恋はよみがえらない
「あのさ、家で待ってろってオマエに頼んだつもりねーんだけど」心底嫌そうな顔で蘭に言われて「帰ったら真っ先にナマエの顔が見たい」という付き合い始めの彼の言葉が蘇る。もうそんなこと忘れているんだろうな。
「好きだから待ってるだけだよ」
「それが重てぇの。うざい」
「……別れたいの?」
蘭は「どっか行け」と言わんばかりに、手で払う仕草をする。
勢いのまま同棲し始めた頃のような笑顔は、そこになかった。顔を合わせたのもかなり久々だったから、本当に私と会いたくなかったんだろう。
私は、まとめていた荷物を持って部屋を出た。涙声のさよならと共に。
夜道を歩きながら人目も憚らず泣く女は、よっぽどヤバい奴に見えたのだろう。誰も近づこうとしなかった。
今は、それがありがたかった。
いつまでもメソメソしているわけにもいかないので、私は一度実家に帰った。そして新しいバイトを見つけ、徹底的にシフトを詰め込んでもらった。
一ヶ月も経てば、悲しみもだいぶマシになった。新しいバイトは覚えることが多すぎて、蘭のことを思い出す暇がなかっただけとも言える。悲しみには忙しさをぶつけることが一番いい。
今日も夜遅くまでバイトに明け暮れ、裏口からお疲れ様でしたの言葉と共に帰っていく——それで一日が終わるはずだった。
待ち伏せていた竜胆にぶつかるまでは。
「……なんでここがわかったの」
「あとで話す。ちょっと来て」
「もう何も話すことはないと思うけど」
「オレがあんの。兄貴のこと」
心臓がギュッとなった。忘れていたはずの蘭を思い出して、ずしりと足が重くなる。
動けなくなった隙に、竜胆は私の手を掴み、そのまま引き摺るように歩いていった。
行き着いた先は、竜胆が住んでいるというマンションだった。今はここに蘭も住んでいるという。ということは、同棲してたところは引き払ったのか。
などと考えていると、無理矢理一つの部屋に押し込まれた。誰かいる。
——蘭だ。ベッドに広がる黒と金の長い髪でわかる。
「兄ちゃん、ナマエ連れてきたよ」
その言葉で、蘭がガバァと起き上がった。そして私の肩を思い切り掴んできた。怖すぎて悲鳴すら出ない。
そしてずっとぶつぶつ呟いてる。振り解こうとしたらさらに強い力で掴まれた。
「アンタと別れてから、兄貴がすこーしずつおかしくなっちまった。てな訳でヨリ戻してくんね?」
「そんな勝手な理由で!? 今更」
無理、と言いかけたらさらに力が強まった。骨が折れる!
「な。オレと兄貴を助けると思ってこのとーり」
「人に物を頼む態度じゃない……」
軽いノリで復縁を頼む竜胆と、私を力一杯掴んだまま「……ナマエがいなきゃヤダ」と力無く呟く蘭。
骨折したくないので、復縁を受け入れるしかなかった。
それから蘭は変わった。よほどのことがなければ、バイト終わりの私を迎えにきてくれて、実家まで送ってくれるようになった。遊び歩くことも無くなった。
でもなあ。私が好きだった蘭はもういないんだよね。傍若無人なのに人を惹きつけてやまない、捉えどころのない男。でも今は?
私一人に縋らないとそれを保てない人になってしまった。そんな蘭は見たくなかったな。
こんなことを考えている私もいずれバチが当たるんだろう。蘭の頭を撫でてやりながらそう思った。
