それは糸じゃなくて鎖_2
蘭目線。
ナマエは、いつからかオレの取り巻きとして側にいた。部下の誰だったかが「こいつも隣に居たいらしいんですけどいいっすか?」と聞いてきたから、テキトーに許可した覚えがある。今までもよくあることだった。
が、予想に反してあいつはほとんどオレに接触してこなかった。必死に取り入ろうとするでもなく、距離を保ってじっとこちらを見つめているだけ。
その視線には、下心なんて微塵も感じられなかった。あいつはただひたすら、オレの存在を目に焼き付けようとしていた。だからこそ印象に残った。
時々話しかけても、媚びるどころかキャパオーバーでロクに受け答えできない。そんな初々しさも、オレには目新しく映る。
その不器用な距離感が、オレにはすこぶる心地よかった。
他の女共のように、オレの領域にズカズカと踏み込んでこない。ただそこでおとなしく、熱を帯びた瞳でオレだけを見つめている。
オレにとってのあいつが、そこらの有象無象から、とびきり都合のいいお気に入りに変わるまで、そう時間はかからなかった。
だから誰かに好みのタイプを聞かれて、視界の端にいるあいつを意識しながらこう答えた。
「オレの好み? 弁えてる女」
「……というと」
「必要以上に連絡しないし、甘えない、後腐れのない奴」
そう言っとけば、あいつはこれからも特等席でおとなしくオレを見つめ続けるだろう。
そうすりゃ、もっとオレに夢中になるかもしれない。カリスマを間近で浴び続けてるわけだし。
そうやって、完全に高を括っていた。
翌日、翌々日と、ナマエは姿を見せなかった。風邪でも引いたか、と思って周りにいるヤツらには聞くこともしなかった。一人だけ気にかけんのは依怙贔屓みてーだし。
だが、一週間も姿を見せないとさすがにイラついてきた。あいつどこほっつき歩いてんだ。
ほかのどうでもいい女がやたらと絡みついてくるのに苛立って、オレは無意識に舌打ちを漏らす。その様子を見た女の一人が口を開いた。
「ナマエちゃんのこと探してんの〜?」
「……探してねェけど?」
「あの子ならしばらく来ないと思うよ〜」
「へー。なんでそー言い切れるワケ?」
「アイドルの○○追っかけてるもん」
○○? 顔くらいしか取り柄のない野郎どもか? なんでそんなヤツを? つながりが見えなくてオレが黙ってると、女は話を続ける。
「ナマエちゃん、あたしが持ってたグッズにキョーミシンシンだったからさ〜。持ってたCDあげたらドハマりしたっぽくて〜」
ブロマイドとかグッズとか雑誌とかめっちゃ集めてた〜、と女はだるい口調で続ける。
……その言葉が本当なら、あいつはオレという存在がありながら他の野郎にうつつを抜かしてんのか?
「ふーん。ま、どーでもいーけど」
得体のしれない感情を、無理やり喉の奥に飲み込む。そのあとどうやって家に帰ったか、よく覚えていない。
着替えることもせず、まっすぐ自分の部屋に向かってドアを閉めた。背後で結構でかい音がしたけど、そんなもん今はどうでもよかった。
明かりもつけずに、机の上のノーパソを開く。電源を入れてブラウザを立ち上げ、検索窓にアイドルの名前を打ち込んだ。
検索結果には、公式サイトやライブの情報、様々な画像が並ぶ。作り物めいた笑顔でスポットライトを浴びるその姿は、オレから見りゃ安っぽい偶像だった。
次のライブは三日後。五大ドームツアーの最終日らしい。あいつは、間違いなくそこにいる。
「……ふざけんなよ」
オレは誰ともなく呟いた。あいつの視線は、オレだけのものだ。
ライブ当日。ドーム周辺は、妙な熱気が満ち満ちていた。似たような格好をして、うちわやタオルを持った女がそこら中にいる。あいつはどこだ。ずかずか進みながら、オレは目を皿にして辺りを探す。
他人のために息を切らして走り回るなんて、オレのガラじゃない。きっちりセットしてきたはずの髪を乱してまでやることじゃない。そう思ってる筈なのに、今のオレは少しでも早くナマエを見つけたかった。
ふいに、強めの風が吹いた。また髪が崩れる予感がして、舌打ちが出る。
風が顔にかかるのを避けたくて下を向いたら、足元に紙切れが落ちていた。ライブのチケットだろうか。文字をよく見ようとして拾うと、落とし主と思しき声が聞こえた。
「ありがとうございま……っ!?」
聞き覚えのある声。オレが顔を上げると、めいっぱい着飾ったナマエがいた。石のように固まって、その目は真ん丸に見開かれている。
なんだその服。その化粧。オレの隣にいた時は、そんな気合入れた格好なんてしてなかっただろ、オマエ。
あの三流アイドルの為なら苦じゃねェってか?
「へー。最近見ねェと思ったらこんなとこ行ってんの?」
腹の底から湧き上がる、真っ黒な感情を押し殺して笑いかける。自分でも驚くほど低くて、冷たい声だった。
「なんで、ここ、に」
「つめてーよなぁ。オレのことほっといて他の男にうつつ抜かしてんだから」
オレが咎めるように言うと、あいつの顔がサッと青ざめる。その怯えた顔を見た瞬間、ここ数日の苛立ちが嘘のように晴れていくのを感じた。
「あの、返し……」
「ヤダって言ったらどーすんの?」
手を伸ばしてくるあいつを躱し、チケットをヒラヒラと揺らして見せる。
「ほんとに返して!」
「じゃオレのお願い聞けるかー?」
「聞く! なんでも聞く!!」
「うわ必死すぎだろ。じゃアイドル追っかけんのこれっきりにしろよ」
あいつの手が止まった。オレとアイドル、どっちをとるかなんて決まってる筈なのに。一瞬でも迷ったあいつを見て、苛立ちがぶり返す。
「返事はぁー?」
急かしても、ナマエは黙ったまま何も言わない。オレはチケットを両手で持つと、力を込めて左右に引き裂き始めた。紙が破れる音が聞こえてようやく、あいつは「これっきりにするから」と叫んだ。
オレは手を止めて、破りかけたチケットを渡す。初めからそう言っときゃいいものを、勿体ぶるからこーなるんだぜ?
「じゃ、外で待ってっから。もう他の男に目移りすんじゃねぇぞ」
青ざめた顔のナマエを見送る。何をしても渇いていた心が、今は満たされているのを感じながら。
