諦めてしまった愛のために

蘭目線。


 付き合い始めてもう10年。少年院ネンショーにぶち込まれようが転勤で離れ離れになろうが、オレと別れずにやって来れたナマエのこと、手放したくないと思う。だから今年、貯めに貯めた金でエンゲージリングを贈るつもりでいた。
 かったるい交渉も、面倒な事務処理も、意味のない飲み会やらなんやらも、そのためだけに。だからナマエのことがおろそかになっていた自覚はある。
 それを突きつけられたのが昨日だ。珍しくナマエが荒れていた。よほどイヤなことでもあったんだろーな。
 だからオレが慰めようとしたら、手を払い除けられた。その後に、「私と仕事とどっちが大事なの!?」と。
 その姿を見て最初に思ったのは、ナマエも結構かわいーとこあんじゃん、だった。いつもなら、オレが仕事で夜遅くなっても、文句一つ言わないできた女。
 でも、こうやって感情をむき出しにしてる姿も悪くねェな、って。
「オマエもそーいうこと言うタイプなんだなぁ。意外」
「ちゃかさないでよ」
 ナマエは「しまった」というような顔をしている。本当はこんなこと言うつもりなかったんだろう。
「真面目に言ってんだぜ? そんな風に嫉妬されんの嬉しーから」
 そんなことを言いたくなるくらい、オレのことが大事なんだもんな。オレもナマエが大切だから——。
「ま、敢えて優劣つけんならオレは仕事をとる。もしオレが『ナマエとずっと一緒にいるから仕事辞める』ってなったら、オマエだって困るだろ」
 そう答えた。あいつはすぐ俯いたから、表情はよく見えなかった。そのまましおらしげに謝ってきたから「気にすんな」って伝えて頭を撫でる。
 そのあとは、いつも通り一緒のベッドで眠りこけた。

 それから一週間経った後。ナマエが帰ってこなくなった。あいつの仕事はいつも18時に終わって、1時間くらいで帰ってくるはずなのに。
 ま、あの日のことがあるから気まずくて顔合わせられないんだろ。
 そう考えて、連絡をいれないでおいた。あいつから頭を冷やす時間まで奪うほど、ガキじゃねぇ。
 ほとぼりが冷めれば、申し訳なさそうな顔をして「……ただいま」と帰ってくるに違いない。
 ……なのに、だ。10日経っても、ナマエはこの部屋にいない。いつもなら3日くらい経てば「ごめん、蘭。言いすぎた」ってあいつが頭を下げて戻ってきて、「オレも悪いとこあったからなぁ」って言って元通りの筈なのに。
 いつもと違うのは、テーブルの上にある手紙と、合鍵。ナマエが置いていったものだろう。ただ、開けたら「ごめんね」以外の言葉が書いてあるような気がして、ずっと目を背けていた。
 ふと洗面台を見ると、ナマエがいつも使っているはずのメイク道具が見当たらない。まさかと思ってクローゼットを開けたら、一部だけぽっかり穴が空いたように消えている。
 居ても立ってもいられなくて、オレは手紙の封を破った。
 中にあった便箋には、几帳面な文字で「別れましょう。探さないでください」とだけ書かれていた。
 体の奥がスッと冷える感覚。オレはスマホを握りしめて、竜胆に連絡を入れる。
 ふざけんな。オレの前から今更いなくなるなんて許さねえ。

 使えるツテは全部使って、ナマエがどこにいるかを探し当てた。錆だらけの階段を一段飛ばしでのぼり、ナマエが借りている部屋のドアまでたどり着く。カギは……借りた、とだけ言っておこう。
 入る前に、ナマエの番号に電話をかけてみた。するとつながったが、すぐに切られてしまった。着信拒否してなかったのかあいつ。すかさずリダイヤルする。また切られる。
 いつもなら三コールもしねぇうちに出るくせに。ほとんどヤケになって、また電話をかけた。ナマエはそのうち諦めたのか、何回目かでようやく電話に出た。
「もしもし?」
「おーい。いつまで拗ねてんだー?」
「……手紙見てないの?」
 見たに決まってんだろ。喉まで出かかった言葉は飲み込んだ。焦ってる姿なんて、ナマエに見られたくねェから。
「オレの気を引くためにあんなこと書いたんだろ? 可愛いとこあんじゃん」
「文字読めないんだっけ」
「あ゙?」
 余裕ぶっていたら、煽るような言葉が投げつけられる。あいつ、どこでそんな言い回し覚えやがった。
「読めてないから、電話かけてこれるんだもんね。私たちもう他人だよ?」
「オマエが一方的にそう思ってるだけだろ」
「とにかく切るよ。もう話すことないし」
 一方的に電話を切られた。まあいい。このままナマエのいるアパートに入り込んでやるだけだ。静かにカギを開け、忍び足で室内を進む。そろりと部屋を探し回り、ある方向から携帯電話を投げる音が聞こえてきた。この部屋だな、と目星をつけたオレは、そっとドアを押し開ける。
「話は終わってねぇぞー?」
 すっと近づき、目を閉じているナマエにオレはそう声をかけた。すぐさまナマエの目が見開かれ、戸惑いと疑問がごちゃ混ぜになった顔を形どった。ナマエの口が開きかける。鍵どうやって開けたの、とか、なんでここがわかったの、とか聞きたいんだろう。
 今そんなんどーでもいーだろ、と呟いて、オレはナマエを抱き起こした。ナマエの前に跪き、ポケットに入れていた指輪の箱を取り出して、中身を見せる。
 給料3か月分、なんて一昔前だけど。喜ぶ顔が見たかったから。あれこれ騒いでたけど、自分のために用意されてるものだとわかって、顔がほころんだのをオレは見逃さなかった。素早く箱を閉じて、ナマエを抱きしめる。そのまま耳元でささやいた。
「オレはナマエと結婚してぇの。返事は?」

 誤解も解けたし、プロポーズも成功した。だから帰ってこいよ、とオレが言うと、ナマエは不思議そうな顔で「なんで?」と聞き返す。なんでってどういう意味だよ、と思っていたら、どうやらこのアパートの方が職場に近いらしい。
 ふーん。オレとの同棲より通勤時間を取んのか。じゃ、オレがこっちに押しかけてやりゃいーか♡

タイトルはまばたき様からお借りしました。


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