妄想、愉悦。





   

 
 小姓達の広間に行くと、蘭丸の膳だけが残され、数名がそれぞれ机仕事をしていた。自分だけがゆっくりするのも悪いと思いながら、箸を手に取る。
 香物を含むと、塩分で口の中がずきずき痛んだ。蘭丸は眉間に皺を寄せ、冷めた茶を流し込む。

「お蘭!」

 信長がやってきて、食事をする蘭丸の隣にどかと座った。前触れのない主の登場に、部屋の空気は一瞬だけ緊張が走る。

「随分遅い朝餉だな」

 蘭丸は箸を置いた。

「よい。食べろ」

「すみません」

 蘭丸は口を押さえた。食事が思うように喉を通らない。ちらりと横目で信長を見た。信長が、昨晩のように蘭丸を見守っていた。優しく、艶を孕んだ眼差しに、蘭丸は胸を震わせる。

「食べぬのか?具合でも悪いか?」

「いえ…」

 蘭丸は冷めてぼそぼそとした米を口に運ぶ。口内の痛みと緊張で、味がちっとも分からない。
 殆ど流し込むようにして食事を終えると、信長が蘭丸の頭部を撫でた。

「お館様、昨夜は、先に眠ってしまって、後始末を…」

「良い。寝顔も愛らしいぞ」

 蘭丸は頬を染めた。自分は男なのに信長にこんな風に言われても少しも嫌ではない。信長が顔を近付けてきた。

「お館様、かような場所で…」

「好きであろう?」

 蘭丸は横目で意に介さず仕事を続ける小姓たちを見やる。こんなことは日常茶飯事なのだろうか。やや強引に顎を掴まれ、口を吸われた。
 それだけでも羞恥に耐えかねるのに、信長は大きく音を立てて唇を啄んだ。蘭丸の塞がれた口内に柔らかい舌が侵入してきた。

「ん」

 信長が顔を離した。蘭丸は気持ちではほっとしながらも、期待を裏切られ、寂しくなった口を静かに閉じる。

「傷付いておるな。誰にやられた?」

 信長は閉じたばかりの唇を指先で僅かに捲った。

「…先に、誤って噛んでしまって」

 蘭丸は浅はかな嘘を吐いた。信長は蘭丸の肩を掴み、鋭い目で言った。

「誰にやられた?」

「誰にやられた訳ではありません」

 蘭丸は長い睫を伏せた。

「相手を庇うか?」

「いいえ。かようなことなど、大したことではありません」

 信長が再び前髪を撫でる。

「汝は、可成の大事な預かりもの故な…。何かあっては、可成に申し訳が立たぬ」

「…」

 蘭丸は深々と頭を下げる。何故か胸が痛んだ。敬愛する父の名が、何故だか今は妬ましく思えてしまう。
 信長が、伏せる蘭丸の肩を掴んで両手を左右に開いた。鎖骨や肩が剥き出しになる。

「おお、お館様…!」

「信長の跡が残っているの」

 信長が大きくはだけた胸を弄る。散々嬲られ形を変えた小さな粒を探ると、指先で擦った。

「…っや…」

 声が零れてしまう。こんな人前では嫌なのに。信長は、平気なのだろうか。

「嫌か?ここはこんなになっておるぞ」

「あう!」

 信長は乳首を摘まんで手首の角度を変え、捻る。ぞくぞくと背骨に波が突き立てた。

「此処では、嫌です」

 蘭丸が信長の胸に顔を伏せて言った。囁くようでも、この静まりかえった部屋では、他の者にも聞き取られてしまったかも知れない。

「何処ならば良いのだ?」

「二人きりになれれば…」

「汝は職務中の者を追い出す、と言うのだな?」

「違…」

 信長の意地悪な受け答えに、蘭丸は更に困惑した。蘭丸は顔を上げ、囁いた。

「連れ立って、下さいませ」

 信長は蘭丸の小さな体を軽々と抱き上げた。蘭丸は更に困惑する。

「お館様、私は、歩けます故。まだ後片付けが!」

 蘭丸の言葉を聞き流し、信長はすたすたと歩き出した。流石にこの様は他の小姓たちも面を食らったようで、呆然と二人を眺めていた。
 周りの視線が痛く、蘭丸はじっと信長の襟元を見ていた。信長は蘭丸を抱えたまま長い階段を登り、天主の戸を開いた。

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