい。
「夜叉丸殿と、話しておりました」
一瞬、信長の眉が動いた。
「そうか」
「はい」
信長が手招きをした。蘭丸は信長に近付くと、強引に口を吸われた。
むせかえるような酒の匂いと、舌に感じたのは甘味だった。
「はあっ…」
唇を解放されると、蘭丸は息を深く吸った。信長の吐息だけで酔ってしまいそうになる。
信長は、壺の中を大きな匙で掬い、口に運ぶ。
「信長様、何を召し上がっておられるのですか?」
信長は壺の中を蘭丸に見せるように差し出した。どろりとして、匙からは透明な光る糸を垂らしている。
「水飴ですか?」
「いかにも。酒の後には甘いものが欲しくなる」
「そんなに沢山召し上がっては、お体に毒です。お止め下さい」
蘭丸は壺を信長の腕から奪った。
「返すのだ」
「駄目です」
「返さぬと申すか」
「当たり前です。あんなに飲んだり食べたりした後に…」
「良い。では飲むとするか」
信長は酒の瓶を取った。杯に注いでくいっと飲み干す。
「お酒も、今夜はもう駄目です」
蘭丸は信長の手から杯を浚う。
「飲み足らぬ」
信長は瓶ごと酒を飲み始めた。飲み口が広く、溢れた酒が首筋を通って着物の中へ流れ落ちた。
「信長様、先にお召し替えを。服が汚れてしまいます」
「服なぞいくらでもある」
「蘭は、その群青の小袖が好きなのです。信長様にとてもお似合いで」
そう言うと、信長は纏っていた小袖と袴を脱ぎ、蘭丸の足元に投げた。蘭丸は着物を丁寧に畳んで、信長に寝間着を着せようと白い長襦袢を肩に掛ける。
「良い。今夜は暑い」
信長は、足袋を脱いで、下帯一枚の姿で畳に座り込んだ。
「風邪を引いてしまいます」
「今日のお蘭は口煩い」
信長は邪魔そうに蘭丸の手を避ける。蘭丸はそれでも信長の肩に寝間着を掛ける。
「信長様の体は、ご自分だけのものでは御座いません」
蘭丸は水飴や酒の入れ物を拾い、片付ける。
「今夜は飲むのだ」
信長は蘭丸の手から酒を奪い取る。何だか、聞き分けのない子供のように見える。蘭丸は溜め息をついた。
「信長様は、下戸と聞きましたが」
「いかにも」
「…夜叉丸殿が」
「どうかしたか?」
信長の、何時になく子供じみた態度は、少なからず夜叉丸が影響していると蘭丸は思った。信長は、快く送り出しながらも、羽ばたいて行った夜叉丸に未練を抱いているのかも知れない。
「夜叉丸殿は、寂しがっておられました。信長様の元を、離れたくないと」
「信長が、気付かぬと思うか?」
「知っていながら、信長様は夜叉丸殿を離しておしまいになったのですか?」
声が大きくなってしまう。しかし、蘭丸は抑えられずにいた。
「互いが寂しいのに、離れなくてはならないなんて」
「長興の家の事情は知らぬか?」
信長はあっさりと夜叉丸の新しい名を口にした。
「汝は、長興が一小姓に収まる男と思うたか?」
「……」
「あやつであれば、その才をいかなる形でも、信長の為に尽くすであろうな」
「……」
「どうした?」
「蘭が莫迦でした。夜叉丸殿のお家の事情も存じておりましたのに」
蘭丸は、自分を恥じた。私情でどうにかなる問題ではないのは、十分把握している。信長が寂しくない訳がないのに。信長が夜叉丸を手放したのも、夜叉丸の寂しさに気付かない振りをしたのも、夜叉丸の為なのだ。
「信長様」
蘭丸は信長に擦り寄った。寂しさを埋めてあげたいと思うのは高慢だろうか。まして、自分がそれを出来ると思うのは。しかし、そう言ったのは夜叉丸ではないか。
「蘭も、戴いて宜しいですか?」
「良いぞ」
信長は瓶を蘭丸に差し出す。一升は入っていた瓶が、もう半分もない。蘭丸は大きな瓶を傾けて口に含む。
苦くて、仄かに甘い。さして美味い訳ではないが、それ程不味くもない。蘭丸がごくごくと喉を動かしていると、信長が瓶の底をとん、と押した。
「ぷはっ」
傾いた瓶は蘭丸の顔にのし掛かり、中身が溢れ出た。
「げほ、ごほっ」
口の広い瓶から零れた酒は、蘭丸の顔だけでなく、肩や服まで濡らしてしまった。信長は、そんな蘭丸を見ながら大笑いしている。しかし、笑いながらもむせかえる背を優しく撫でてくれた。
「酷いです。鼻に入ってしまいました」
「すまぬ」
信長は蘭丸の服を剥ぐ。
「もう…。蘭は信長様程、衣装持ちではないのですよ?」
「ならば、信長が与えよう」
服から琥珀が零れ落ちた。信長が先に拾って、蘭丸に手渡す。
「汝が持っていたのか」
「信長様と夜叉丸殿から下賜された、大切な宝物です」
蘭丸は袴の小袋にしまった。すると、信長は今度は袴に手を伸ばした。
「袴は、濡れておりません…」
信長は襦袢を開きながら、腰紐を解いて毟るように脱がせる。
「体が熱いな…。酔うておるか?」
「いいえ…」
理由なぞ、分かっている筈なのに。
「ならば酔わせてやろう」
信長が蘭丸を抱き寄せ、下帯を掴んだ。何をされるのだろうか。蘭丸は信長に体を預け、僅かな不安と大きな期待に胸を震わせた。しゅるしゅると帯を解かれると、とぷんと音がして、濡れた指で後孔を刺激した。
「え…?」
ぬちゃ、と粘り気の強い音がして、信長が指を引く度に皮膚が引っ張られる。蘭丸はまさかと思い、大きな壺を覗いた。閉めたはずの蓋が開いている。
「の、信長様、何をなさっているのですか!?」
「分からぬか?水飴だ」
ずるりと指を埋め込まれた。この水飴は糖度が高いようで、滑りにくい。信長はずいっと指を進めた。
「痛!」
「ふむ…。通和散にはならぬか」
信長は指を引き抜いて、蘭丸に口付ける。優しく唇を啄んでから、舌を挿し込む。欲情を煽るように口内を舐め回すと、蘭丸は甘い吐息を漏らした。舌を絡めるより先に、唇を離す。
「ん…」
蘭丸はもの足りずに、信長を見詰めた。今度はぴちゃんと軽い水の音がして、再び後孔に指を埋め込まれた。
「あっ…」
指は抜かれ、信長の手が離れて、また水の音がした。濡れた指がまた蕾に埋まると、ぐるぐる回しながら、侵入してきた。
「ひ、あっ…」
ぞくぞくと快楽の波が押し寄せる。不思議な清涼感。もっと触れて欲しいのに、信長は指を抜いてしまった。
「信長様…、もっと、下さりませ」
「足りぬか?」
蘭丸が頷くと、信長は蘭丸を俯せにして、膝に載せた。ぴちゃん、ぴちゃんと水が鳴る。
すうっと涼しかった箇所から、段々火照ってきた。まさかと、蘭丸は首を後ろに逸らした。信長は口に含んだ酒を、蘭丸の後孔に舌を添えにして、ゆっくりと流した。
「あっ、信長様ー!」
信長は口を離すと、代わりに指を挿し、流した酒を染み込ませるように押した。
「足りるか?」
じわじわとした火照りが速度を上げ、全身を蝕む。動悸と息切れがする。まさかここから酒を飲まされるとは。蘭丸はもう飲まされては適わないと顔を縦に振った。
入り口に塗った水飴は、酒と混ざり、高まった体温のせいですっかり柔らかくなっていた。信長は指をもう一本埋めた。蘭丸はびくりと大きく体を揺する。しかし、喘ぎに苦痛の色はない。
「信長様…信長様…」
「どうした?」
「熱くて、苦しいです。蘭は、一体…?」
「酔うておるな」
信長は楽しそうに笑った。蘭丸を抱き起こして額に口づける。信長の唇が冷たく感じた。熱から逃れるように、温度の低い信長にしがみつく。
「愛らしいな。取って食べてしまいたくなる」
「信長様になら、本望で御座います」
「本当に酔うておるな」
分からない。これが、酔うと言うことなのだろうか。
信長は指を抜き、蘭丸の体を倒した。瑞々しい肌には汗が浮き、胸の二つの頂と小さな根は既に分かりやすく反応している。信長は壺から匙で水飴を掬い、蘭丸の胸に垂らした。
「あ…」
冷たくて気持ちいい。なのに、水飴は蘭丸の体温ですぐに溶けて、ぬるくなってしまった。信長は舌で甘い液を掬った。
「ん…っ」
信長はゆっくりと舌で拭き取り、薄紅の輪に触れた。小さな尖りを口に含むと、短く生やした口髭が蘭丸の肌を刺した。
「の、信長様…!」
ちゅっと吸われて、歯を立てられた。疼くのは痛みではなく、この熱のせい。
蘭丸は早く出してしまいたかった。蘭丸は理性を抑えられずに自分の下肢に手を伸ばそうとすると、信長が遮った。
「あ、あっ」
信長は下帯を解き、蘭丸の開いた膝の間に体を挟む。くぷん、と粘度のある液と共に剛直が押し入った。
「は、うう…!」
蘭丸は、奥に突かれる前に出してしまった。信長の腹を白く汚してしまった。
「申し訳…、くっ」
「いつもより熱いな」
信長は腰を進めた。奥を突くと、蘭丸は逃げるように腰を捩らせ、信長はそれを制する。蘭丸は息を切らしながら喘いだ。
「嫌、駄目…、もう出したのに、これ以上は、壊れてしまいます…」
「信長によって壊されるならば、本望であろう?」
「その通りです…。いっそ、壊れてしまいたい…」
信長に溺れてしまう前に。いや、もう、溺れきっている。ならば、離れてしまう前に、壊れてしまいたかった。
信長は蘭丸の腰を掴んで起き上がった。身長差のせいで、横になったままでは表情が確認出来ない。蘭丸の顎を掴んで上を向かせると、虚ろな目に信長の顔が映った。
「お蘭…?」
「壊して下さればいいのです」
蘭丸は信長の背に腕を回してしがみついた。顔を胸に擦り付ける。
「壊してしまっては、もう汝を抱けぬ…」
信長は蘭丸の体を両手で包み込んで腰を突く。勢いに蘭丸の体は僅かに浮き、強かに尻を打つ。
「あ、あっ…、ああ!信長様あ!」
蘭丸は汗だくになりながら髪を振り乱し、雨を降らせた。雨は信長の頬を濡らす。
「ん、んん…!」
信長の体温が高くなり、中に収めた茎が膨張して内壁が圧迫される。信長の荒い息遣いが、蘭丸の耳を擽る。
「信長様…!」
「お蘭…」
信長は蘭丸の耳から唇を離し、顔を寄せ合う。相変わらず扇情的な表情。信長は力強く見詰めた。
「お蘭はずっと信長の傍におるか?」
「え…?」
蘭丸の濡れた瞳が、より潤んでくると、信長は蘭丸の顔を肩に押し付けて、熱を放った。
「っああ…!」
酒のせいで感覚は鋭いのに、受ける身は不確かで、まるで夢の中にいるようだった。どうしても意識が浮ついてしまう。
どうにか持ちこたえて、蘭丸は乞う。
「信長様…、今一度、お願いします」
「すぐには出せぬ」
「違います…。今言った言葉、もう一度」
「二度も言わぬ」
「夢みたいで…、蘭は、もう一度聞きたいです。夢にしたくない…」
「夢ではない」
信長は蘭丸の額を指先で弾いた。ばちんと、小気味の良い音がして、じんと痛む。
「痛いか?」
「痛いです」
「なら夢ではない。分かるな?」
「…それでも、もう一度聞きたいです」
「言わぬ」
信長は赤くなった蘭丸の額に唇を寄せた。蘭丸は腰を浮かせた。体液が後孔から溢れ、白濁液が畳に流れ落ちる。
跨ぐようにして膝立ちになって、信長より僅かに顔が高くなる。蘭丸は信長に顔を寄せる。互いの力強い眼差し。
「蘭は、酔っているので、信長様の言葉を忘れてしまうかも知れません」
「信長は忘れぬ。酔うても醒めても気持ちが変わる訳ではあるまい」
「ならば、蘭も、信長様に変わらぬ気持ちをお伝えします」
「ほう」
「二度仰って下さらないなら、撤回もなしですからね。蘭は、信長様が離れろと仰っても、絶対に離れませんから」
蘭丸の言葉の後に信長は笑った。余裕のある表情が悔しい。
「矢っ張り…お酒のせいにして忘れるのもなしですから」
「それは汝にも言えたこと」
信長は蘭丸の唇を吸った。蘭丸は吸い返す。酒の匂い、混ざり合った唾液が微かに甘い。
信長の唇は徐々に頬に移り、耳に止まると、くすぐったい息が肌を逆立たせた。
「離さぬ」
信長は小さく囁いて、首筋を舐めた。嬉しい。蘭丸は信長の顔を抱き寄せて、見られぬようにぽろりと雫を落とした。雫は信長の黒髪に染み込んで、跡形もなく消えてしまった。
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