竜胆くんと灰谷さん
オレの知っている女で、唯一オレのことを「灰谷さん」と呼ぶ女がいる。ミョウジナマエだ。ナマエは、オレ以外の天竺四天王や幹部達、果ては大将だって名前かあだ名で呼ぶ。もちろん、天竺の末端にいる隊員も、だ。なのにオレのことだけ「灰谷さん」呼び。それが気に入らない。
「おい、ナマエ」
「あっ灰谷さん。どうかしましたか」
「そのよそよそしい呼び方やめろ」
「えー……竜胆くんとは区別がつくんだからいいじゃないですか」
「なんでオレの弟は名前で呼ぶワケ?」
「嫌がらないからです」
「オレだって名前で呼ばれてーんだけど」
そう言うとナマエは戸惑った顔をする。
「でも、昔名前で呼んだら『馴れ馴れしく呼ぶな』って言いましたよね」
「は? いつ?」
「2年前です」
ほら、とナマエがかつての記憶を話してくれた。祭りで知らない男にナンパされて困っていたら、オレがそいつをボコしてくれたのだ、と。その時ナマエは「蘭さんありがとう」と言ったらしい。
するとオレは「馴れ馴れしく名前を呼んでんじゃねェ」と言って去っていった、と。
まったく記憶にない。むしろよく覚えてんなこいつ。
「……じゃ、それは取り消す。今から名前呼びしろ」
「え!? 今更無理です!」
「無理じゃねーの。慣れろ。今から10回オレの名前呼べ」
なんでか真っ赤になるナマエ。何かもごもごつぶやいていたが、ようやく口を開き、
「蘭……さん」
と蚊の鳴くような声で絞り出すようにオレの名前を呼んだ。
「あと9かーい。ほらもっとでけぇ声で言えー?」
「蘭さん!!」
「やればできんじゃん。あと8かーい」
真っ赤になったナマエをからかいながら、名前を呼ばせ続けた。
