あかめとしらゆき
小姓時代の蘭丸と信長の話。
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眩しい程に白い景色の中、父が笑っていた。父の頬と鼻は真っ赤で、表情はあどけなく、まるでお日様のように見えた。
「乱法師は強い。一番だ」
父は蘭丸の小さな頭を撫でた。父の手指は蘭丸が生まれる前に、戦で一本失っていた。ごつごつして雪で冷たく湿っていたが、その手はとても優しい動きで蘭丸の髪を滑っていく。
「褒美を取らせよう。何か欲しいものはあるか?」
家を空けることが多い父に望むもの。蘭丸は即答する。
「父上のうさぎ!」
「そんなもので良いのか」
父は雪を拾い集め、九本の指で器用に雪玉を固める。父の顔はとても真剣で、それでいて楽しそうだった。蘭丸も、時折父を眺めながら小さな手で雪を握った。兄は雪うさぎなど興味ないと言いながらも、父の隣を陣取っていた。
どさり、と重い何かが落ちる音で、蘭丸は目が覚めた。自室の襖が目の前にある。
(夢か…)
冷気が肌に痛くて、布団の中に潜り込む。今夜はとびきり寒い。きっとこの寒さが、優しい記憶を連れ戻したのだろう。目を閉じると瞼の裏に父が蘇る。
幼い頃、雪が降ると、父や兄と雪合戦をした。そして、父は雪うさぎを作ってくれた。父は器用で、雪だけで丁寧にうさぎの耳まで形づけ、最後に南天の実を嵌めて完成させた。幼い蘭丸は真似が出来なかった。父は小さな綺麗な葉を見つけ、蘭丸のうさぎに耳を与えてくれた。蘭丸は、桶に二つの雪うさぎを並べて夜通し眺めていた。そして、大きく美しい父のうさぎも、父が手伝ってくれた小さくいびつなうさぎもどちらも大好きだった。目覚めると、父のうさぎは小さな雪塊に、蘭丸のうさぎは跡形もなくなくなっていた。雪解け水には四粒の南天の実と、二枚の葉が浮いていた。また作ってやると父は約束してくれたが、その日は晴れて、うさぎが作れる雪質ではなくなっていた。
(懐かしい…)
父は随分前に死んでしまったが、気持ちが暖かくなる思い出を残してくれた。
蘭丸が反芻していると、また何かがどさりと落ちた。
「何だろう…」
すっかり目が冴えてしまった蘭丸は、布団から出て、髪を結わえ、羽織を掛けてから窓を開けた。
「わ…」
夜なのに明るい。雪が深々と降っていた。屋根や木の枝に分厚く積もり、美しい景色に更に彩りを添えていた。積もると、耐えきれずに雪は屋根や枝からどさりと音を立て滑り落ちた。
蘭丸が、この地へ来てから初めての雪だった。裏庭に南天の木があるから、雪うさぎを作ろう。今なら、父のように葉がなくても耳が作れるかも知れない。
「……」
蘭丸は窓枠に登って、身を乗り出した。体と手をめいいっぱい伸ばして雪を掴む。生まれたての純白に指がさくりと埋まった。
その時、雪を踏む足音が聞こえた。庭を見下ろすと、いつの間にか、足跡があった。誰だろうかと目を凝らす。
「お蘭!」
「うわあっ?」
信長の声がした。驚いた蘭丸は、体制を崩してしまい、屋根に転がった。
「お蘭!!」
雪と共に蘭丸の体は滑り落ちた。信長の声が聞こえる。何処にいるのだろう。見渡す余裕もなく、蘭丸は屋根伝いに階下の屋根へ、それでも勢いが止まらない。
「わああああ!」
前のめりに屋根から放り出され、雪の積もった庭が見えた。信長が驚いた顔で見上げている。
「信長さ」
信長の頭上を通り過ぎ、名前を呼び終えることなく、蘭丸は巻き込んだ雪ごと新雪の上に飛び込んだ。
痛みはなかった。けれどひどく冷たくて、体がじんとしてくる。
「お蘭!」
雪を踏み、駆け寄る足音。頭の雪を払われ、体ごと持ち上げられる。
「怪我はないか」
「大丈夫です」
信長が雪まみれの蘭丸を抱き上げた。地面は蘭丸が落ちた形のまま雪が窪んで、酷く滑稽だった。
「何をしておる」
「雪に触れたかったのです」
信長はいつもの表情に戻っていた。一瞬見えた顔が何だか新鮮だった。蘭丸は信長の胸に耳を当てた。心音もいつも通りだった。
「如何した」
「信長様こそ、何をなさっていたのですか?」
「雪を見ていた」
「信長様も?」
信長は空を見上げた。蘭丸は剥き出しの喉仏に不意に手を伸ばす。
「こんなに冷えて…、風邪を引いてしまいますよ」
蘭丸と同様、信長も寝間着に羽織を掛けただけの格好だった。どれほどここに居たのだろうか。
「問題ない」
「湯を沸かして参ります」
「いらぬ」
「けれど、こんなに冷たいのに」
「温めあおうぞ」
「え?」
信長は歩き出した。何処へ連れられるのだろうと、信長の着物を掴みながら蘭丸は胸を高鳴らせた。
城内へ戻ることなく、信長は東屋で足を止めた。東屋には数名が掛けれる長椅子が対にあり、間には作業するのにちょうどよい高さの台があった。信長はその台に蘭丸を下ろした。
信長は羽織を脱いで、椅子の上に放り投げた。
「信長様、かような場所で…」
蘭丸の言葉に構わず草履を脱ぎ、その草履を蘭丸に履かせた。
「戦ぞ」
「へ?」
信長が裸足で歩き出した。表に出て、雪を拾い始める。
「戦って…」
雪合戦のことか。つまり、温めあうと言うのも…。蘭丸は、勘違いに気付いて顔を赤く染めた。
「ひゃわっ」
俯いていると雪が跳んできた。雪は蘭丸の額で砕けて、ほろほろと崩れた。
「早くせい」
信長が楽しそうに笑っていた。顔立ちは全く違うのに、その様は、夢の中の父と重なった。
「蘭は強いですよ」
蘭丸は台から降りて、大きな草履を突っかけて表に出た。冷たい雪を掴んで握ると、信長が容赦なく雪玉を投げて邪魔をする。
「遅いぞ、お蘭」
手の大きな信長は、片手で素早く雪玉を作っては投げてきて、隙がない。蘭丸が急いで雪玉を作って投げ返しても、軽々と避けてしまう。
「口程にもない」
「わっ」
「どうした、お蘭、降参か」
「まだまだです。やあ!」
信長は蘭丸の雪を避けながらまた投げ、片手は既に地面の雪を握って雪玉が出来上がりつつある。
何度も繰り返し投げ合っていると、本気で挑む蘭丸の動作は緩やかに鈍くなっていく。信長はちっとも疲れを見せず、体力の差を見せ付けられた。そして、信長の雪が蘭丸の眉間に当たり、蘭丸は後方に倒れてしまった。
「どうした、お蘭?」
倒れた衝撃と、雪の冷たさに耳がきぃん、となった。信長の声が遠くなる。しかし、温まり始めた体に、雪の冷たさが心地よくもある。
「お蘭、如何した?」
信長の声が少し近くなる。
「降参か?」
蘭丸は手の下の雪を握った。
「おら」
「しません!」
信長が名前を呼ぶ瞬間、蘭丸は起きあがると同時に雪を投げた。思いのほか信長は近距離にいて、右目に当たってしまう。
「信長様!」
信長は右目を押さえながら屈み込んでしまった。蘭丸は血相を変えて信長に駆け寄った。
「蘭は何てことを…」
しゃがんで信長の顔を覗き込む。そんなに痛むのだろうか。すぐに看て貰わなければ。
「今、人を…」
「いらぬ」
信長は蘭丸の手首を掴んで、顔を上げた。白目の血走りも、瞼の腫れもいない。そして、もう片方の手で地面から雪を拾い、覗き込む蘭丸の顔に押し付けた。
「ふぁ!」
信長は、素っ頓狂な蘭丸の声に笑った。雪まみれの蘭丸は動物のように顔を振って雪を払う。口や鼻にまで雪が入ってしまって、肌がひりひりした。
「信長の勝ちだ」
「信長様、目は大丈夫ですか?」
「問題ない」
「蘭は、信長様にお怪我をさせてしまったかと…」
蘭丸は胸を撫で下ろした。
「何だ、負けて悔しくないのか」
「それ以上に安心しております」
「そうか」
信長は満足そうに笑った。鼻の頭と頬が赤い。
「信長様、お体に触ります。もう中へ…」
「折角の初雪だ、寝ては勿体ない」
「駄目です。お部屋で雪見をしましょう」
信長は不服そうに立ち上がった。初雪に胸を弾ませるだ何て子供みたいだ。けれど、この庭の雪景色を見たら、その心情も頷ける。
蘭丸は草履を脱いで信長に履かせた。素足に雪が埋まる感触が面白い。
「雪合戦、ちっとも歯が立ちませんでした。けれど、とても楽しかったです」
「信長も、だ」
信長は蘭丸を抱き上げ、歩き出した。主従関係にも関わらず、顔の位置が信長より高くなっても、信長は全く気にしない。蘭丸は信長の整ったかんばせを少し上から見つめていた。
「どうした」
蘭丸の視線に気付いた信長が立ち止まった。
「信長様の髪に雪が、花みたいです」
蘭丸は指先で小さな花に触れた。結晶は体温ですぐに溶けてしまった。
「お見せしたかったです」
信長は微笑んで、裏庭で立ち止まった。
「花ならばここにある」
「あ…」
城の敷地内は沢山の木や花が植えられて、季節ごとに違う顔を見せる。寒椿、水仙、蝦夷菊たちが銀世界によって、普段の冬の景色を更に美しく彩っていた。
「汝はどれが好きだ?」
「どれも好きですけれど…」
蘭丸は、大輪の寒椿の隣にある、南天の木を見詰めた。小さな小さな赤い実がいじらしい。
「これか」
「はい」
「信長もだ」
信長は、南天に手を伸ばした。そして、幾つか実を鳴らせた小鳥の脚のように細い枝をぽきりと折った。
「うさぎの目だ」
「え?」
小枝を蘭丸の髪の結わえに留めて、再び歩き出した。
当然ながら、城内も冷え切っていた。
先に信長を寝室へ促し、蘭丸は手拭いと新しい寝間着を用意して、信長の部屋へ向かう。
通りすがりに自分の部屋の戸が開いていることに気付いた。閉め忘れたのかと覗いてみると、信長が開け放たれたままの窓辺に座り込んでいた。
「信長様、こちらにいらっしゃったのですね」
「駄目か」
「駄目ではありません。けれど、お体を温めなくては。窓を閉めて下さい」
「しばし待て」
信長は握っていた半球型の雪塊を蘭丸に見せた。
「何か分かるか?」
「うさぎでしょうか」
「そうだ」
信長が蘭丸の手から桶を取り、蘭丸の髪から南天の小枝を取った。小枝に葉はついていない。
「けれど、耳がありません」
信長が得意気に笑った。
信長は、下に桶を置いて、枝の尖った切り口を雪にあてがい、削り始めた。細かくなった雪の粒がきらきら桶に落ちてゆく。まるで、彫刻でも作るような造作だった。
蘭丸は信長の手と顔を交互に見た。真剣な表情と器用な指使い。今日夢で見た父と重なる。
信長は耳を生やせた雪を桶に置いて、最後に南天の実で目をつけた。
「これは汝に返そう」
用済みの南天の枝を、蘭丸の髪に差し込む。
可愛いうさぎを見ていたら、胸が締め付けられた。父の思い出を全て喜びで反芻出来る程、蘭丸は大人ではない。夢だけでは引き出されなかった感情が溢れそうになる。
「冷えますね」
蘭丸は背を向けて、窓を閉めた。冷気が目に痛く、次第に濡れて、手の甲で拭うと信長と目が合った。
「寒くて…」
聞かれた訳でもないのに涙の言い訳をした。
「そうだな」
「それでは、お召し替えを」
「いらぬ」
「けれど、少々湿っておりますし」
「汝があたためてくれぬか?」
「え?」
信長は、服を脱ぎ始め、敷いたままの布団に潜り込んだ。確かに、人肌が一番温かいとはよく聞く。蘭丸が信長の服を畳んでいると、帯を掴まれて引き寄せられた。
「信長様っ」
「寒い。早くせい」
ばさりと布団を被って、服をはぎ取られる。信長は蘭丸の寝間着を布団の外に放って、蘭丸の体を抱き寄せた。
冷たい信長の肌。匂いや感触が、甘く淫靡な感覚を彷彿させて、次第に心音が早くなった。
「温かいな」
信長に抱き寄せられて、胸に耳が密着した。
「足は冷たい」
信長が、蘭丸の足を筋肉でしなやかに引き締まった脹ら脛で挟んでくれた。蘭丸は手を伸ばし、信長の頬に触れてみる。
「信長様のお顔はとても冷たいです」
蘭丸は顔を布団から出して、信長と同じ位置までくると、額を合わせ、鼻先を触れ合わせた。
「お鼻が一番冷たいですね」
信長の鼻はまだ赤い。こんなに鼻を赤くして、真夜中に雪遊びするなんて。愛おしさが募って、蘭丸は信長の顔を胸に抱き寄せた。
「暖かくなりましたか?」
鼓動、聞こえるだろうか。そうしたら、気持ちは届くのだろうか。
「ああ」
「良かった」
蘭丸は両腕を信長の頭に巻き付けた。視線を下ろすと、信長は長い睫を伏せ、瞼を閉じていた。
「しばし、お休みになりましょうか?」
「いや、こうも煩くては眠れぬ」
「ごめんなさい…」
蘭丸は信長の頭を枕に預けて、背を向けて隣に寝転んだ。
「どうした?」
「鼓動が収まるのを待っています」
背後で信長が笑った気配があった。すると信長は背後から蘭丸を抱き寄せて体を密着させる。
「信長はまだ寒い」
「……」
蘭丸は寝返りを打って向きを変えた。信長は穏やかな笑顔でこっちを見ている。蘭丸はゆっくりと手を伸ばした。頬はまだひんやりしていて、途中で止めてしまったことを思い出して、もう一度抱き締めた。
「まだ煩いと思いますけれど…」
信長は蘭丸の腕の中で溜め息をついた。胸に直接風が当たる。
「汝は相変わらずよの」
「え?」
「信長は汝の欲求に応えるつもりだった」
蘭丸の体温が上昇した。
「嘘です」
「嘘ではない」
「信長様は、蘭の気持ちをご存知ですのに、いつだってはぐらかしてしまわれます。蘭は信長様と気持ちが違うと思いました」
「それは違う。信長は、お蘭の生真面目さが面白い」
「だから、からかっておいでなのですか?」
信長は邪気なく笑った。
「それだけではない。信長は、お蘭の真意を知りたいだけだ」
「信長様…」
笑顔の後、信長は真顔になった。蘭丸の腕から離れて、人差し指で蘭丸の唇に触れる。
「蘭は…」
顔が熱くなる。ごくりと固唾を飲んだ。
「信長様が、欲しいです…」
恥ずかしさに俯くと、信長が顔を近付けてきた。唇を押し当てられ、隙間から舌が入り込んでくる。
静かな部屋に、濃厚な口付けの音だけが響いた。粘着質な水音と、時折溢れてしまう二人の吐息は、蘭丸を昂らせる。しばし没頭していると、信長は頬や耳や首筋を舐め始めた。
「んっ」
「どうした」
「くすぐったくて…」
「ならば、止めるか?」
「え…」
信長は湿った蘭丸の唇を指先で撫でた。
「や、止めないで下さい。いつものように…」
信長は布団の中へ潜った。鎖骨を甘噛みしながら指で乳首を弄ぶ。硬さを知らしめすように指先で軽く弾いてから、摘まんで擦る。蘭丸は足先をもぞもぞ動かした。信長が摺り合わせた太腿の隙間に手を滑り込ませた。蘭丸はその手の上に自らの手を重ね、止めた。
布団の中で信長の目が光った。蘭丸の口元をじっと見つめる。蘭丸は、左胸を弄る信長の右手を取り、重ねた信長の左手を取り、両手指をそれぞれ絡ませあった。
「いつものように…」
「いつものように?」
信長が分からない振りをした。
「胸に、触れて下さい…」
「お蘭が信長の手を捕らえているではないか」
「唇で…」
羞恥で信長から目を逸らしたまま答えた。
ぬめった柔らかいものが蘭丸の乳首に触れ、蘭丸は力んで信長の手を握った。起ち上がった乳首を舌で押し潰し、撫で回される。強引でありながら繊細な舌の動きだった。
「あ、う…!」
乳首を噛まれる。前歯で挟んで舌で撫でられる。痛んで、蘭丸は指を信長の手の甲に埋めた。それでも信長は顎の力を止めず、噛んだまま突起を吸いたてた。
痛いのに、それ以上に気持ちいい。快楽が広がって、下腹部が疼いていた。きっと下帯は濡れてる。このままだと、布団が汚れてしまうかもしれない。
「あ、ああっ」
最後に一際強く吸って、信長はもう片方の突起に口づけた。その時、既に嬲られた乳首に信長の顎髭がちくちくと刺さり、同時に左右の敏感な器官に刺激を送られる。
「ん、痛い」
信長から与えられる刺激が弱くなる。
「や、止めないで…!…あ、あっ…!」
熱が込み上げる。信長が歯を立てる。
「ああっ…!」
下帯が温かく、重くなる。蘭丸の力が抜けて、信長は手を離して起き上がった。布団がめくられて、冷たい空気が肌に刺さる。心地良くて、自分の肌が熱くなっていることに気付いた。
信長が濡れた下帯を解き、剥ぎ取る。
「…!」
足の間を布が擦れ、感じやすい小さな袋を刺激した。出したばかりなのにそれだけで愚直な蘭丸は反応してしまう。信長は優しく笑みながら、小さな茎を掴み、脱ぎかけた薄衣を引き下ろす。
「あっ」
何か言おうとする蘭丸の唇に、信長は人差し指を添えた。そして、手を戻す。
「嫌か」
信長は手を上下に動かしたまま問いかける。
「嫌じゃ、ありません…」
「止めるか?」
「いいえ」
また新たに軽水が溢れ、信長は顔を屈め、口に迎え入れた。
「あ、そんなことをなさっては…!」
暖かい粘膜に包まれ、優しく揉まれる、そして空洞が狭くなり、擦られる。
「はうっ」
更に息づく下の窄まりに、信長は指先をあてがった。縁を解すように撫でられる。
「んんー!」
蘭丸は、二度目の熱を主の口内へ放った。息を荒げながら起き上がると、信長は口に手を当てたまま顔を上げた。
「かようなものを、飲まないで下さい」
信長は蘭丸の唇に指を当て、口内へ滑り込ませ、歯を開かせた。そのまま口付け、口移しで流し込む。自分の体液が舌に落ちる。苦いのに微妙に甘く、信長のものと違う味がした。
「んっ」
蘭丸の喉がこくりと動くと、信長は唇を離した。
「くくっ…」
信長は口から流れる白い糸を下唇で舐めた。何て艶めかしい。蘭丸は、信長以上に淫靡で美しい存在など知り得ないし、また、有り得ないとさえ思った。
「信長様、次は蘭がしても…」
信長が真顔になる。唇を見ている。
「いえ、蘭が…、蘭はしたいです」
蘭丸は体制を変え、信長の下帯を取った。剥がして、露わになったそれをじっくり眺めた。空気の冷たさのせいか、いつもより複雑な形で納まっていて、微かに震えている。中心に指先でちょんと触れると、健気にぴくりと反応した。
「どうした?」
「何でもありません」
大きく、重くて禍々しい出で立ちなのに、とても愛くるしく見えた。蘭丸は小動物を愛でるように頬を寄せてから、一旦顔を離して信長の肩に布団をかけた。再度信長の股間に顔をうずめ、持ち上げて先端から口に含んだ。温める為に口と手で摩擦すると、段々強張ってくる。
口いっぱいに大きくなったものを出すと、唾液を纏って黒く光っていた。裏側や括れの縁の部分を舐めていると、先端からどろりと雫を垂らした。もう一度口に含むと頭を掴まれ、押し付けられる。
「んぐ、んっ…」
温かい。蘭丸は溢れたものを飲み込んだ。信長はまだ頭を固定して離さない。蘭丸は吸い上げて両手を使って上下に扱いた。口の中では舌で出口付近をなで上げる。唾液を飲み込みながら口内で締め付ける。軽く歯を立ててしまい、舌をなぞらせる。段々と顎と舌が疲労してくると、口の中に違う味が生まれた。蘭丸はやや握力を強め、上下に動かした。
頭部の手が離れて、蘭丸は飲み込みやすくなるように少しだけ引いて、吸い込んだ。今度は口の中のものが柔らかくなって、口から出して残りの体液を丁寧に舐めとる。
口の端に零れた雫を舌で取ると、嫣然と笑う信長と目があった。何故、この人はこんなにも余裕があるのだろう。
向かい合って肩を押され、蘭丸は横たわる。信長は蘭丸の太腿を広げ、持ち上げて蘭丸の腹の方に押し付けた。
「わ」
蘭丸の体が窮屈に折れ曲がり、後ろの孔が上を向く。其処に信長の舌が這った。
湯浴みの時は、入念に体を洗う癖をつけている。けれど、こうされるのには未だに抵抗がある。すぐに快楽でかき消されてしまうのだが。
信長が指で孔を寛げ唾液と舌を進入させた。蘭丸は体をびくりと揺らして体を強ばらせた。信長が顔を上げ、舌を離して、蘭丸の浮いた尻を下ろした。
「お蘭、力を抜け」
「はい…」
蘭丸は従った。すると、立てたままの膝の間から信長は手を入れた。
「あ…」
信長の指が埋まる。縁と中が濡れているせいで、一本は簡単に埋まった。信長は広げるように指を回しながら内側を撫でた。
「は、うっ…」
下腹部がじんじんしてきた。信長に口淫による連続の奉仕で、蘭丸の下肢は反応していたが、より固くなって、角度も上げていた。
「信長様、指よりも…早く下さい…」
「まだだ」
信長は指を曲げた。
「あっ、駄目です」
「何がだ」
「このままだと、蘭は…」
体が震え、漲る。達してしまわないように力を入れると、信長の指を締め付け、内側の急所がより圧迫された。
「抗えぬか?ならば、受け入れろ」
「うあっ」
信長の指が容赦なく攻め立てた。
「駄目、早くー!」
早く一つになりたいのに。その時、蘭丸の熱が飛び出した。それ程多くなく、幾つかの小さな塊や点が、蘭丸の鳩尾や腹を汚した。
蘭丸は吐き出して、脱力したまま呼吸を整えていると、信長の舌が蘭丸の肌を這って、体液と粘膜の摩擦でぴちゃぴちゃと音を立てていた。臍の窪みに舌を入れ、啜られる。くすぐったさに、感覚が蘇る。
蘭丸は、信長の動向が分からずにただ薄目で天井を見ていた。視界に信長が一瞬見えると、再び両足を上げられて腰が浮く。信長が消えて、自分の足だけを見ていると、またもや後ろを優しく両手指で広げられた。
「あっ」
温かい粘液が腸内にゆっくり流れる。すると、信長が自分の足の間から顔を出した。
「んぐっ」
待ちきれなかったものが一気に挿し込まれた。何度達しても、この感覚は他の快楽の比にならない。まるで、一番奥で、信長と繋がっているような慶びが、蘭丸の心身を満たしていくようだった。
「信長様っ…」
蘭丸は信長の腕を引っ張る。肩を抱き寄せる。信長は体を倒した。蘭丸は腕や脚を信長の体に巻き付ける。
「信長様」
視線で合図して、蘭丸は目を閉じた。唇に信長の指先が当たり、蘭丸は目を開けた。信長が笑む。
「口吸い、して下さい…」
改めて羞恥心が蘇る。けれど、信長と口付け合うと、結局忘れてしまう。蘭丸は夢中で信長の口を吸った。互いの分泌液が混ざり合い、熱い吐息と共に粘膜を鳴り響かせた。
「は…」
満たされて、信長の唇が離れた。身を蘭丸の中に収めたまま、信長は起き上がり、蘭丸の細い腰を押さえつけた。
「可成の夢を見た」
「父の…?」
何故、情事の最中に死んだ肉親の話をするのだろうか。蘭丸は何とも言えない気持ちになったが、信長は構わず続けた。
「可成は汝を大事にしていた」
そんなことは知っている。思い出の中の父は、いつも優しくて暖かかった。
「だが、同様に案じてもいた」
「え?」
「知らなかったか」
信長が腰を引く。中から抜ける手前で腰を押し付ける。
「あっ…!」
「乱法師は他の兄弟よりも、聡明で、優しく、大人しい」
信長は腰を打ち付けながら語り続けた。
「んっ」
「我儘を言うことがないと」
「そんなことは…」
「だが、一度だけ、ためらいなく欲しいと言ったものが一つだけある」
蘭丸の脳裏に、父の無邪気な笑顔が過ぎる。
「雪合戦の後、雪のうさぎが欲しいと乱法師は言った」
蘭丸は不意に布団の隣の桶を見た。つぶらな赤い目がこちらを見ている。蘭丸は手を伸ばすが、届かない。
「これか?」
信長はうさぎから南天の実を奪ってしまった。
「酷いです」
「何がだ」
「うさぎが…」
雪うさぎの目を取って可哀相だなんて、発言が子供じみてて蘭丸は言えなかった。
信長は蘭丸の頭上を弄る。ぷつんと音がして、引っ張られる。軽いものが蘭丸の額に落ちた。何かと手に取ると、南天の小枝で、実が殆ど取れていた。
「これで良いか?」
信長はうさぎに新しい目をつけた。蘭丸はほっとして笑顔になる。
「似ておるな」
信長の視線の先の、自分の胸板を見つめる。南天の実が何粒か落ちていた。そして、両端の赤く球体のように腫れた乳首に、信長の指先が触れた。
「あうっ…!ううっ」
体中に甘い痺れが這い回った。頂点まで登りつめて、其処で浮遊し続けるような快楽に襲われる。蘭丸は身悶えながら信長を締め付ける。信長は蘭丸を担ぐようにして、自分の膝の上に向かいあったまま座らせた。
「信長様、いっぱい、触って、触って下さい!」
信長が激しく腰を揺する度、蘭丸の体が浮いた。
「それだけじゃ足らない!」
蘭丸は腰を鎮めて、信長に押し付けながらくねらせる。
「ん、んんっ」
「どうした、お蘭」
蘭丸が喚くように喘いでいる最中、信長が静かに語りかけた。
「凄いの、沢山きてて」
「ほう」
「駄目、もう…」
蘭丸は体を強ばらせる。数秒痙攣して脱力し、信長の体にもたれ掛かる。
信長はゆっくり体を前にして、蘭丸の背を布団に横たえる。そして、腰を掴んだまま腰を突き出した。意識を失いかけた蘭丸は、薄目で信長を見詰めた。ただでさえ薄暗いのに、目が潤んでよく見えない。
「信長様の、熱い…」
瞼を閉じて、神経を下腹部に集中した。其処から熱が広がって、裸なのに暑ささえ感じた。
何度も打たれた熱い杭が抜かれ、広げられた風穴に冷たい空気が触れて、蘭丸は目を開けた。目の前にさっきまで埋まっていたものが突き出されていた。温度差で湯気が出ている。信長は指を入れ蘭丸の口を広げ、それを口元に添えた。
「あっ」
口内に温かいものが舌を通って流れていく。蘭丸は口を開けたまま飲み込んだ。出しきると、蘭丸は先端の雫に口付ける。ずっと堅かったものがとうとう役目を終えたと柔らかくなった。
蘭丸の隣に信長が横たわる。
「信長様」
蘭丸は信長に擦りよる。信長が唇に指を当てた。
「……」
蘭丸は信長の指を握り、退けて自ら信長の口を吸った。舌を挿して信長の歯の間から押し入り、内側を撫で、舌同士を絡ませあった。
「んっ」
信長が吸い返してくる。苦しいのにとても幸せで、蘭丸は信長の握った指を解いて、下にずらして指を絡め合い握り締め、細い脚を信長の逞しい脚に絡ませ締め付ける。
「ふ、ん…」
口が離れる。信長の視線が絡み付く。蘭丸は恥ずかしく俯く。信長が笑って蘭丸を抱き寄せる。蘭丸は指や脚に力を入れて、信長にしがみついた。
「お蘭は欲張りを隠す」
「え?」
「素直なのは褥でだけだ」
「そんなこと…」
「可成が」
また父の名が出た。
「可成は子煩悩でな、よく、汝らの話をした」
「どんな?」
「先に言った」
「蘭が、我儘を言わないと?」
「そうだ」
信長が指先で唇に触れ、蘭丸は気付いた。蘭丸は、第一に相手のことを考えて動くようにしている、信長は、そんな蘭丸に自分の願望を直接口にすることを望んだのだ。単に恥ずかしがることを言わせているだけとも取れるが。
「信長様」
「どうした」
「また、雪のうさぎを作って下さいますか」
「いいぞ」
「信長様」
「どうした」
我儘を探しても、幸せ過ぎて見付からない。信長に望むことは何があるだろう。
「…夜更かしは程々になさって下さい」
「ああ」
「お酒も、甘味も、ご入浴も程々です」
「それは分からぬ」
信長が優しく笑った。蘭丸も釣られて笑って、目を閉じた。ゆっくりと、信長の体温に包まれたまままどろんでいった。
「蘭丸殿、蘭丸殿」
蘭丸は肩を揺すられて目を開けた。
「基之丞殿…?」
肩を揺すったのは、先輩に当たる小姓仲間の基之丞だった。基之丞は大きな目を少し濡らしていた。
「どうかなさいましたか?」
蘭丸は目を擦りながら起き上がる。何も着ていないことを思い出して、布団を掛けたまま無造作に置いてある寝間着を引き摺る。基之丞は、俯いてそんな蘭丸に気づく様子もなく、話し始めた。
「お館様がおられぬのだ」
「え?」
「いつものように朝、手拭いと湯をお持ちしたら、お部屋におられなくて…、昨夜の宿直の番は私がしたが、お館様は一度も部屋を出ていないのに…。蘭丸殿?聞いているか?」
「聞いております、服が脱げてしまっていて…」
「随分と寝相が悪いな。それより、お館様が何処におられるか、蘭丸殿、知らぬか?」
「そうですね…」
「宝物庫は鍵が掛かっていたし、書物庫にも納屋にもおられなかった」
蘭丸は布団の隣を弄る。冷たくなっていて、信長は随分前に此処を離れたようだ。
「きっと、何時もの気まぐれですよ」
「こんな雪の、寒い日に?」
「雪だからですよ」
蘭丸は基之丞の肩に手を置いた。散々駆け回ったのだろう、服は冷たく、かじかんだ指先が赤くなっている。蘭丸は、自分の羽織を基之丞の肩に掛けた。
「お館様は私が探します故、基之丞殿は持ち場へお戻り下さい」
安心させる為に笑って見せる。基之丞は頷いて、信長の寝室に戻って行った。
部屋には信長の着ていた服や、雪うさぎの桶もなくなっていた。窓を開ける。雪は止み、空はまだ薄明るい程度で、太陽はまだ顔を出していない。下を覗いてみると二人の足跡は降り積もった雪で消えていた。
「……」
蘭丸は、着崩れた襦袢のまま、部屋を出た。まだ寝ている者も多い時刻、ひっそりと城を抜け出す。
庭に足を踏み入れると、素足と草履の間に雪が入り込む。蘭丸は、冷たさを振り払うように走り出した。
「っ…」
走ると、未だに熱を持ち腫れ上がった乳首が服に擦れて痛んだ。何も付けていない股間に裾の間から冷たい風が直接当たる。ちゃんと着替えて来るんだった。信長は一体何処に居るのだろうか。蘭丸の予想が当たっているならば…。
「あ…」
勝手口から始まる足跡を辿っていく。
その先に、信長の後ろ姿があった。寝間着に羽織を掛けただけの出で立ちだった。
「信長様!」
蘭丸の声に信長が振り返り、蘭丸は歩み寄る。
「何をなさっていたのですか?」
「雪が止んでいたのでな」
信長の足元に、桶があった。
「欲しかったのだろう?」
信長が微笑んだ。桶の上に佇む、大小二羽の雪うさぎ。
「これを作っていたのですか?」
「そうだ」
「確かにお願いしましたけれど、こんな薄着で、風邪を引いてしまいます」
「汝の方が薄着ではないか」
「信長様が黙って居なくなってしまうからです。基之丞殿が困ってましたよ」
「あやつは楽天家故、偶には困ってみることも大事よ」
「それでも、御身を大事になさって下さい。また冷やしてしまって…」
着衣は、襦袢一枚で貸すものがない。信長を温めたいと思っても、既に自分の体も冷気に晒されている為、何も出来ない。
「早く、中へ」
信長が両手で蘭丸の頬に触れた。頬よりもずっと冷たい手を当てたまま、信長が唇をほんの少しだけ曲げて蘭丸を見下ろしていた。
「……」
意地っ張りな子供がむくれているように見えた。蘭丸は、宥めるように信長に抱き付いた。手を伸ばして広い背に腕を巻きつける。触れ合う体は、やっぱり信長の方が冷たくて、少しでも温かくなるように背中をさする。
「有難うございます」
「急にどうした」
「雪うさぎ、とても嬉しいです。なのに、心配が先立ってしまって、お礼も言わずに…」
「そうか」
「今度からは蘭の隣で作って欲しいです」
「では作るとしよう」
「今は駄目です。基之丞殿が心配しております」
「堅物だな」
「本当に、すぐでなくていいです。次の雪でも」
「次、いつ降るか分からぬ」
「ならば、来年、再来年でも」
「しかし…」
信長がちらりと後ろの雪うさぎを見た。
「蘭は、来年も、再来年も、大人になっても雪うさぎ、ずっと好きだと思います」
「承知した」
信長が抱き返してくる。次第に、触れ合った箇所が温かくなってくる。
「さあ、城内へ。お召し替えをなさらないと」
信長は足跡を辿り城へと歩き出した。蘭丸は振り返って、うさぎの桶を拾った。改めて間近で見ると、昨晩のより繊細に作られている。寄り添いあったうさぎはとても幸せそうで、優しい顔をしている。
信長の作ってくれた雪うさぎが、より濃く、鮮明に父の思い出を甦らせてくれた。父が、信長との新たな思い出を作ってくれた。悲しみを包み込むようなあったかい気持ちが溢れて目頭が熱くなる。蘭丸は桶を胸に抱いた。
これらは、きっと生涯の宝になる。溶けてしまっても、ずっと胸にしまっておこう。
「お蘭!」
信長が名を呼ぶ。蘭丸は桶を抱えたまま、信長の後を追いかけた。
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