等しく心にキズを負い

 どうやら私の方が浮気相手だったようだ。薄々勘づいていたけれど、確信に変わった理由は、知らないアドレスから送られてきた一通のメール。
「竜胆にはあたしがいるからもう会いに来ないでね♡」
 という文とともに、ベッドで寝ている竜胆の写メが添えられていた。竜胆の隣には、下着姿の女が寝転がっている。おそらく、この女が携帯のインカメラで撮った写メなんだろう。
 悔しいけど、それ以上に納得する気持ちがあった。
 私から竜胆にメールを送っても返信はまばらだし、会わないかと誘っても、のらりくらりとかわされる。
 そのくせ、深夜でも早朝でも「今から会えねぇ?」だけのメールを平気でよこす。
 私は、スキマ時間に心と身体を満たすための存在だったんだろう。それにいちいち応じてた私も私だけどね。
 黙ってメールの返信画面を表示させた。
「わかった。もう会いません。どうかお元気で」
 本文にそれだけ書いて送信ボタンを押す。その後、竜胆のメールアドレスは、知らないアドレスもろとも受信拒否リストに入れた。

 竜胆と会わなくなって1ヶ月。電話もないし、メールも来ない。もちろんこちらの家を訪ねてくるなんてこともない。
 ブロックしたんだから当然っちゃ当然か。あっけない終わり方だったな、と自嘲する。
 時間が経ったおかげで、メールを拒否したばかりの頃よりは落ち着いたと思いたい。いっときは毎晩、悔しさがぶり返して泣いたり、竜胆への未練でありきたりで病んだポエム量産したりしてたから……。
 とりあえず、このポエムノートは燃えるゴミに出そう。明日はゴミの日だしちょうどいい。
 勢いよくゴミ袋にノートを突っ込んだ。明日の朝イチで出社ついでに捨ててこよう。
 翌朝私は早めに家を出て、ゴミを捨てて会社に向かう。
 いつも通り会社にて仕事をこなし、夕方ごろに帰宅する。改札を通ろうとすると、誰かに手を掴まれた。蘭だった。
「……何の用事?」
「これなーんだ♡」
 蘭がひらひらと掲げたそれに、私は見覚えがあった。
「どこでそれを!?」
「朝ホームレスがゴミ漁ってた。で、見つけた」
「か、返して!」
「ヤダ」
「ホントに返して!!」
「じゃあどーしたらいーか分かるよなぁ?」
 言うまでもない。蘭に従えってことだろう。さもなくばあの病みポエムを面白おかしく晒されるに違いない。
「……蘭に、従います」
「ん、いーこ。じゃ、大人しくついてこいよー」
 そうして行き着いた先は、灰谷兄弟の住むマンションだった。何度か招かれたことはあったものの、未だにこの広さには慣れない。
 ……にしても、空き缶や空き瓶が多いな。パーティでもしてたのかな。
「竜胆。ナマエ見つけたぞー」
 蘭が話しかけた方へ、私も顔を向ける。
 次の瞬間、何かが私に飛びかかり、バランスを崩してソファに倒れ込んだ。
 私にピッタリ抱きついてきたのは、竜胆だった。
「……なんでこんなお酒臭いの?」
 私は思わず蘭に聞く。すると蘭はあからさまに顔を顰めて、
「オマエがシカトするからだろ」
 とめんどくさそうに答えた。
「ええ……?」
「竜胆はああ見えて、打たれ弱ぇとこあんだからな」
 蘭はやれやれといった顔だ。竜胆は相変わらずぐじゃぐじゃの涙声で何かうめいてる。かろうじて私の名前と「会いたかった」という言葉だけは聞き取れた。
「……本命の女の子と別れたの?」
「はぁ!? 本命はオマエだよ!!」
 さっきまでの涙声が嘘のようにでかい声を張り上げる。うるさっ。
「……でもメールを送ってきてた女の子が本命なんじゃないの?」
「は? 誰のことだよ」
 私は携帯電話を開き、あの日送られてきたメールを見せる。それを見ても、二人は「そんなヤツ知らない」というふうに首を振る。
「もしかするとアレかもな。最近付き纏ってた女のうちの誰か。竜胆、携帯にロックかけてたか?」
「かけてねえ……」
「じゃ、寝てる時にいろいろされたんだろ。ナマエのアドレス盗み見て、寝てる竜胆の隣で写真撮ってそれっぽく見せてさ」
 蘭は一人ですっきりした顔をしているが、私にはまだ疑問が残る。
「ねえ、竜胆」
「……なに」
「私が本命だっていうなら、なんであんなにメールも電話も無視してたの?」
 竜胆は少しだけ迷ったあと、ぽつりと話し始めた。
「……巻き込みたくなかった」
「何に?」
「デケェ揉め事があって、オレの隣にオマエがいたら色々やられてるかもだったから……」
「じゃあ、真夜中とかにいきなりメールしてきたのは」
「全部片付いた後に、オマエに会いたくなって」
 合点がいった。けど、言葉が足りなさすぎた。彼も私も。
 あの時、理由をたった一言でも伝えてくれていたら。
 私も「寂しい」と、意地を張らずに言えていたら。
 きっと、こんな遠回りはしなかった。
「お互いちゃんと伝えればよかったね。理由とか思いとかさ」
「……ん」
 抱きつく力が強くなる。私も彼に腕を回す。そのまま背中を撫でてあげると、竜胆は泣き腫らした顔のまま、私の肩にもたれかかって眠ってしまった。
「今日は泊まってけよー?」
「そうする。私がいなくなったら、竜胆また不安定になっちゃいそうだし」
 私は蘭の言葉に笑いながら答える。
 しがみつく彼の重さに、幸せを感じながら。

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