しあわせという檻の中で

 ある日突然両親が蒸発した。そして500万の借金がまるまる私に降りかかってきた。
どうすべきか、と悩んであちこち相談しに行ったら、灰谷蘭という男の人が親身になって話を聞いてくれた。そしてこう提案してきた。
「オレの家にいた家政婦が辞めちゃったから、今次のヤツ探してんの。借金はオレが立て替えるから、その分働くってことでどう?」
 二つ返事で受け入れた。雇用契約を結ぶということで、早速さまざまな契約書にサインを入れ押印する。蘭さんは笑顔のまま、
「今日からオレが主人だからな」
 と私に言った。だから身を粉にして働けということなのだろう。
 そうして住み込みで働くこと1ヶ月、わかったことがある。
 彼は顔がいい。それ故女に困っていない。喉元に刺青があっても、寄ってくる女が後を絶たない。だから、毎晩違う女を連れて寝室でよろしくやっている。仕事ができる人はアッチの方もお盛んだと言うけど、本当なんだな。
 女を連れた蘭さんとバッタリ室内で会うこともある。が、私は空気になったつもりで驚きも狼狽えもしない。
 雇い主のライフスタイルに口を出してクビになったらたまったもんじゃないし。

 それからさらに2ヶ月が過ぎ、私は蘭さんから話があると呼び出されて、テーブルを挟んで向かい合って座っていた。
 思い詰めたような顔をした彼は開口一番、
「オマエは嫉妬心とか無いタイプなの?」
 と聞いてきた。そこは仕事に慣れたか、とか、不満はあるか、とかじゃないんだろうか。何のことだかわからず、私は聞き返す。
「……何で急にそんなことを? 嫉妬心なら人並みにあるつもりですが」
「じゃ、オレが毎晩女を連れ帰っても無反応なのはなんで?」
「え?」
「フツーの女なら泣くかキレるかして3日で限界になるだろ。オマエはなんでそんな平然としてんの」
「……雇い主の生活に口を出せるほど偉くありませんし」
「は?」
「え??」
「ここの家政婦である以前に、オマエはオレの妻だろ?」
「……いつ入籍しましたっけ」
 蘭さんは黙って婚姻届のコピーを見せた。間違いなく私の字で私の名前が書いてある。実印もばっちり。
「まさか『オレが主人だからな』って夫の方!?」
「それ以外に何かある?」
いやあの場面なら雇い主的な意味で使ったと思うじゃん。紛らわしい!
「……で、どうなんだよ」
「えーと……はい、まあ……嫉妬しないのか、と言われてもそもそも夫婦だと思ってなかったので……その、まずはお互いを知るところから始めませんか」

※その後蘭は女を全く連れ込まなくなり、ナマエと過ごすことに時間を費やすようになった。
嬉しい反面、いつかは自分もあの寝室に連れ込まれてしまうのではないかとちょっと不安な気持ち。


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