「…という事があったんだ」

艇に戻った一行は事のあらましを艇に残っていたパーシヴァル、ランスロット、アルベール、ラカムに伝えた。
それぞれが様々な表情をする中、最も険しい表情をしていたのはパーシヴァルだった。

「パビヂチーリの王と宰相を信用するな、か…確かにその男はそう言っていたのだな?」
「は、はい!特に私は気を付けるようにって…」
「あまり宜しくない情報だな。確かウェールズ…氷皇アグロヴァルはパビヂチーリと様々な条約を結んでいた筈だ。パビヂチーリの当代王も即位して長い」
「兄上の目が曇る事などあり得ぬ。だが確かに最近のパビヂチーリから流れてくる噂はどうも…」

パーシヴァル、いやウェールズにとってパビヂチーリは決して無視できない国である。
長らく互いに競い合うように発展してきた国だ。その国がどうもきな臭いとあっては落ち着かないだろう。

「そもそも、パビヂチーリってどんな国なんですか?」
「ほとんど聞いた事ねえ国だよなあ、でもトサカの兄ちゃんの国とは関わりがあるんだろ?」
「ああ、パビヂチーリは―――」

帝国・パビヂチーリ。
古くから存在し、幾度となく行われた戦により領土の拡大と縮小を繰り返してきた国だ。
国土の7割が雪に覆われた極寒の国で、資源が極めて豊富な国である為工業・軍事産業はバルツに並ぶ一大国家。
軍事国家であるが故に政治には軍部が極めて密接に関わっており、歴代国王は軍部の最高顧問も兼任している。
最近は経済が急発展し、発達したテクノロジーによって徹底的に情報統制が為されパビヂチーリの情報はあまり流れなくなった。
それと同時に黒い噂も立ち始めている。きな臭くなり始めたのはそう最近の事でもないようだが。

「まあ、パビヂチーリといえば極寒の大地と発展したテクノロジー、あとは…軍部だな」
「軍部…というと、エルステ帝国のような?」
「騎士団を一切置いていない代わりに専門的な分野に特化した特殊部隊が多数配置されているとは聞いたことがあるぜ。科学が極めて発展している代わりに魔法が軽視される傾向にある、ってのはオイゲンから聞いた話だなぁ」
「傾向としてはバルツ寄りというところか?」
「まあ寒冷地版のバルツってとこだな」

つまり工業国ということだ。グラン達の頭の中にバルツが浮かぶ。
バルツは熱と鉄の国だったが、国土の7割が積雪地帯というのは想像もつかない。近郊の村があれだけ温暖だったのだから猶更だ。

「一年の大半が冬だからな、あったかい飯がうめえぞ。ボルシトゥっつう赤いカブを使ったスープがとにかく美味いって話だぜルリア」
「は、はうう……ボルシトゥ…!」
「おいおいラカムゥ、ルリアの腹が鳴っちまうぜ〜」
「ビィさん〜!!」

そういえばあの男―――『リューダチカ』と名乗った男は、「タスカー」という名の店が美味いといっていた。
そこにボルシトゥはあるだろうか。あったらいいね、とルリアに言えば嬉しそうに彼女は頷いた。

「そして、パビヂチーリといえば『星墜とし』だ」
「?何アルベール、その『星墜とし』って」
「とある男の異名でな。…国一つ消し飛ばした事もある大星晶獣を、たった一人で破壊したパビヂチーリの英雄だ」

星晶獣の力が如何に強大なのかは、ルリアのグランは身に染みてよくわかっている。
土地によっては神として祀られる程の大いなる力を持った古代の意思持つ兵器。このグランサイファーにも何名か星晶獣が乗員している。初期メンバーであるロゼッタもその一人だ。
一度は刃を交えた事のあるロゼッタ曰く、星晶獣は能力を行使する範囲を限定して真価を発揮する。
ルーマシーに根を張っていたユグドラシルとロゼッタ、ポート・ブリーズに祀られていたティアマト、アウギュステの海の守り神であるリヴァイアサンはその筆頭だ。
その何れも天災級の力を持った兵器であり、それらを下してきたグランとて決して一人ではあれらに対抗などできない。
それを、たった一人で。

「ジークフリートの他にも化け物を一人で打ち倒す蛮勇がいてたまるかと疑いはしたがな」
「実在が確定した時のパーシヴァルの顔は見ものだったな」
「いたんだね、実際に」
「私もエルステ帝国にいた頃に聞いたことがある。とはいってもまるで伝承のように不確定な話ばかりだったから眉唾物だったが…本当にいたのだな、星墜としは」

カタリナの在籍していたエルステでも半ば伝説のような扱いになっているらしい。それだけ、大星晶獣を討伐するという事は偉業なのだ。
それこそ、真龍ファフニールをたった一人で打ち倒し『竜殺し』としてその名を轟かせたジークフリートのように。
今では情報統制が敷かれ殆ど情報が流出しない状態となっても尚遠方のエルステやフェードラッヘ、レヴィオン王国にまで異名が届くとは。

「すごい人なんですねえ…」
「貴族主義だったパビヂチーリの価値観を根底から揺るがしたらしいからなあ。星墜としは孤児だったと聞くしな」
「星墜としは謎が多いんだ。根も葉もない噂に尾ひれがついてとんでもない事になってる。終いには星晶獣に育てられた男なんて噂も立ったくらいだ、殆ど信憑性なんて無いに等しいさ」
「す、すごい人なんですねえ……」

星晶獣に育てられた男。それは、あまりに。グランも顔を引き攣らせる。
その後もランスロットやアルベール、ラカムから出た真偽の不明瞭な根も葉もない噂に苦笑いしつつも、グラン達の脳裏にしっかりとその男の話が焼き付いた。
一体どんな人なんだろう。善人だろうか、悪人だろうか。

「その星墜としさんは、名前はなんていう人なんですか?」
「あー…名前は分からないな。どうも機密事項らしい」
「ウワッ出たよ…軍事国特有の『機密事項』ってやつ…」
「まあ名前なんてわからなくても俺達の間では星墜としとか『星砕き』で通ってるしな。あと―――『将軍』とも呼ばれているよ」

――――将軍。グラン達の脳裏で引っかかった。
最近、本当につい最近。その言葉をどこかで聞いた気がする。
何処で聞いたのだったか。霞がかって情景がぼやけてしまう。何処で聞いたのだろう。
揃って首を捻るグラン達に、パーシヴァル達もまた訝し気な表情を見せたが、その時、廊下をとたた、と駆けながらこちらへ近づいて来る足音に思考をシフトさせる。

「あっグラン、ここにいた〜!」
「あれイオ、ロゼッタと出てたんじゃないの?」
「そうなんだけど…」
「ごめんなさいね団長さん」

息を切らして駆け込んできたイオと後ろから遅れて出て来たロゼッタに首を傾げる。

「団長さん、数日後にパビヂチーリに行くって言ってたわよね?」
「うん、そうだけど…何かあったの?」
「依頼よ、団長さん。パビヂチーリの国王さまから、この騎空団へ直々にね」

沈黙。

「「「ええええ!!!???」」」

グラン、ルリア、ビィの息ぴったりの絶叫がグランサイファー内に木霊した。
どういう事だとロゼッタ達に詰め寄るグラン達を尻目に、パーシヴァル達は胸騒ぎに眉を潜める。

(国王直々にこの騎空団へ?…このタイミングでか?)

ルリアは特に、を強調した『国王と宰相に気を許すな』という、謎の男からの警告。
不穏なパビヂチーリの情勢、黒い噂、そしてこのタイミングでの国王直々の依頼。
一度兄上に報告が必要か、とパーシヴァルの中の胸騒ぎが兄であるアグロヴァルへと繋がった。






破裂音。轟音。断続的に響く破壊の音が轟く。
重い鋼が剛力によりぶつかり合う音が耳を劈き、合間。

「ハァー……腕は鈍ってねえみてェだな」
「そちらこそ。一線から退いて尚、一切衰えてはいない様子だ。相変わらず手札を見せない」
「俺に銃を抜かせといてぬけぬけと言ってくれるな」

漆黒の鎧を纏った剣士が身の丈ほどある大剣を軽々と振るう。もう一方は灰色のマントを翻しその一撃を躱すと、剣の上に飛び乗り黒衣の剣士の顔面へと鋭い蹴りを放った。
紙一重でそれを躱され、舌打ちを零す灰色の男は剣から飛び降りると態勢を整えるべく距離を取る。
それを追う事はしない。互いに加減をしている。これは殺す事を目的とした戦いではない。だが互いの攻撃は人間離れした練度と精度、威力を誇っていた。
黒衣の剣士は剣を降ろし、兜を脱ぐ。戦いの意思はない、その表示に灰色の男もまた構えを解いた。

「……フェードラッヘから遥々何の用だ、ジークフリート。俺を試したようだが」
「真実を知りたかった、それだけだ。我が師、我が兄弟、我が盟友よ」
「俺が騎士道精神とやらに馴染めねえのはやっぱりお前さんが原因だとつくづく思うね。……それで、真実とやらを知ってどうする?竜殺し」

フードから垣間見える、ジークフリートがいつか見た竜の血のように赤い瞳。そこから発せられる、並大抵の戦士には耐えられぬ重圧と殺気が今となっては心地いい。
ジークフリートにとって、それは喜ばしい事であった。
嘗ての己も信じたこの男の高潔さは、今尚失われてはいないのだと確信する。
騎士の志に決して馴染めないと吐き捨てながら。現実を直視し続け、絶望に立ち向かい続けても尚理想を夢見続け、その為に長く地獄に身を置き続けている、ジークフリートが知り得る騎士達よりずっと潔いこの男の在り方に感嘆する。
だからこそ、喜ばしい。
漸く、

(漸く貴方と、―――肩を並べる事が出来る資格を得た)

く、と口を持ち上げるジークフリートに、理解したように、男は目を伏せた。

「……大馬鹿野郎だ、相も変わらず、お前はよ」
「ははは、褒めても今は何も出せんよ」
「…本当にお前は、俺の知ってる中でも一番『覚えの悪いヤツ』だなあ」

くは、と牙を見せて笑う男にジークフリートも笑った。
これから為す事を前にして、おかしな話だと思う。
それでも。――――この男がいる地獄を思えば、なんてことはないのだ。



「盟友の為だ―――もう一度大罪人の汚名、喜んで被ってやろう。『星墜とし』リュドミール」