グラン達へ依頼がある、と呼びかけたのがパビヂチーリの国王である―――という一大事件をロゼッタ達から知らされて一夜明けた翌朝、グランはルリアとビィ、カタリナ、念のためラカムとパーシヴァルの二人も同行してパビヂチーリの国王の下へと登城した。
ラカム達が昨日言ったように凍土であるという話に偽りはなく、暖かな春を思わせる近郊の村とは打って変わって痛い程に冷ややかな吹雪が晒されている肌の部分を叩いてくる。
常に薄着のルリアも流石に完全防備で外出する羽目となった。ビィは本気で死ぬ恐れがある為、たっての希望でカタリナのコートの中に収まっている。

門番に招き入れられた王城はフェードラッヘやウェールズとはまた異なる建築様式で、どことなくエキゾチックな雰囲気を醸し出していた。
美しい壁画や調度品にグランやルリアが気を取られていると、奥から厚手のマントを羽織っているもののかっちりと軍服に身を包んだ厳めしい男が現れる。
彼が王だ―――そう判断し、グラン達は背筋を伸ばし、腕を後ろに組む。
膝をつき首を垂れるのではなく、軍隊の如く、敬礼をせよと伝えられたとおりに。

「…良くぞ参った、歴戦の騎空士よ。楽にするが良い」
「はい」

そう言われて初めて、姿勢を楽にする。とはいっても、構えを解くという意味だ。

「我はこのパビヂチーリ第28代国王、ウラディーミル・バラノフスキーである。諸君らの評判は聞き及んでいる。―――本題に入る前に、現在このパビヂチーリで何が起こっているか、理解はしているか?」
「いいえ。我々もつい先日、偶然近郊で艇を休めていた次第ですもので。情けない事に、『何かが起こっている』という漠然としたものしか」
「良い。それだけ未だ我が国の情報統制が機能しているという証でもある」

国王は目元を一瞬緩めると、再び空気をぴんと張り詰めさせる。
成程、とパーシヴァルは目を細めた。紛れもなくこの軍人も王の器である。

「現在このパビヂチーリは前代未聞の混乱に陥っている。故に我々も今朝、全空に情報を発信した。諸君らが知らぬのも無理はない」
「パビヂチーリが全空に情報を?」

ラカムが顔を顰める。テクノロジーの発展したこの国にとって、情報は命にも等しい。
故に徹底的に情報統制を敷いているのは誰もが知る事だ。何よりも情報と機密を重んじるこの国が、全空に情報を流すなど正に前代未聞だ。
それだけの事が今この国で起こっている。
だがそれが、何の関係があるというのだろう。

「我が国が誇った大英雄―――『星墜とし』が、クーデターを起こしたのだ」
「………!?」

空気が凍てついた気がした。
場内の、先程まで息の音一つ立てずに立っていた門番が息を詰めた。じわりと滲む怒りの気配がした。
昨日聞いたから知っている。星墜としが如何に凄まじき戦士だったのか、この国の基盤となっている価値観を根底からひっくり返せるほどの影響力を持った男だったという話がその証明だ。
その英雄が、クーデターを。
リューダチカが言っていた、騎空士や賞金稼ぎ達がピリピリしているというのは。

「…星墜としがクーデターを…何故!?理由は、」
「狂人の沙汰なぞ理解できるはずもあるまい。奴は己の母屋である孤児院を襲撃し幼い弟妹達を虐殺し、この国の最高機密である情報をも奪い、国を脱走したのだ…ッ!!」

憤るような国王の声音に、パーシヴァルをも言葉を失った。
―――恐るべき星晶獣の脅威からたった一人で国を守った男が、孤児達を虐殺し、国の情報を盗み出し、国から逃げた。
英雄の信じがたい末路に、カタリナが息を詰める。同じ軍人として、信じたいものがあったのだろうに。

「…子供達は見るも無残な姿だった。事態を把握し突入した部隊も皆殺しにされた。……星墜としは最早地に墜ちたのだ。信じたくはないだろうが」
「………それで、依頼、というのは…」
「…星墜としに、懸賞金をかけた。以前より賞金稼ぎ達や騎空士がこの国に現れるようになったのは皆、奴が目的よ。……諸君の腕を見込んで依頼する。―――『星墜とし』リュドミール・レヴォリ・ウストヴォーリスカヤ元少将を生け捕りにし、我が前へ連れてまいれ。その後は然るべき処理の後………奴をこの手で、処刑する」

この凍土などまだ温いと感じたほどに、国王の声は冷たかった。




「……良かったんでしょうか。依頼を受けてしまって」

まだ混乱している様子のルリアに、最終的に依頼を受諾したグランが眉間に皺を寄せた。
色々と、昨日の今日で衝撃的な事実を聞いてしまって、グランもまだ混乱していた。
まだ顔も人となりも知らない相手に対して、どうしてこんなにもショックなのだろうと考えてしまう。

「依頼を受けたことによって堂々と情報が集められる。まだ本格的に捜索に乗り出さずとも問題は無いだろう。星墜とし以外にも調べたい事がある事だしな」
「何だよトサカの兄ちゃん、調べたい事って?」
「そもそもおかしくないか、ビィくん」

切り出したのはカタリナだ。だがどうやらカタリナだけでなくラカムも引っかかっている事があるらしい。
パーシヴァルも恐らく同じことを考えているのだろう。
ルリアとビィは顔を見合わせた。

「グラン、星墜としに掛けられた懸賞金の額は見たか」
「見たよ。すごい額だった、あの額なら名のある騎空団でも喰いついて来る」
「そうだ、あれで国王がどれだけ星墜としを捕まえたがっているのかが良くわかる。だが不可解な点が多い、ただのクーデターが目的ならばなぜ星墜としは孤児の虐殺を起こした?」
「確かに、ただ黙って情報を盗めば良かったはずですもんね…」
「奴の腕ならば情報だけを盗み取る事は不可能ではない、子供を殺す必要などどこにもない。…それに、星墜としはその孤児たちと共に暮らしていた事もあったと聞いている。…家族同然に育った者を、クーデターの為だけに殺す理由がどこにある」

もしも本当にそれを成したのだというのなら、決してグラン達には理解も出来ない狂人なのだろう。
本当に狂人なのかもしれない。
でも、国を亡ぼす程の力を持った星晶獣相手にたった一人で立ち向かったというその偉業に、どうしてもあの竜殺しがちらついてしまうのだ。
王殺しの汚名を着せられ、国中から追われても走り抜き、名誉を取り戻した大英雄。星墜としの人物像が全く定まらない。
カタリナは「それに、」と続いた。

「この国にとって情報とは生命線だ。だがそれは星墜とし側にも言える事だ。情報は鮮度が命だと言うが、つまり星墜とし側もクーデターを完遂したいのなら次の行動を起こすのにそう間を空けないはずだ」
「つまりそう遠くには行かず、どこかに身を隠してるってこと?」
「長い間この国の上層に食い込んでいた男だ、情報操作ならお手の物だろう。だがこれだけの厳戒態勢だ、限界はある。――――奴一人ならば」
「協力者がいる、っつうことだな。それも相当手練れ、もしくは…何かしらの組織がバックについているか」
「或いはその両方だ」

根気のいる依頼になりそうだ。虱潰しに情報を探し、辛抱強く行くしかない。
そして、国王の事も念頭に置かなければならない。
リューダチカが言っていた言葉がどうしても引っかかる。国王と宰相に気を許すなという忠告。
…彼ならば、何かを知っているだろうか。星墜としの事を。国王のことまで知っていた男だ。

「…パーシヴァル、僕、心当たりがあるんだ」
「………昨日お前達が出会ったという、忠告を残した男か」
「リューダチカといったか」

そうだ、リューダチカ。彼を探せば分かるかもしれない。
確かあの時グラン達とリューダチカを襲った男達も、何かを知っているようだった。
何を、何を話していたのだったか――――

「……あれ?」
「どうした?グラン」
「リューダチカと、僕達を襲った奴ら…何を話してたか、ルリアたちは覚えてる?」
「えっ…?確か…あ、あれ?」
「待て、私も…」
「オイラも、……あれ?なんでだ?なんで誰も覚えてねえんだ!?」
「オイオイどうなってやがんだ、聞いてたんだろ?」
「聞いてたよ!でも思い出せないんだ、丁度その部分だけ、靄がかったみたいに…」
「………」

パーシヴァルとラカムが顔を顰めた。
ここまで綺麗さっぱり、そして丁寧に誂えられては嫌でもわかる。

「グラン、そのリューダチカという男を探すぞ。間違いなく鍵は奴が握っている」
「リューダチカさんが?どうして、」
「明らかにお前達の記憶が操作されている。それもそのリューダチカという男の情報だけが的確に消されている。少なくとも関わっている事は確かだ」
「記憶を操作なんて、幾らなんでもそんな芸当を……まさか、」
「…………星晶獣が、関わってるってこと?」
「否定はできん」

あの美しい男を思い出す。フードに覆い隠された容貌、灰色のマント。しなやかで鍛え上げられた肉体。
冴え冴えとした赤い瞳に慈愛をあらんかぎり溜め込んだような、あの男へと確かに感じていた安堵が消えていく。
残ったのは漠然とした不安と不信感だった。

(リューダチカ、あなたは、)

あの時の優しすぎるくらいの慈愛ですら、操作された偽りの記憶なのだろうか。
それすらも、何も、信じられなくなりそうだった。