グラン達が一度艇に戻ると、艇を出るまでは見なかった顔が看板に腰かけていた。

「ユーステスさん!おかえりなさい!」
「仏頂面の兄ちゃん!もう任務は良いのか?」
「いや。だが艇を離れたままではかえって都合が悪い。だから戻って来た」
「だからって外で待ってなくてもいいだろ!見てるこっちが寒いぜ、早く中に入れ!」

吹雪いてきたというのにユーステスはいつもの服装だった。エルーンは皆背中のあいた服を好んで身につける為、見ている分にはあまりに寒い。
ラカムにせっつかれ艇の中に戻れば、温まった空気が凍えた身体を芯から温めた。

「あら団長さんたち、お帰りなさ〜い!寒いだろうと思って暖かい飲み物を用意しておいたわ!」
「ありがとうファスティバ!」
「あっ!あったかいココアです〜!」

グラン達がファスティバから暖かい飲み物を貰い、笑い合いながら飲んでいる姿にラカム達は笑んだ。
そんな中、パーシヴァルはユーステスに視線を遣る。
ユーステスという男は不愛想で言葉数が少なく、組織に属し時に非情な任務に就く事も少なくはないが根は決して冷たい男ではない。グランとルリアを始め、この騎空団を取り巻く暖かでアットホームな空気を好んでいるのは知っている。
そのユーステスが彼らへ向ける視線が、どことなく遠くを見ているようだったのが気になった。

「…任務で何かあったか」
「支障はない。思う所があった、それだけだ」
「…そうか」

(……あの男も、きっとこのような光景を愛したのだろう)

今もこの艇の外のように、凍えた場所にいるのだろうか。
それがどうしても、ユーステスの心臓に爪を立てるようだった。



翌日、吹雪は止んだものの依然として寒さは残ったままだった。
息を吸えば喉の奥まで凍りそうなほどに空気が凍てついている。

「さて、またパビヂチーリに行って…タスカーのおばあさんの所に行こう。もう少し話を聞こうと思うんだ」
「俺とパーシヴァルは別の方面へ情報収集に行く。ユーステス、団長たちを頼んだ」
「言われるまでもない」

今日も街へ降り、情報を集める。
メンバーはグランとルリアとビィ、そしてサラ、カリオストロ、ユーステスだ。彼らとは別行動としてパーシヴァル、アルベールも情報収集に赴く。
子供の方が集めやすい情報もあるだろうということでグラン側はやや年齢層が低い。
それに伴う経験不足はカリオストロとユーステスが補う予定だ。

「俺様をこんな寒空に引きずり出すたぁ良い身分だな…」
「私、雪なんてほとんど見た事なくて…本当に真っ白…!」
「ハッ…この雪にたくさんのシロップをかけたらかき氷が食べ放題なのでは…!?」
「……大丈夫かぁ?このメンバーで」
「大丈夫だよ、ユーステスもいるしね」

ビィの心配にグランは明るく返し、ユーステスは小さく息を吐いた。



「あら、今日はお遣いかい?」
「違うよ、情報収集」
「精が出るこったね!ほれ、これ食って今日も頑張りな!」

タスカーに赴けば、老婆―――ソフィヤがにこやかに出迎えてくれた。
昨日とは打って変わって店の中にはちらほらと人の姿が見える。常連なのだろう。
ソフィヤから貰った鶏肉とショウガの具沢山スープはあっさりしていながらもしっかりと腹に溜まる。

「美味しいです…!とっても!」
「ふふ、この地域はずっと寒いからね。身体をあっためるスパイスが欠かせないのさ。市場に色んな種類があるから見ていくといい」
「じゃあ情報収集が一段落したら市場を覗きに行こうか、サラ」
「ありがとうございます!」
「はっはっは、微笑ましいこったなあ!こりゃあの坊主もひょっこり顔を出しに来るかもしれねえぜ」
「違いねえ、アイツは子供の世話を焼くのが大好きだったからなあ!」

常連の老人たちが口々に言うのを心の内に留める。
彼らもリュドミールを知っている様子で、軽い口調ながらもその目にはどことなくもの寂しさの影がちらついた。
ソフィヤは少し悲しげに笑う。

「此処の常連共は皆あの子を知っているよ。みーんなあの子を信じてんのさ、それしか私達に出来る事は無いからね…」
「ソフィヤさん…」
「………、ッ!?」

ふとルリアが顔を上げた。
窓の外を弾かれたように見遣ったその瞬間、地面を突き上げるような衝撃が国中に響き渡る。
ソフィヤの悲鳴と皿が割れる音が響く中、グラン達は直ぐに武器を構えて立ち上がった。

「何だ?」
「グラン、外から星晶獣の気配が、」
「行くぞ!」

カリオストロの声で店を飛び出す。
街の至る所から煙が上がっており、断続的な振動と怒号が今現在のこの国を襲う混乱をハッキリと表していた。
街の人々が雪崩れ込むように逃げ惑う中、ちらほらと武器を構えて街の中心へと走っていく者達がいる。
騎空士や賞金稼ぎばかりだ。

「星墜としだ!星墜としがいたぞ!!!」
「奴め、王城から出てきやがった…!」
「国王の容態は!?」
「……!」

その声にグラン達は顔を見合わせ、彼らの声の元へと駆け出した。
僅かに顔色を変えたユーステスに誰も気づかぬまま、中央へと向かう。
「この先から気配がします!」とルリアの探知を頼りに行けば、中央の広場へと辿り着いた。

「なっ…」
「派手にやりやがったな…」

やや引き攣ったようなカリオストロ、愕然とするグラン達の前に広がっていたのは一面に倒れ伏している人々の姿と、その中に一人佇む男の姿だった。
倒れているのは皆賞金稼ぎや騎空士達で、街の人はいない。
見覚えのある姿にグランは顔を顰める。星の光を閉じ込めた長い髪をはためかせ、フードを脱いではいるが間違いなく探していた姿だ。

「…リューダチカ、いや、リュドミール…!」
「遅かったな、坊主。丁度終わったところだ」

血の付いた頬を拭いながら、さも何事もなかったかのようにあっけらかんとリュドミールは笑んだ。
腰に収めた短剣の柄に血がこびりついている。
あれ一本でこれだけの人数を下したのか。いやそれ以上に、以前出会った時には纏っていなかった重苦しい殺気が呼吸さえも苦しめる。

「お前…王城から来たと聞いたが、まさか国王を殺ったのか」
「そのつもりではあったが安心しな、残念なことにまだ息はある。だが目的は果たしたんでね、今から帰るところなんだが」
「できるとでも?」

カリオストロの言葉に笑みを深める。グラン達は武器を構え戦闘態勢に入っているというのにリュドミールは腰に収めた短剣を抜く気配はない。
あの時と同じだ―――『興味はない』と、その態度から、気配からそれが読み取れる。

「お前さんらと戦う理由はないんでね」
「…貴方になくても、僕達にはある。そういう依頼だ」
「………そうか。国王の依頼を受けたんだな」

笑みが消えた。表情が消える、その瞬間に比べ物にならない程の殺気が全身に圧し掛かった。
サラとルリアが膝をつく。グラビティを掛けられたのか、それともミゼラブルミスト―――何かしらのアビリティをかけたのだろうかと錯覚しそうなくらいだ。

「ちと圧かけたくらいで及び腰かい。それで何ができる」
「これくらいで勝った気に、なるな!」

グランが目にもとまらぬスピードで懐へと飛び込む。振り抜いた剣がリュドミールの頭上を掠めた。
紙一重で躱されるも続いて二撃目三撃目と重い一撃を繰り出す。避けるタイミングが読み切れずに舌打つと、リュドミールは機嫌良さそうに笑った。

「良い腕だ。特に三撃目、それが一撃目に来てりゃ完璧だな」
「随分余裕だねっ、そぉーれ☆」
「!」

カリオストロのアビリティ、『ディスラプション』が発動する。
一瞬生まれた隙を逃さず、グランの剣に合わせたユーステスの弾丸が間合いに滑り込んだ。
一撃入った、と確信したグランの剣はキィン!と鋭い音を立てて弾かれる。

「なに、」
「厄介な錬金術師がいるな」

一瞬前まで空だったリュドミールの左手に白銀の片手剣が握られていた。
無駄な装飾など施されていない、だが洗練されたフォルムは究極の造形美と機能性を追い求めて打たれたものだ。多くの剣を握り振るってきたグランにはその剣が如何に凄まじいものか一瞬で見て取れた。
剣が振るわれる。ィィィイイイ―――――と絹を裂いたような甲高い、悲鳴のような音が剣から響いてきた。

「不滅の剣よ、叫を織れ…!」
「いけない、グラフォス…ッ!」

不吉な悲鳴が剣から響く直前、カリオストロの前に割り込んだサラとグラフォスの『クアドリガ』によって攻撃が阻まれる。
それに一瞬目を細め、そしてやや顔を顰めた。

「やっぱ剣は戦い辛ぇ、なっと!」

グランの猛攻をしっかりと凌ぎながらも如何にもやりにくいといった顔を見せる。
暫くグランの攻撃を受け流していたリュドミールが、直後ひらりと身を左側へ退けた。

「『ローエン・ヴォルフ』ッ!!」

完全な不意打ちにも関わらずパーシヴァルの奥義を躱し切ったリュドミールに、更に神速で間合いを詰めたアルベールが真上から飛び込んだ。

「『ロード・オブ・ブリッツ』!」
「ッッぶねえ、な!」

弾かれるように回避し切ったが、掠ったのかリュドミールの頬に赤い線が生まれる。
グランの攻撃、そして不意打ちのパーシヴァルとアルベールの奥義を喰らっても尚薄い切り傷一本のみで済ませられてしまった。
化け物か、とパーシヴァルは舌打つ。
やりにくいのはリュドミールとて同じで、更にやりにくそうに顔を歪めた。

「不慣れな武器でストレスだってのにここで炎帝と雷迅卿の増援か…」
「例え星墜としといえどこの人数を相手には無謀だと思うが?」
「は、活きのいい小僧だ」

アルベールが突っ込む。迅雷の如きスピードで繰り出される斬撃を受け止め、リュドミールが間合いを取ろうと飛び退いた。
続いてパーシヴァルが斬り込み、追い打ちのようにアルベールが二撃目、グランが連撃を叩き込んだ。
流石に手練れの三人を相手にするのはきついのか、徐々に押されつつあるリュドミールにカリオストロとユーステスの追い打ちが叩きつけられる。

「『アルス・マグナ』ァ!!」
「『アシッドレイジ・ロアー』…!」
「!ちィ…!」

爆風が吹き荒れる。咄嗟に爆心地から逃れたパーシヴァル達は構えを取り直した。
流石にアレを喰らって無傷ではいられないだろう。
立ち込める砂塵と黒煙が一瞬揺らいだ。まだ倒れてはいないらしい。
ふと爆炎が収束して晴れたその場所に、未だ剣を手にして佇んでいるリュドミールに今度はカリオストロも顔を歪める。
その時、ルリアが気付いた。

「グラン、リュドミールさんの後ろに…!」
「!まさかっ」
『ほう、気づいたか』

巨大な肢体がリュドミールに纏わりつくように鎮座していた。
豊かな金髪を鬣のように靡かせ、リュドミールと同じ色をした赤い眼でそれはグラン達をねめつけている。

「心配性だな、レト」
『我が子の身を案じず何が母か。退け、リュドミール』
「ほお、あんたも無謀だって?」
『極限の加減を維持できるほどこ奴らは容易ではない。…汝が心配だ』

極限の加減、というワードにパーシヴァル達が反応する。加減をされていたのは分かっていたつもりだった。
だが極限の、とわざわざつけたという事は、自分達はこれ以上ない程に手を抜かれて相手をされていたというのか。

「随分と舐められたものだな」
「違うね。俺はただ正々堂々と喧嘩をするタマじゃないだけさ」
「戯言を…!」

その時だ。この戦いの舞台へ、王城から派遣された大勢の増援の兵士達が広場を取り囲む。
皆が皆、有り余るほどの憎しみの念をリュドミールただ一人に注ぎ込んだ。「熱烈だな」と彼は笑う。
一人の兵士が声を上げた。

「リュドミールッ貴様…!『穢れた血』めが、遂に本性を現したな!」
「王と宰相閣下は生かして捕縛する事を望まれているが、貴様を生かすなど危険にも程がある…!ここで今この時を以て貴様を断罪するッ!」

彼らの蔑みと憤りを込めた声を、何の感慨もなく見遣り、聞いて、リュドミールは目を閉じた。

『……リュドミール。汝は難儀よの…』
「は、今更だ」

手をかざす。虚空から現れた一丁の白銀のライフルを見た直後、ユーステスが声を荒げた。

「団長、ファランクスを張って伏せろ!」

銃口が蒼穹へ向けられる。金色の光が銃身を包み、高密度の魔力が込められていく。
周囲の空間が魔力によって捻じ曲がる程の力だ。
誰かの息を呑む音が聞こえた。静かに込められていく濃密な魔力の塊が弾丸へと装填される。

「我が祈りを聞き給うれ。巨人をも喰らう白き憤怒よ――――」

手加減をされていた、その言葉が蘇る。


「『ヂェーモン・イーター』」


白い滅びが、そこにあった命を飲みこんだ。