衰退する感情

「浮気なんてしてない!」
「言い訳すんな。オマエ昨日男と歩いてたじゃねぇか」
「あれは……! 道わからないから、って声をかけられただけで!」
 そう、本当に道案内だ。
 昨日話しかけられたのは、道を教えてほしい、と男の人に尋ねられたから。本当にそれだけ。
「言い逃れすんのかー? オレバッチリ見ちゃったんだけど。オマエがラブホ前で男と抱き着いてるとこ。道案内『だけ』なら、抱きつく必要ねーよなぁ」
「あれは、向こうがいきなりやってきたの! 知らない人からやられて本当に怖かったんだよ!」
 最悪だ。よりによって抱き着かれているところを見られてるなんて。確かにあそこだけ見たら、ホテル前でいちゃついてる男女に見えるかもしれない。でもあの時は、案内を終えたところで男がいきなり抱きついてきたのだ。もがいて離れようとしたけど、男の力には敵わなくて、そのままホテルに引きずり込まれるかと思った。
 でも、見てたならどうして助けてくれなかったの?
「オマエが素直に認めて謝るなら、オレも許すのになぁ。往生際が悪ぃぞー?」
「本当に違うの……! ねえ、信じてよ!」
「オマエの声はもう聞きたくねぇの。どっか行けよ」
「蘭……! 話を聞い」
「聞こえなかった? どっか行け、って」
 ボコボコにされてぇならそのまま喋っててもいいぜ、と蘭は薄ら笑いを浮かべながら言い放つ。
 袖口からするり、と警棒が顔を覗かせる。殴られてまで弁明できるとは思えなくて、私は泣きながら蘭のそばから逃げ出した。

 一人で路地裏にうずくまって泣いていると、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。余裕がなくて振り返らずにいると、肩を掴まれて無理やり視線を上げさせられる。
 肩を掴んでいるのは、きらびやかで小柄な女の子だった。
「探したんだよ〜、ナマエちゃん」
「どちら様……」
「信じてもらえなくてかわいそーだったね。ウケるー」
「……は?」
 何を言っているんだこの女は?
 私が呆然としていると、女はさらにベラベラ喋り続ける。蘭にウソを吹き込み続けたこと、私に男をけしかけたこと。最後に、私への強い妬み嫉み。
「あんたみたいな地味女がさあ、蘭ちゃんの隣にいていいわけないでしょ。あたしみたいな可愛い子じゃないとー、相応しくないって思わない?」
 だからね、あんたには蘭ちゃんと別れてもらおーって思ったの! と目の前の女は明るく言い放つ。まるでそれが名案だとでもいうように。
「ずっと見てたけどさ、蘭ちゃんはあんたのこと大嫌いになっちゃったね。辛そーだったなー。でも大丈夫、あたしが責任持って癒して、幸せにしてあげるから!」
 言いたいことだけ言って、女は私を突き飛ばして立ち去っていった。
 ぽっと出の女に好きな人を奪われたこともそうだけど、蘭は私よりあの子のことを信じたんだな、という事実が改めてのしかかってくる。
 路地裏でひとしきり泣いて、帰り道でも泣いて、家についても、私はわんわん泣いた。
 しばらく、誰にも会いたくなかった。



タイトルは子猫恋様よりお借りしました。


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