鮮烈な夜
しくじった。
畜生め、と普段なら同僚の女性に窘められる程度の汚い言葉を吐き捨てたい気分だ。
この考え得る中で限りなく最悪に近い状況。リリーが数年かけて積み上げた実績と信用を全て奪い去って行ったのは数発の銃弾だった。
銃弾をぶち込まれた部位から流れ出していく血が、まるで他人事のよう。それだけ、頭が痺れていた。
夜、ああ、星がよく見える日の夜だ。
いつものように、潜入先から仕事を与えられる。ただでさえ自分はスパイという立場だ、少しでもボロを出せば殺される。
だからこそ慎重に慎重を重ねて今までやってきた。失敗は許されない。
だから、潜入先の女幹部から仕事の通達があるととある廃コンテナの並んだ廃棄場まで来たのだ。
あの女幹部はある程度融通が利くから、まだ仕事がやりやすい方だ。
―――そう思って、いた。馬鹿な事だ。『戦場』に於いて兵士が油断するなど!
「無様なもんだな」
「ぐ、ぅ…ッ、な、…!きいて、ない…!!」
「聞こえねぇな、ギムレット」
廃棄場に灯りなどない。ここら一帯周辺は一切人が住んでいない。銃声なんて気にしなくていい。
夜の闇の中に溶け込んでいる黒ずくめに身を包んだ銀の長髪の男は、撃たれた箇所の一つである脇腹を押さえて地に這い蹲るリリーを嘲笑うように見下ろしていた。
聞いてない。報告されていない。何故。何故、お前がいる。
「ッ、ジン…!此処に、来るのはベルモットの、はず…!」
「あの女がお前の始末を遂行するのか些か「不安」でな。俺が出向いてやった。なあ、NOC」
「…!!」
最初から、始末するつもりだったのだ。この男は。
リリーがスパイだと気付いていたのだ。一体どこから情報が漏れた?いや、もうそれはどうでもいい。
今から自分は間違いなくこの男に殺される、それだけが確信を持って脳内で警鐘を鳴らしている。
唯一、安堵できそうなところといえば。…リリーが傭兵として個人で動いている、という風にとられている所か。捜査官としては新米なのが幸いした。暫くは、足がつかずに済むかもしれない。
――――いとしい彼らに、迷惑を掛ける事になるのだから。あちらの痛手など、自分の死のみで充分だ。
本来傭兵が持ち得る財産など己の身体のみだ。その癖して、随分と自分には大事なものが増えてしまった。死ぬ前に改めて自覚する。傭兵としての自分等疾うに死んでいたのではないか。
今自分を殺そうとしている奴がジンなんて男じゃなければ、笑い出していたところだ。
ごめんなさい、ジョディ。貴女は自分を責めるんだろうな。どうかこれから、彼の事を支えてやって。
ごめんなさい、キャメル。貴方と彼の事で語り合う事が好きだった。もう貴方の車に乗れないのが残念だ。
ごめんなさい、ジェイムズ。上司でありながら、時に孫のように接してくれたのが実はちょっと嬉しかった。
――――ごめんなさい、明美。自分では、貴女の仇を取れそうにない。
「―――――、」
――――秀。…秀。ごめんなさい。私まで、貴方を置いて逝く事になるなんて。こんな終わりって無い。
抜き身のナイフのように鋭い人間だから、みんな誤解をしがちだったけれど。貴方って割と繊細だったから。
ああ、もう貴方の背を守れないのか。貴方の心地の良い信頼を、もう浴びる事も、無いのか。後生だどうか、どうか此の死が貴方の引き金を引く指を震わせることがない事を祈っている。
貴方の隣に立てていた事、それがリリー・フォーサイスの最高の誇りだった。
ああ、もう、頭の中が痺れて動かない。
ジンが頭を掴んで、口の中に何かを流し込んだ。毒だろう。
意識が遠のいていく。ジンが去っていく背中が見える。くそ、あの背中に一発でも銃弾ぶち込んでやりたかった。
でも、いつだってそんな事よりも、彼と仕事をする時間を優先していたかったから。
そんなんだから、どっちも出来ないまま死ぬのだと今になって気づいたのだから、救いようがないにも程がある。
「……しゅ、う……………」
ごめんなさい。
置いて逝きたくない。貴方を独りにしたくない。
ごめんなさい。
ごめん、なさい――――――
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