妄想、愉悦。






  


「源太郎様、堺に入りました」

 足元の小さな道標を見て、蘭丸は言った。

「街に出たら、今夜の宿を確保しましょう。あと少しです」

「ああ」

 源太郎は重たい足を大きく進めた。

 蘭丸と共に、皆に見送られながら安馬田の養生所を出て三日が経つ。
 源太郎は文字をあまり読めない。地図は余計に読めない。今まで生きていて、文字や地図が読めずとも困ることは殆どなかったが、そのせいで、旅路は蘭丸に付いていくことしか出来なかった。銭の勘定も蘭丸の方がずっと早く、路銀の管理も任せっきりだった。しかし、蘭丸は源太郎が思う以上にしっかり者で頼もしかった。遠回りでも極力安全を心がけ、人に道を尋ねる時も、物騒な経路は避けている。中途の食糧の確保も抜かりなく、お陰で何一つ怖い思いはしていないし、空腹で動けなくなることもなく、困ることもなかった。しかし、頼ってばかりの我が身が何となく情けなくなってしまう。目的地の神賀井こうがいに着いて、生活が安定したら、蘭丸に読み書きと計数を習おうと、密かに決心した。
 ずっと山道を歩いていたが、麓になると、すれ違う人が多くなってきた。大体の人が、大きな荷物を持っていた。商人か、若しくは買い出しをしていた人だろうか。

「ん?」

「何か、見つけましたか?」

 源太郎は足を止め、指を差した。木々の間から湯気が見えている。

「あれ、何だべ」

「ああ。あれは、温泉かも知れませんね」

「おんせん?あの、天然の湯船のことか?」

「そうです」

「へえ、温泉かあ…。外に風呂があるんだな」

 源太郎は白い煙を見つめ、また歩き出す。蘭丸は、源太郎の隣に並ぶ。

「きっと、麓付近の宿のものだと思うんですけれど…」

「そこ、泊まったら入れるんか?」

「ええ」

「ふうん…」

「今夜は、あの温泉宿に泊まりましょうか?」

「いいんか?温泉があったら、その分宿代、高くなるんじゃないだか?」

「そうかも知れませんが、街まで進んだら、此処よりも更に高くなると思いますし」

「そうゆうもんなんか」

「そうゆうもんなんです。さ、あと少しです。参りましょう」

 蘭丸と共に山を下り、煙の方へ進むと宿らしき大きな建物がすぐに見つかった。

「部屋が空いているか、確認して参りますね」

「うん」

 宿の敷地の、恐らく休憩所として使われている東屋に、荷物を置いて源太郎は腰掛けた。
 体力に自信がある源太郎でも、ほぼ休憩もなく山道を進み続けて流石に疲れた。しかし、蘭丸の方は殆どそんな顔を見せず、源太郎を気遣う余裕まで見せている。この旅路に不安を抱いていたのが嘘みたいだ。

「源太郎様、お部屋、空いているそうです」

 蘭丸が屋内から戻り、駆け寄ってきた。

「ほんとか?良かっただ」

 蘭丸の表情を見る限り、宿泊費も想定内だったらしい。

「温泉も、すぐに入れるそうです」

「ん、早く行こう」

 源太郎がすっくと立ち上がると、蘭丸は嬉しそうに笑った。蘭丸の分の荷物を持って、今度は源太郎が駆け寄ってく。

 玄関から入ると、人の好さそうな使用人が出迎え、荷物を預かってくれた。土地柄、客は商人が多いようで、窃盗や紛失等の揉め事を避ける為、大きな荷物を管理しているらしい。見張り番がいるから安心して下さいと、使用人は言った。
 案内された部屋は、二人で泊まるには手狭に感じた。それでも二晩野宿をしていた二人にとっては、最大の贅沢だった。

「畳だな」

 源太郎は使用人が部屋を出るなり、大の字で寝転がる。

「源太郎様、温泉に浸かりませんか?疲れが取れますよ」

 蘭丸は腰を下ろして源太郎の顔を覗き込む。

「それもいいけど、お蘭も寝てみ?落ち着くだよ」

「わ」

 源太郎は蘭丸の肩を抱き寄せ、自分の腕に蘭丸の頭を乗せた。

「な?」

「…はい」

 蘭丸は源太郎の顔を見上げながら頷く。こうやって躊躇いもなく清潔な場所に寝転ぶのは三日ぶりだった。蘭丸が源太郎にぴったり寄り添い、頬に口付けてきた。

「どうした?」

「いえ…、したいから、しただけで…。驚かせてしまって、申し訳ありません」

 蘭丸は頬を染めて俯いた。

「お蘭はしたいだな?おらもだ」

 くるりと源太郎は半回転した。畳に背を着けて仰向けの状態の蘭丸を見下ろす形になる。

「したいって、蘭は口付けのことをですね…」

「なら、したくないか?」

「先、温泉に入って、体を清めて…」

 言いながら、蘭丸は源太郎の襟元に手を置いている。突っぱねるか、受け入れるのか蘭丸自身が迷っているようだ。もどかしさに源太郎は蘭丸の両手首を捕え、上へ上げた。

「源太郎様…!」

 源太郎は蘭丸の口を塞ぎ、舌を忍び込ませる。戸惑っていた蘭丸も、源太郎が歯列をなぞると前歯をおずおずと開いた。挿し入れ、舌を絡ませあっていると蘭丸の甘い吐息がどんどん熱くなってくる。

「ん…」

 唇を離した時、蘭丸は肌を火照らせ、ほんのりと汗を浮かべていた。とろけた目で見詰められる。源太郎が蘭丸の襟に手を入れ、湿った肌に直接触れると、蘭丸は悲鳴をあげた。

「ひゃ!駄目です」

 力んだか細い手首を更なる力で制する。腕力では負けない。

「そんな顔して、駄目はないだよ」

「そんな顔?」

 蘭丸は思い当たらない様子で、きょとんと見上げた。やはり無意識なのか。源太郎は大袈裟なため息をついて見せた。そして、忍ばせた手に力を入れて、胸元をはだけさせた。

「ま、待って下さい!先に湯浴みを!源太郎様だって、温泉に入りたいでしょう?」

「先にお蘭が欲しい」

「汚いから嫌です!」

 綺麗好きな蘭丸は、身を清めず交わるのが嫌なのだろう。小姓の経験からか、清潔であることを自分自身で義務付けていたのかも知れない。

「お蘭は綺麗だよ?だが…」

 源太郎は手を離し、腕を上げて自分の匂いを確かめた。

「確かにおら、汗臭いだな。嫌だよな」

「嫌ではありません!」

「へ?」

 今度は源太郎がきょとんと蘭丸を見つめた。蘭丸の顔が先よりも赤い。

「源太郎様を嫌だなんて、蘭が思う訳ないじゃないですか。蘭が嫌なのは、汚れたままの体を預けることで…」

 語尾が小さくて聞き取り辛くなってくる。源太郎は、たまらず蘭丸を抱きしめた。

「可愛い!やっぱり今欲しい、今のお蘭が」

「ああっ!」

 源太郎は蘭丸の薄い胸板に舌を這わせた。襟を広げて襦袢ごと脱がすように小袖を引っ張り、袴の腰紐を解いていきながら、柔らかい肌に歯を立てる。

「跡、付けたら、温泉に入れなくなってしまいます」

 久しく味わう蘭丸の肌は、新鮮で、艶めかしい。そして、いつも抱く時より匂いが濃い。馥郁ふくいくに酔い、我を忘れてしまいそうだ。

「そんな、止めてください…!」

 晒された脇に顔を近付け、閉じようとする蘭丸の腕を掴み上げた。

「あっ」

「いい匂いがするだよ」

 源太郎は貪るように舌でなぞった。蘭丸は抵抗を止めたのか、諦めたのか、感じているのか、段々と力が弱くなっていった。

「んんっ…」

 顔を移動させ、乳首をやんわり噛むと、蘭丸の腰が浮いた。無意識か局部を源太郎に押しつけているような動きになっている。小さな突起を吸い上げて離すと、赤く腫れ、指で転がせる程堅くなっていた。丹念に口と手先で左右の小さな実を可愛がって、味わいながら徐々に顔を下げてゆく。綺麗な形の臍を辿ると、また蘭丸の肌が跳ねた。

「そんなところ…」

「お蘭はお臍も可愛いだな。それに、いい匂いだ」

「ひゃ!」

 蘭丸は体をくぬらせている。源太郎は臍の窪みが濡れる程舐ってから、蘭丸の袴を腿まで下ろした。下帯の表面を覆う部分は持ち上がり、生地が透ける程濡れていた。触れあわなかった期間が長かっただけに、敏感なのだろう。布を取ると、窮屈そうにしていたものが更に角度を上げていた。狭い空間が蘭丸の匂いや熱で満たされて、源太郎は抑えられず、一気に頬張った。

「や!あああー!」

 限界まで張りつめていたそれは、源太郎が口に収めただけで突破してしまった。源太郎の口内は濃厚な分泌液で溢れ、源太郎は、受け止め、飲み込んだ。吐き出し終えた蘭丸は、涙目のまま息を上げている。
 五感全てで蘭丸を堪能し、源太郎は満足するどころか、より蘭丸が欲しくなった。呼吸に合わせて引きつかせる後孔に手を伸ばすと蘭丸がぴったり足を閉じて遮った。

「待って下さい、次は、蘭の番です」

 蘭丸の濡れた目が挑発的につり上がっている。行為そのものを拒んだ訳ではないようだ。蘭丸は息を上げたまま起き上がり、源太郎の肩を押さえ、座らせると、股間に顔を近づけた。

「お蘭…」

 肩に引っかかっただけの小袖や、膝にずり下がった袴。服を半脱ぎ状態で、腰を突き上げて四つん這いになっている。くっきりとした背骨や、ささやかな尻の円みや、すらりとした腿を見ながら、これ以上に淫靡な光景はあるのだろうかと源太郎は考える。いや、ないとすぐに結論付けた。
 源太郎は期待を込めながら膝を開いた。中心は、袴の上からでも反応しているのが分かるくらい盛り上がっている。蘭丸は源太郎の体制を変えさせず、器用にそれだけを露出させた。

「凄い匂い…」

 蘭丸が囁く。息が荒く、吐息だけでたまらない刺激になり、源太郎はすぐに果てないように下腹部に力を込めた。蘭丸の可憐な舌が触れる。咥えることなく、味わうように丹念に舐めている。
 源太郎は手を伸ばし、蘭丸の尻の窄みを指で撫でた。

「い、今は蘭の番ですよ?」

「だが、その後ここでするだろ?解さねえと」

「…やっ」

 指を埋める。蘭丸は挑発の濡れ眼を向け、小さな口で源太郎を咥えた。

「ぐっ」

 狭い粘膜の圧迫に負けそうになりながら、堪える。負けじと、指を進め、蘭丸の内側の弱点を擦った。蘭丸の体が震え、源太郎のもので塞がった口からくぐもった悲鳴が僅かに聞こえた。

「お蘭、無理、すんな…」

 蘭丸は上目で睨んできた。さっきから、お互い何で張り合っているのだろうか、と疑問を抱く。その油断を見抜いたのか、同時に蘭丸は口をすぼめた。

「あ、駄目だ…」

 力が抜け、源太郎は全てを吐き出した。勢いが止まらず、心配になったが、蘭丸は最後まで口を離さなかった。受け止める苦しげな表情が愛おしさを倍増させる。

「んん…」

 蘭丸はゆっくり体制を立て直す。

「大丈夫か?」

「はい。全て、飲み込んでしまいました」

 蘭丸の顔は、汚れていなかった。表情からは達成感が窺える。

「お蘭…」

 たまらずまた抱き寄せて、濡れた額に口付けた。蘭丸は源太郎の腕に収まりながら、源太郎の股座に手を置いた。

「あんなに出したのに、もう元気ですね…」

「うん」

 何時の間にか抜けていた源太郎の指が蘭丸の分泌液で濡れていた。源太郎がもう一度同じ箇所に触れると、蘭丸が見上げてくる。

「まだ、温泉に入るよりも、蘭としたいのですか?」

「うん。でも、お蘭が温泉の方がいいなら、今は我慢するだよ」

「いいえ、蘭も先に、源太郎様が欲しいです」

 蘭丸は膝を立て腰を伸ばし、源太郎よりも顔の位置を高くして、抱きついてきた。源太郎は両手を蘭丸の尻に伸ばす。肉を割くように広げ、指を埋めると、ぬるりと入ってゆく。孔が柔らかい。本当に、源太郎自身を求め、一つになりたがっているようだ。
 源太郎は座布団を二枚並べて、蘭丸を其処に寝かせた。袴を足から取って、膝を広げると、昂った蘭丸の中心が丸出しになった。源太郎も邪魔な袴を脱ぎ捨て、下帯を外してから、蘭丸に体をくっつけた。先端が入り口に触れると、水っぽい摩擦音がした。

「すごく、どきどきしてます」

「うん、おらもだ」

「あふっ…ん!」

 腰を進め、蘭丸の中に押し入る。蘭丸は源太郎を締め付けながら、両手を広げた。源太郎は蘭丸の体に被さり、上体を密着させた。

「重くないか?お蘭」

「…重たくないです、離しては駄目ですよ」

「うん」

 久しく繋がったせいか、物凄い圧を感じる。源太郎は蘭丸の中に収まりきると、息を吐いて、ゆっくり腰を上げた。

「そんなに離さないで」

 蘭丸が源太郎の腰に脚を巻き付けた。源太郎がその位置まで上げると、もう一度腰を落とす。

「んあっ…」

 速度を上げ、繰り返す。肌がぶつかり合うと同時に響く蘭丸の喘ぎが、どんどん大きく、甲高くなる。擦れ合う肌から汗が沸き立ち、互いの体臭が混ざり合う。頭がくらくらする。しかし、源太郎は抑えられず、勢いは余計に増していった。

「ああ!あー!」

 蘭丸が一層腕と脚の力を強めた。痙攣させて、結合箇所も波打っている。

「お蘭っ…」

 源太郎も、華奢な体を抱きしめ返した。充満した匂いがより濃くなる。源太郎は蘭丸にゆっくり唇を寄せた。力尽きた蘭丸の手足が解ける。

「お蘭…」

 蘭丸は意識を落としていた。荒げた吐息は、穏やかな寝息になりつつある。やはり、顔には出さずとも疲れていたらしい。にも関わらず、蘭丸が押しにも快楽にも弱いのを良いことに、半ば強引に行為に及んでしまった。それでも蘭丸は応え、強く求めてくれた。
 畳を汚さないように、懐から手拭いを出し、蘭丸の尻の下に置き、腰を上げる。相変わらず遠慮のない量を、蘭丸に注いでしまった。源太郎は寝顔を眺めながら、柔らかい頬に触れた。このままでは寒そうだ。源太郎は服を脱ぎ、全裸になって、蘭丸の体を冷やさないように抱きよせて羽織を掛けた。蘭丸の肌が温かく、源太郎の瞼も段々重たくなる。






 遠くで夕を知らせる鐘の音が聞こえる。源太郎が目を開くと、蘭丸はまだ源太郎の腕の中にいた。温かく、まだ眠っていたかったが、あと半刻もしないうちに夕餉を運びに使用人が部屋を訪れる。
 源太郎は蘭丸の首の下からゆっくり腕を抜いて、むくりと起き上がった。蘭丸は源太郎が隣から消えると、源太郎の服にくるまったまま位置を変えずにごろんと寝返りを打った。源太郎の腕が密着した箇所が赤くなっている。
 源太郎は痺れた腕をほぐして伸びをした。肌寒さに鼻がむずむずして、堪えきれずに豪快にくしゃみをしてしまった。今度はむくっと蘭丸が起き上がる。

「ああっ。すみません、服を借りたままになってしまって」

 蘭丸は目覚めてすぐに状況を察して、体に掛かっていた源太郎の服を、源太郎の肩に掛けた。

「お寒くはありませんでしたか?」

「おらも今起きたばっかだよ?お蘭も早く、服、着るだ」

「はい…」

 蘭丸は半脱ぎの小袖を着直して、襟を正した。顔を隠しながら欠伸をしている。

「じき夕餉だ。その前に、下着と手拭いだけでも洗うか」

「では、蘭が洗って参ります」

「すまね。おらは部屋片付けとくだよ」

「はい」

 蘭丸は服を着ると、汚れ物を持って部屋を出る。源太郎は座布団を正して、行為の名残がないか確かめる。汚れはないが、匂いが残っていた。源太郎は慌てて窓を開けた。少し冷たい風を受け、座布団で空気を循環させる為に扇ぐ。

「ん?」

 窓の外の西日を受けた庭に、井戸がある。その井戸端で一生懸命洗濯をしている蘭丸の後ろ姿が見えた。
 互いにあんなに求め合ってしまうのに、誰かに見つからぬようにその痕跡を消そうとしている。けれど、きっとまたすぐ同じことを繰り返してしまうのだろう。源太郎は、この状況が可笑しくて、一人で笑ってしまった。





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