俺はモブ。まあ名前は何でもいいだろう。いいよな。
前回のあらすじ、俺は念願叶って漸く休みをもぎ取りデキン地方のカララタウンへと訪れる事ができ、ずーーーーっと来たかったニレ・ペンニ展に来ることができたのである。
もうマジですごかった。俺の貧相な語彙ではあの荘厳な作品群の感想なんてとても言い表せやしない。
そんな呆然自失状態でフラフラと何気なく海沿いまでやって来た矢先、俺はそこでパラソルの下で絵を描いていたとんでもない美青年と遭遇したのである!以上!あらすじ終わり!

俺は青年の背後の堤防に腰かけて、青年が無造作に色を乗せていくだけのように見えて着々と完成させている海の絵を眺める。
鱗のように輝く水面、巻き上がる白波の泡立ち。日に透けて見える浅瀬の砂の色。
…綺麗な絵だ。今もこうして永遠に見ていられる気がするし、きっと完成した絵も永遠に見ていられるかもしれない。
暑いけどもう絵が涼し気だから耐えられる気がする。いや…でも暑いな…流石に夏だし…彼はパラソルの下だけど俺直射日光だしな…しかし見ていたい…!!

『がう』
「、うおっ!?」

俺の背後から突然鳴き声がして飛び退いたら、口にペットボトルのミネラルウォーターをくわえたルガルガンが俺を見上げていた。
灰色の体毛、ということは確か真昼の姿かな。

『がる』
「え?く、くれるの?」
『がう!』

ルガルガンは俺に水を押し付けると、一鳴きして青年の方へ駆けて行った。ってあの子背中にも水乗せてるな??バランス感覚ェ…
水はよく冷えてて汗ダックダクの身体が歓喜の雄たけびを上げるようだった。水うめえ。
ルガルガンが青年の足元に擦り寄っている。もしかして彼の手持ちだろうか。よく懐いている。青年はルガルガンの背の水を取ると中身を半分ほど飲み干し、残りはルガルガンにあげていた。
水を舐める音と波の音だけが響く中、青年は黙々と白い場所の少なくなったキャンバスに筆を滑らせ続け、そして止まった。
彼が息を吐く。もしかして、あれが完成だろうか。
絵筆を片付け始めていた手を止める事はなく、ふと青年の目が、俺の方を見た。死ぬほどびびった。

「……まだいたのか」
「えっあっはい!すみません!!」
「何故謝る」
「え、いや、ずっと見られてるなんて嫌だったかな、と」
「俺はお前に不快だと申告した覚えはないが」
「は、はい、すみません……」
「…………」

多分また同じことを言おうとして諦めた顔だ。うん。ごめんなさい本当に。この子メチャクチャ難しい子だな…
でも怒ってはいない……みたいだ。確証はないけれど。ルガルガンの欠伸だけがこの瞬間の空気を和ませてくれる。

「………綺麗な海の絵ですね」
「そうか」
「よく絵を描かれるんですか」
「何故それをお前が聞く必要がある?」
「えっ……」

いやっそれ言われると…なんで…なんでだ!?
いや絞り出せ俺!なんで俺こんな初対面の男の子と面倒なことになってんだ!?この子面倒くさいな!(正直)
ええいままよままよ!くらえ俺の営業で鍛えた強引な話題作り!

「えっと…俺、絵とか彫刻とか、そういうの全般が大好きで。とはいっても俺は全然作れないんですけど。……それだけ綺麗で、未完成だった時ですら目が離せなくなるような絵を描く貴方なら、きっと俺よりも絵が好きなんじゃないかって………あっ、す、すみません俺知ったような口きいて、」
「先ほども言ったが俺は別に不快だとお前に申告していない。謝罪は求めてない」
「すみません……」
「……………お前は絵が好きなのか」
「、!はい!昔スカルラットに旅行に行ったときに、路地で絵を描いていた子供から買った絵がきっかけで。今ではこんな俺でも、ただ絵や彫刻が好きって気持ちだけで美術雑誌の記者の仕事にも就かせてもらえて…」

数年前だ。俺は昔デキンの芸術の都、スカルラットシティに旅行に来ていた。
当時の俺は就活に失敗しまくり完全に心が折れていた。気分転換のつもりで、どうしようもない現実から逃げたい気分だった。
活気溢れる異国の町を歩いていたら、何だか俺の悩みなんてすごくちっぽけに思えて。でもそんなちっぽけなことで自棄になっている俺が情けなくて、ふと何気なく寄り付いた路地裏に、その子供はいた。
その子供は深く帽子を被っていて、顔も良く見えなかった。ただ体躯からまだ十代前半ほどの少年である事だけが分かった。
少年は、絵を描いていた。スカルラットの町並みではない。スカルラットの噴水の傍で花屋の露店を出していた、老婆を描いていた。
フラージェスと共に、皺だらけの手で花を編む老婆を、一心不乱に描いていた。食い入るように、ただの一瞬たりとも見逃すまいと。その少年の背中と、その少年が気迫と魂で紙面に刻み込むが如く描かれたそれは、俺が学校でただ無気力に流し読みしていた著名な古代の画家の著名などの作品より、息衝いていて、美しかった。その瞬間確かに俺は息が止まったのだ。
あの紙の中の老婆の心臓は確かに動いているようだった。花を編む動きまで見て取れるようで、俺は、その瞬間その絵に魂を抜き取られてしまったのだ。
俺はその少年から、絵を買った。人生の内で初めて絵を買った。お金に別に余裕があるわけでもなかったけれど、俺は、あの作品が出来上がるまでの神の偉業の一端を「見てしまった」気がして、どうしても何か対価を支払わなくてはいけない気がしたのだ。
あの少年の名は知らない。でも今の俺があるのは間違いなくあの少年のお陰だった。
あのあと俺はカントーに飛び帰り、美術雑誌の出版社で片っ端から面接を受けまくった。そこで俺はそこそこ有名な出版社で内定をもらい、今こうして働かせてもらっている。
知識は豊富とは言えないが、今の俺は誰よりも芸術が好きだった。その好きという気持ちが、易しくはないあの業界での俺の原動力となっている。
買った絵は、駆け込んだ画材屋で一番いい額に入れて壁に飾っている。俺の宝物だ。

「さっきのその絵は未完成だったのに、それでも見入ってしまって。それだけ人の心を動かせる絵を描けるなら、もしかしてそういう仕事に就かれているんですか?」
「……一応は」
「やっぱり!俺その絵、すごく好きです!行程含めてすごく見ていてワクワクして、完成したその絵だってずっと見ていられるくらいで!特にその白波、白を乗せている訳ではないのに立体感があって…水面も浅瀬の砂も、そんな一発でピンポイントでどうやって色を見つけ出すんだろうって……」
「……………」
「嗚呼ごめんなさい、つい熱くなってしまって!俺今はプライベートでカララに来ているんですけど、いつかあなたの事をちゃんと正式な手続きを踏まえて取材させていただけませんか?嫌なら構わないんです、これは会社の企画じゃなくて俺個人の頼みなので、」

青年は何も言わなくなった。その代わりに、彼の言葉少なな口よりずっと雄弁に、その赤い瞳が俺を射抜いて来る。
断られるかな。流石にな。今俺完全にプライベートだから名刺も切らしてるし…ああ最悪だ、記者失格だな。
これは後日改めて一式用意して、

「お前、所属は」
「え?あ、か、カントーの…月刊サザンカです」
「サザンカ……覚えがあるな。確か五度、取材の依頼をしてきた。すべて断ったが」
「えっ!?ご、五度!?」

いや待て、自惚れとかではないんだが確かウチの出版社は業界でも大手のはずだ。
大先生との個別契約も幾つも結んでいる大手出版社。そこからの取材の依頼を蹴る?いやそれ以上に、ウチが五度も取材を打診したというのか?
彼がその打診を全部蹴ったのも驚きだが、ウチが、大手としてのプライドがあるウチの会社が蹴り尽くされても尚追い縋るほどの、

「……貴方、一体………」
「先生〜〜〜!!!」

向こうから声が近づいて来る。青年が声の方を振り返った。先生?
駆け寄って来たのは、確か俺がニレ・ペンニ展に行ったときに受付をしていた人だった。

「なんだ」
「お取込み中の所すみません!ジムの方に挑戦者が来ておりまして…!ジムミッションの方もさっさとクリアされて、早く先生を出せと…」
「メダル所持数は?」
「まだ一つも。ですが、ジョウトのジムを全て制覇しているようで。確かにこの目で確認しました。ジムに来た目的はエトロン霊峰の『中』を抜けてルピナジムに挑む為だとかで…」
「鉄道を使え」
「提言はしたのですが…」
「鉄道を使え」
「何度も…したのですが…!」
「その挑戦者は気は確かか?」
「気を違えた様子は残念ながら…!」
「その挑戦者は耳がついていたか?」
「残念ながら…」

なんだこの会話。俺置いてけぼりなんだよなあ。
青年は先程まで微動だにしなかった形の良い眉をしかめて溜息を吐いた。

「…はあ…挑戦者に手持ちを四体選抜して待機、直ぐに向かうと伝えろ。恐らく奴は耳が聞こえないか認知の可能性がある、筆談の方が分かりやすいか?」
「い、いえそこまでは…」
「ならただの馬鹿だな。馬鹿にも分かりやすい言葉で伝えておけ」

辛辣ゥ!!!!!!!!!!
えっこわ…容赦ねえ…容赦ねえ…!なんで展示会スタッフさん慣れた様子で準備してんの…!
スタッフさんがふと俺を見た。えっ何。

「そういえば先生、そこの方さっき先生の個展にいらっしゃっていた方ですよ」
「知っている」
「おや、ご存じだったのですn」
「えっっっ!!!???いやいやいや待ってください!!!!えっ!!??存じてませんけど!!!???」

待ッッッッッッッえっっっっ今この人、この人のこと先生って呼んだうえで『先生の個展』って言った!!!!!???????
え?待って状況が理解できない。把握ができない。え?
じゃあ待って?????この目の前にいる青年が…え?え??????待って…????

「………………ニレ・ペンニ……さん……?」
「なんだ」

アッご返事が来てしまった。死んだ。もう俺終わった。もう死んでいい。




どうしてこうなった。
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!!俺はニレ・ペンニ展に行った後偶然絵を描いている青年を見かけて話していたらその青年がまさかのニレ・ペンニだった!!何を言っているのかわからないとは思うが俺も自分が一体何を言っているのか…わからないんだ……
いやそれよりもだ。ニレ先生にジム戦の要請が入ったのでアッこれは御暇しといた方がいいな?とやや名残惜しい気持ちを抱きつつなんとなしに離れようとしたらニレ先生のお弟子さんが「先生と違ってパラソルの下にいなかったんですから暑かったでしょう?涼んでいってください」と何故か俺はジム戦を見学できる羽目になった。どういうことだってばよ。
いや!!メチャクチャ嬉しいんだけどさあ!!!先生のポケモンバトル見れるって事でしょ!?俺バトルまるで才能ないからあんまり詳しいことわからないけど!!
バトルフィールドが一望できるほぼ使われている形跡のない観客席に案内された頃には、既に先生と挑戦者はフィールド入りしていた。
すげえ…壁とか全部大理石じゃん…土があるのフィールドだけでは…?白ッ…先生が髪以外背景と保護色なんですがそれは…

「使用ポケモンは四体。形式はダブルバトル、ルールは勝ち抜きでよろしいですね」
「ああ」
「別に構わないよ。というか散々待たされたんだ、とっとと始めようぜ」

うわっ感じ悪…待ってたとはいえそもそも急かしたのそっちだし…
挑戦者は確か、ジョウトのジムを全制覇してるんだったっけ。すごいな、こう…顎を前に突き出して、少し上を向いて先生を見下している感じだ。
確かに先生、凄く手練れのトレーナーって感じ全然しないけど。浮世離れした、如何にも芸術家気質って感じの雰囲気だ。とてもではないが強そうなトレーナーには見えない。
明らかに舐められているのが良くわかる態度であるにもかかわらず先生は一切それらに関しておくびに出す事はなかった。というか、死ぬ程どうでも良さそうだ。現に挑戦者よりも審判の人とのすり合わせに集中しているようだ。

「変な人でしょう、先生は」
「うおっ!?あ、えっと」
「あ、すみません急に声かけたりして。お隣宜しいですか?」
「は、はい…」

俺に話しかけてきた人は、先生のお弟子さんの一人だった。エッどう見ても先生より年上…

「慣れてるんですよ、先生も。現に挑戦者の人は先生よりトレーナー暦が上でしょうから。先生は精々3年そこそこですからね」
「3年!?」
「ジムリーダーに就任したのも1年ちょっと前ですからね。このデキン地方のリーグ関係者の中でも先生は飛び抜けて新参なんですよ。だから先生の事を舐めない挑戦者の方がレアだったりします」
「ご苦労されてるんですね…」
「いやあの人にそんな情緒はないですよ。ミリも気にしてないです。外野の云々を一切気にされない人ですから」

ずぶとっ…いやでもあの人ならわかるような…いや……やっぱわからない………
俺はどうしても周りの目を気にしてしまう。一つ一つの行動に他者の視線を気にしてしまう。責められるのは怖い。
この世界で上手くやっていくには他者とうまく折り合いをつけて行くしかない。妥協と、諦めは時に世渡りを上手くする。俺はそうして、色んなものを呑み込んで生きて来た。俺以外の世界中の人々もそうだ。そうして世界は回っている。
そうやって出来ている世界の中で、決して自分という芯をぶらすことなく立ち続けることができる人とは、どういう人なのだろうと考えたことはある。どんな暴君なんだろうとか、横暴なんだろうとか、そんな偏見ばっかりがあった。
でも今この目で見ているのは、正にその人だ。周囲がついていかざるを得ない程、柱の如く立ち続ける人。外野から何を言われようと何を嘯かれようと決して自分の信じた道以外に目線すらくれぬ人。
時に狂気と化すほどの芯を、彼は持っている。俺はそれを確かにあの個展で、作品を通して痛いほど感じたはずだった。

俺が物思いに耽っている間に、先生たちは位置についたようだった。
そこそこ長い間審判の人と予定のすり合わせをしていたようで、堪忍袋の緒が一度切れた挑戦者が鼻息荒くしながらフィールドを行儀悪くかかとで叩いている。
まあまったく気にしていなさそうなのが先生だが…

「それでは―――カララジム・ジムリーダーのニレ対フスベシティのワジマ!試合、開始ッ!!」
「蹴散らしてやれ!行ってこい、ヌメルゴン!ボーマンダ!」
『ヌメ〜〜!』
『ヴォオオオ―――――ッッ!!!』
「行け、リリーラ。ソルロック」
『りゃん』
『しゅぅう』

うわっなんだこの戦力差……最終進化済みのドラゴンタイプ相手に、未進化のリリーラとソルロックって…!
無帽にも等しいだろうこんなの。才能のない俺にだってわかる、こんなの。

「ハハッ、ユレイドルに進化させてすらないのかよ!思った以上に楽な試合になりそうだな!」
「ここは挑戦者への試しの門だ。お前の欲求を満たすための需要のないバトル施設ではない。ソルロック、『雨乞い』」
『しゅうう〜〜〜』

いきなり天気を変えてくるのか。天井付近に雨雲が生まれる。暫くせぬうちに徐々に大粒の雨が降り出した。観客席は審判さんのギルガルドが守ってくれているから俺達に天気の影響はないけれど、ニレ先生メチャクチャ寒そうだな。
天候が変わり徐々に風すら吹いて来る。横殴りの雨だ。

「ハッ、ヌメルゴン相手に雨を降らすなんてなァ!押し流せヌメルゴン!『波乗り』ッ!!」
『ヌゥウウ〜〜〜ァアアア〜〜〜〜!』
「いきなり『波乗り』…!」

相手のボーマンダは上空に退避できるけど、先生のポケモンは…!
瞬く間に生まれた大波が先生諸共フィールドを攫って行く。アイツ人に配慮しないのか!?
水浸しになったフィールドに思わず俺は身を乗り上げた。天気は雨で水技の威力は上がっている。さっきまで先生がいたはずの場所の水面は渦を巻いていた。
…?あれ、水が…減っている気が…?

『りゃ〜〜〜〜ん』
「リリーラ。全て吸え」

あっ先生!!いつの間にベンチ付近に!!!
審判さんのギルガルドが先生にシールドを張っていた。間一髪だったんだな…
そして先生の「吸え」という命令通り、リリーラは無尽蔵ともいえる水を穴に落とすが如く吸い取っていく。徐々に水かさが減っているのはリリーラが根こそぎ吸い取っていたからなのか…!

「リリーラの特性は『呼び水』だ。自分に向けられた水技を糧とし効率のいいエネルギー源に変換する」
「チッ面倒だな!ボーマンダ、リリーラへ『燕返し』!」

高度を取っていたボーマンダが地表近くをすさまじいスピードで滑空する。目指す先はリリーラだ。
そのスピードの凄まじさのあまりあのボーマンダの通った後が抉れている。地面を張っている訳ではないのに、衝撃波だけであそこまでなるのか。
先生は表情一つ変えない。

「ソルロック。リリーラの半径5m以内に集中して岩を張り巡らせろ」
『!!』
「!ボーマンダ、体制を…!」
「腹を見せたな。ソルロック、ボーマンダの上から『ストーンエッジ』」

ソルロックの姿が見えないと思ったら、いつのまにボーマンダの上を取っていたのか!
巨大な槍の穂先を思わせる尖った岩がボーマンダを真上から押し潰す。うまく翼を広げても力が入らないのか、ボーマンダは呻きながら地表へ落下していくだけだ。ストーンエッジって下から突き上げるものだとばかり思っていた…すごい使い方だ…

「リリーラ、フィールド中に『ステルスロック』」
『りゃぁ〜〜〜ん』
「させるなヌメルゴン!リリーラに『アシッドボム』!!」
「邪魔だ。止まっていろ。ソルロック、『トリックルーム』」

その瞬間、ソルロックを中心としてフィールドの色が反転していく。
リリーラとソルロック以外の動きが堰き止められているかのようにゆっくりになった。

「トリ…?」
「『トリックルーム』。物体の運動中に働く力に作用して、速いポケモンを遅く、遅いポケモンを早くする事の出来る不思議な空間を作る事が出来るんですよ。だからあの空間の中では、先生のポケモンより早いヌメルゴンとボーマンダは上手く動く事が出来ません」
「それを、攻撃の妨害に使ったってことですか?」

聞く限り、岩タイプ使いである先生のポケモンが相手から先手を取る為の空間だというのが『トリックルーム』のイメージだ。
恐らく本来の使い方もそれであっているだろうし。それを、攻撃を妨害する瞬間に使用するという、相手が咄嗟に対応できない瞬間に使用した。
そして身動きが取れなくなり今度こそ碌な行動をとれなくなったボーマンダが、尖った岩の板挟みになる。

『ヴォァアアアアア――――ッッ!!!!!!』
「リリーラ、先程吸った水を全てヌメルゴンとボーマンダに吐き出し、押し流せ」
「――――!!」

瞬間、とんでもない圧力の水の砲がボーマンダごとヌメルゴンにぶちあてられた。音が水特有のばしゃん、なんかじゃない。鋼鉄の塊がぶち当たるような、生物には当たってはいけないものの音がしている。雨の効果で水技の威力が上がっている上にタイミングも完璧だ。
当たり所が悪ければあんなのは屈強なドラゴンタイプでも耐えられない。
実質の『ハイドロカノン』を高出力至近距離で食らったボーマンダは目を回してしまっていた。ヌメルゴンは重いボーマンダの身体に押しつぶされて身動きが取れていない。

『ヌメッヌメ〜!』
「戻れボーマンダ!チッヌメルゴン、『十万ボルト』ッ!!ソルロックを先に始末しろ!!」
「リリーラ、『ミラーコート』」

――――――まるで。相手の手を、最初から読み尽くしているかのような技配置。タイミング。
相手の顔色から侮りが消えた。代わりに怒りと焦りが深く刻み込まれている。先生の表情はどこまでもかわらない。
ふしぎな感覚だった。先生のポケモンより、相手のポケモンの方が種族的にはずっと有利なはずだ。だが、先生は現にほとんど無傷のまま、相手に何もさせないままボーマンダを一体落とした。
先生は相手の何を見ているんだろう。先生は一切表情を変えないまま、静かに相手を観察している。
気味が悪い程、先生の掌の上だ。

「なんだってんだ…嫌な感覚だ……!来いギャラドス!!」
『グルルォォオオオ…!』

怖ッ…!!
相手がボーマンダの代わりに繰り出したのはギャラドスだ。スッゲエ顔怖い。身が竦む。
隣でお弟子さんが「特性は威嚇ですかね」と冷静に言っている。怖い。ステルスロックが身体に刺さったのか痛そうに呻くばかりでなく暴れ出している。もうやだ。怖い。

「ヌメルゴン、もう一度『波乗り』!」
「……、!リリーラ、『ミラーコート』!」

呼び水で吸う事をしない?先生の行動に首を傾げていると、高く飛び跳ねたギャラドスの口にぱちぱちと金色に弾ける火花を見た。

「ギャラドス!!水へ向かって『十万ボルト』ッ!!ソルロックを落とせ!!!」
『ギャォォオオオオ!!!!』
『しゅう〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』

リリーラの横を押し流されたソルロックが流れていく。
電気を帯びた水などリリーラが吸ったらひとたまりもない。先生はこれを読んでいたのか?
ミラーコートによって跳ね返された電撃の一部がヌメルゴンに命中し、ヌメルゴンはフラフラとよろけて倒れ込んだ。よくよく見ればヌメルゴンの足が変な方向に曲がっている。そうか、ボーマンダをぶつけられた際に負傷していたのか。
確かにアレでは長引く程にヌメルゴンの身体が危なかっただろう。

「戻れヌメルゴン!!チッ、どいつもこいつも…いいようにされやがって…!」
「お前の未熟さが招いた事だ。慢心、侮り、妥協、読みの甘さ、それら全てが手持ちへと影響するのがバトル。その程度でエトロン霊峰を越えようなどと、面白い冗談を言ったつもりか?だとしたら致命的なセンスだ」
「ナマ言ってんじゃねえぞクソガキが…!ジョウト制覇者がこれしきで折れるかってんだ!ぶっ潰しちまえ、サザンドラァ!!!」

最後はサザンドラ…!イッシュのチャンピオンも使っているドラゴンタイプだ。俺にだってアレがとんでもないポケモンである事くらい分かる。
挑戦者を試す為のポケモンと、ジムリーダーを叩き潰す為のポケモン。そもそもの用途が違うパーティだ。
ニレ先生の次のポケモンにもよるけど、さすがにこのままじゃ…

「戻れソルロック。行ってこい、アマルルガ」
『マ〜〜〜〜』
「アマルルガかよ…!ギャラドス、『パワーウィップ』でリリーラをアマルルガに向かって投げ飛ばせ!」