肆
小姓達の広間に行くと、蘭丸の膳だけが残され、数名がそれぞれ机仕事をしていた。自分だけがゆっくりするのも悪いと思いながら、箸を手に取る。
香物を含むと、塩分で口の中がずきずき痛んだ。蘭丸は眉間に皺を寄せ、冷めた茶を流し込む。
「お蘭!」
信長がやってきて、食事をする蘭丸の隣にどかと座った。前触れのない主の登場に、部屋の空気は一瞬だけ緊張が走る。
「随分遅い朝餉だな」
蘭丸は箸を置いた。
「よい。食べろ」
「すみません」
蘭丸は口を押さえた。食事が思うように喉を通らない。ちらりと横目で信長を見た。信長が、昨晩のように蘭丸を見守っていた。優しく、艶を孕んだ眼差しに、蘭丸は胸を震わせる。
「食べぬのか?具合でも悪いか?」
「いえ…」
蘭丸は冷めてぼそぼそとした米を口に運ぶ。口内の痛みと緊張で、味がちっとも分からない。
殆ど流し込むようにして食事を終えると、信長が蘭丸の頭部を撫でた。
「お館様、昨夜は、先に眠ってしまって、後始末を…」
「良い。寝顔も愛らしいぞ」
蘭丸は頬を染めた。自分は男なのに信長にこんな風に言われても少しも嫌ではない。信長が顔を近付けてきた。
「お館様、かような場所で…」
「好きであろう?」
蘭丸は横目で意に介さず仕事を続ける小姓たちを見やる。こんなことは日常茶飯事なのだろうか。やや強引に顎を掴まれ、口を吸われた。
それだけでも羞恥に耐えかねるのに、信長は大きく音を立てて唇を啄んだ。蘭丸の塞がれた口内に柔らかい舌が侵入してきた。
「ん」
信長が顔を離した。蘭丸は気持ちではほっとしながらも、期待を裏切られ、寂しくなった口を静かに閉じる。
「傷付いておるな。誰にやられた?」
信長は閉じたばかりの唇を指先で僅かに捲った。
「…先に、誤って噛んでしまって」
蘭丸は浅はかな嘘を吐いた。信長は蘭丸の肩を掴み、鋭い目で言った。
「誰にやられた?」
「誰にやられた訳ではありません」
蘭丸は長い睫を伏せた。
「相手を庇うか?」
「いいえ。かようなことなど、大したことではありません」
信長が再び前髪を撫でる。
「汝は、可成の大事な預かりもの故な…。何かあっては、可成に申し訳が立たぬ」
「…」
蘭丸は深々と頭を下げる。何故か胸が痛んだ。敬愛する父の名が、何故だか今は妬ましく思えてしまう。
信長が、伏せる蘭丸の肩を掴んで両手を左右に開いた。鎖骨や肩が剥き出しになる。
「おお、お館様…!」
「信長の跡が残っているの」
信長が大きくはだけた胸を弄る。散々嬲られ形を変えた小さな粒を探ると、指先で擦った。
「…っや…」
声が零れてしまう。こんな人前では嫌なのに。信長は、平気なのだろうか。
「嫌か?ここはこんなになっておるぞ」
「あう!」
信長は乳首を摘まんで手首の角度を変え、捻る。ぞくぞくと背骨に波が突き立てた。
「此処では、嫌です」
蘭丸が信長の胸に顔を伏せて言った。囁くようでも、この静まりかえった部屋では、他の者にも聞き取られてしまったかも知れない。
「何処ならば良いのだ?」
「二人きりになれれば…」
「汝は職務中の者を追い出す、と言うのだな?」
「違…」
信長の意地悪な受け答えに、蘭丸は更に困惑した。蘭丸は顔を上げ、囁いた。
「連れ立って、下さいませ」
信長は蘭丸の小さな体を軽々と抱き上げた。蘭丸は更に困惑する。
「お館様、私は、歩けます故。まだ後片付けが!」
蘭丸の言葉を聞き流し、信長はすたすたと歩き出した。流石にこの様は他の小姓たちも面を食らったようで、呆然と二人を眺めていた。
周りの視線が痛く、蘭丸はじっと信長の襟元を見ていた。信長は蘭丸を抱えたまま長い階段を登り、天主の戸を開いた。
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