しあわせという檻の中で_4

 彼の家で働き出して、もうそろそろ一年が経つ。つまり結婚記念日が近いと言うことでもある。
 彼は非常に浮き足立っていて、何かいいところでの夕食を予約しているらしい。詳細を聞いても教えてもらえなかったが、当日の夜そこへ連れていくと言う。
「私は何か準備しておく必要ありますか?」
「別に。いつも通り過ごしてればいーけど?」
 いいところでの夕食って、ドレスコードとかそういうのがあるんじゃないだろうか。
「オマエが気にする必要ねぇよ。オレが全部手配しとくから」
 その日仕事終わったら迎えにいくから待ってろよ、と蘭さんは言った。

 記念日当日になった。インターホンが2回鳴らされる。蘭さんだな、と思って玄関ドアを開けた。
 が、そこにいたのは見たこともない男。
 どちら様でしょうか、と言う前に、スタンガンを首筋に押し付けられた。ひりつくような痛みとともに、私は気を失った。

 次に目を覚ますと、私は知らない場所にいた。手足を動かそうとして、椅子に縛り付けられていたことを自覚する。
 あっちょっと待って。玄関の鍵閉めてない……! 空き巣に入られる……!!
 何か目の前で知らない男がずっと喋ってても、玄関の鍵閉めてないことがずっと気にかかって何も頭に入ってこない……。うすらぼんやり「大人しくしてろよ」と聞こえてくるから、多分人質になってるんだろう。そんな経験初めてだから実感が湧かないけど。
 でもどうして私を攫うのだろう。私自身に価値があると思えないし。もしかして、蘭さんは何か人に恨まれるような仕事をしてるのだろうか。あんなに穏やかで優しい男なのに?
 色々考えていたら、男は誰かに吹っ飛ばされた。
 知らない男を吹っ飛ばした誰かは、私を見てガッと抱きついた。その人は、蘭さんだった。
「……怖かったろ?」
「はい」
 確かに怖かった。玄関の鍵開けっぱなしで攫われたから、戸締りのことどやされるんじゃないかって。
「……じゃ、帰んぞ」
「あの夕食は」
「行けんのか? 無理だろ。そんなに震えて」
 そこでようやく気づいた。私の体がガタガタ震えていることに。本当は、戸締りとか攫われた理由なんてどうでもよくて、自分の身に危険が迫っていた事実から目を逸らしていただけだったみたいだ。
 拘束を解いてもらっても、まだ私は膝が笑って立てない。見かねた彼は、私をそのまま抱き上げる。
「立てないんじゃしょーがねぇだろ。じっとしてろ」
 私は黙って頷くことしかできなかった。それから車に乗せられて家に戻り、やっとまともに呼吸できたような気がする。
 久しぶりの外出が、こんな酷い結果になってしまうなんて誰が思っただろう。
「ナマエ、落ち着いたか?」
「はい。蘭さんが助けに来てくれて、家まで戻ってこれたので。今は安心しています」
「じゃ、明日改めて記念日祝うか」
「はい! ところで、蘭さん」
「ん?」
 少しだけ躊躇ったけど、思い切って言葉を放つ。
「……その。今日は、い、一緒に……お風呂、入りませんか」
 今日だけは眠らずに、彼の温かさを感じていたかったから。彼は返事をする代わりに、私の手を引いてバスルームへと向かっていった。

※予約していた夕食は、竜胆と鶴蝶が代わりに行って満喫したらしい。


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