ハーレム・サマーバケーション!_02
私はアジトにあるソファに座った。正確には、座れと全員に命じられて、座らざるを得なくなった。座面がほつれて綿のはみ出たそこに座ると、当たり前のように7人の男がぴたりと寄り添ってくる。暑い。稀咲くんはその様子を見て言葉を失ってるし、半間くんは必死で笑いを堪えている。見てないで助けてほしい。
右にはイザナが私の肩を抱き寄せるようにして座り、左には蘭がこれ見よがしに体重をかけてもたれかかってくる。竜胆はソファの背もたれ側から私の首筋に張り付いているし、獅音やムーチョ、モッチー、さらには鶴蝶までが私の足元を囲むようにして床に陣取っている。
大型犬の群れなんて可愛いもんじゃない。全員の体温が異常に高くて、文字通り息が詰まりそうだった。
「……おい。いつまで発情期の犬みてぇなことやってんだ」
ついに限界を迎えたのか、稀咲くんがこめかみをヒクヒクと引きつらせながら、氷のように冷たい声を落とす。
「あ? 邪魔すんなよ稀咲。いまナマエといいとこ……」
「黙れ。テメェら、今の状況理解してんのか」
不機嫌そうに睨み返す獅音の言葉をピシャリと遮り、稀咲くんは忌々しそうに床に転がった7つの空き瓶を見下ろした。少なくとも、今私と獅音はいい雰囲気とかじゃないと思う。
「とにかくミョウジから離れろ。話はそれからだ」
「王に指図するとは随分偉くなったなぁ、稀咲」
「……い、一旦離れようよ! ね! 落ち着こう!」
私がなだめるように乞うと、体にしがみつく力が緩んだ。でかい舌打ちと共に、全員の熱が離れていく。本当は離れたくないが、他でもない私のお願いだから渋々聞き入れた、といったところか。
「……チッ、どいつもこいつも気持ち悪ィ」
稀咲くんは心底嫌そうな顔で私と極悪の世代を交互に睨むと、忌々しそうにポケットから携帯を取り出した。そのまま、手慣れた様子でどこかへ電話をかける。
「……ああ、オレだ。
電話を切った稀咲くんは、ふう、と深くため息をつき、ソファの周りにやる気なく座り込む彼らを指差す。
「今九井に電話を入れた。あいつとあいつの部下が拾ってくる手掛かりから『あの青い液体の正体』が判明するまで、一歩も動くなよ」
「……それって私も含まれてる?」
「当たり前だ」
マジで言ってんの? このエアコンもなければ扇風機もない場所に?
私が抗議の声を上げる間もなく、稀咲くんはパイプ椅子を引っ張ってきてどっかりと座り、監視の目を光らせ始めた。
私が「一旦離れよう」といったことで、誰もべったり近づいてこない……その代わり、誰も私から視線を外さない。
ソファに座る私を中心に、一定の距離を保ったまま、獲物を狙う猛獣のようにじっとこちらを見つめている。
ただでさえ蒸し風呂のようになっているアジトだ。広さはあるが、風通しは悪い。そして人と人との距離がやけに近いせいで、余計に暑苦しく感じる。
「……なぁ。オマエの隣、座っていい?」
ぽつりと、竜胆がしびれを切らしたように口を開く。
「抜け駆けすんなよ竜胆。ナマエの隣はオレの指定席だろ」
蘭がすかさず牽制を入れた。
「あ? 奴隷が王よりいい席に座る気かよ」
イザナが冷たく言い放つと、再びバチバチとした一触即発の空気がアジトに満ちる。
物理的な暑さと、男たちの重すぎる視線の熱。文字通り息が詰まりそうで、私は膝に置いた自分の手をぎゅっと握りしめた。
やめろ。私のために争わないでくれ。今時少女漫画でも見ないような言葉が頭をかすめたその時だった。アジトの重い鉄扉が、乱暴に蹴り開けられたのは。
外の熱風と共に現れたのは、息を切らし、顔を引きつらせた九井くんだった。その手には、くしゃくしゃになった数枚の紙切れが握られている。
「マジでシャレになんねぇモン飲みやがって……!」
九井くんは、その顔に明確な焦りと絶望を浮かべている。普段は余裕綽々の笑みしか浮かべてないのに。どんなヤバい事実を知ってしまったというのだろう。
「……なんだその紙切れ。さっさと見せろ」
稀咲くんがパイプ椅子から立ち上がり、九井くんの手からひったくるようにその紙を奪い取った。彼は無言でその紙切れに目を落とし、次の瞬間、メガネの奥の目を限界まで見開いた。
「『クラゲ』だと……?」
クラゲ? 海を漂ってて、毒を持ってるあのクラゲ?
「ああ。
「
九井くんの言葉に、獅音が不思議そうに聞き返した。
「
「……ヘイリェンでもなんでもいい。その薬のことをさっさと教えろ」
イザナがやや苛立ったような声で催促する。
「得られた情報は少ない。稀咲の言う通り、アジトには本当に何もなかったからな」
「でもよ、何もないったってその瓶の情報くれぇは残ってるんじゃねぇのか?」
モッチーが浮かんだ疑問を即座にぶつける。
「いいや。
「……消された、と?」
「多分ムーチョの予想が正しい。あれは夜逃げにしちゃ綺麗すぎる……けど、今これ以上この話をしててもしょうがない。その瓶の中身に話を戻すぞ」
九井くんは、さらにこう続けた。今床に転がっている瓶の中身は、惚れ薬であると。
「……は? 惚れ薬だァ? んなもんあるわけ……」
「いや、でもよ」
真っ先に声を上げた獅音を遮り、モッチーが頭をガシガシと掻きながら、私のほうをチラリと見る。
「オレぁさっきから、こいつのことで頭がいっぱいなんだぜ。普通ならもうちょい違うことを考えててもいいはずなのによ」
「同感。オレも今すぐナマエを連れ去って、誰にも見せたくないくらいだし」
蘭がサラリと恐ろしいことを言うと、竜胆やイザナも無言で同意するように私を見つめてきた。その熱を帯びた視線に、再び寒気が走る。
「……なあ稀咲」
「なんだ」
「コイツらは、どれくらいの量を飲んだんだ?」
「そこに瓶が7本転がってるだろ」
まさか、と言わんばかりの顔で稀咲くんを見る九井くん。
「そのまさかだ」
九井くんの顔が青ざめる。
「本来なら2、3滴飲ませるものを、原液で丸々全部飲んだのか……?」
その言葉を聞いて、さしもの極悪の世代たちもざわつく。
「落ち着け。致死量の毒があるならならもうとっくにお陀仏だろう。そうじゃないってことは、一応問題ねえはずだ」
稀咲くんは淡々と諭す。
「……ちなみにその『クラゲ』って、飲んだ人に副作用とかも出るの?」
「この紙に書いてあることが事実なら、ある」
「へえ〜。『惚れた相手を手中に収めようとするため、飲んだ人間によっては暴力も辞さなくなる。また、惚れた相手と1週間以上接触がない場合、心身に様々な不調をきたす恐れがある』だってよ。えげつねぇなぁ♡」
半間くんがひょいと紙を覗き込んで笑いながら言う。いや笑い事じゃないぞその副作用。何それ!?
「それだけじゃねえ」
稀咲くんは半間くんからペラ紙をひったくるように奪い返すと、さらに血走った目で極悪の世代たちを睨みつけた。
「いいか、よく聞け。……本来2〜3滴のところを原液で丸飲みしたテメェらは、その副作用が何十倍にも跳ね上がってるわけだ。そして最悪なことに副作用がもう一つある。『複数人が同じ相手に惚れた場合、長期間同じ空間に留まると嫉妬心が増幅し、やがて殺し合いに発展する』ってな」
その言葉が落ちた瞬間、アジトの空気がピリッと張り詰めた。
「……へぇ」
蘭が面白そうに目を細め、竜胆が臨戦態勢に入るように首をポキリと鳴らす。イザナの瞳には、すでに底知れない冷たい殺気が宿っていた。
「上等だ。オレ以外の有象無象は、ここで全員……」
「ひぃぃ!」
「やめろ!!」
私が悲鳴を上げたのと、稀咲くんが怒鳴ったのはほぼ同時だった。
「極悪の世代がこんなアホみたいな理由で潰し合うな!!」
「だがな稀咲。今のオレ達は一緒にいれば殺し合いかねないんだろう? かといって、ナマエから離れたら体調を崩す。一体どうしたらいいんだ」
鶴蝶の言葉に、稀咲くんと九井くんが重いため息をつく。
「……だから、順番を決めるんだよ。ナマエと過ごすローテーションを組むんだ」
「ちょっと待って稀咲くん。それ私の意志ガン無視じゃない?」
「そうだな」
「そうだなじゃないよ!」
「でもそれしかねえだろ。このまま放っておいていいと思うか?」
言葉に詰まる。私ひとりじゃ手に負えないし、放っておいて事態が好転するとも思えない。
「異議なしだな。よし、じゃあ順番を決めるぞ」
九井くんがどこからともなくホワイトボードを引っ張り出す。どうやらあみだくじで決めるらしい。
「恨みっこなしだ。一人一本線を引け。それで誰が何曜日になるかを決める」
一人一人線を引き、日曜日がイザナに決まった。そこから、蘭、ムーチョ、鶴蝶、竜胆、モッチー、獅音と続く。
「来週の月曜……8月1日からこのローテーションを始める。異論ねえな?」
いやあるよ、と言いたかったけれど、みんななんだかんだ言って乗り気だ。どうして。
私だけが頭を抱える中、男性陣はやけに盛り上がっていて嫌な予感しかしない。生きて夏休みを越せますように。そう願うことしかできなかった。
