頭の中を砂嵐が奔る。
冷たい床を必死に這って、末端の冷たく痺れた身体であちらの世界の戦いに明け暮れる。
戦って、勝って、食事をして眠って、起きて、戦って、負けて―――――――

もういやだ、ここからだして、かえりたい。

おとうさん、おかあさん、ここはどこなの、ねえ、かえりたい。

かえりたい。


……どこに、かえれば、いいんだっけ。




「………、………い、おい!夜鷹!」
「……!」

徐々に近づいて来る声に、とうとう直接身体を起こされた。
眠っていた筈なのに酷く目が冴えて、穏やかなはずだった心臓の鼓動は今や耳と頭の中で五月蠅く早鐘を打っている。
肺が震えて、身体の末端が酷く冷え切っている。
真っ先に気付いて起こしてくれた同居人の顔が、暗闇の中でもよく見えた。

「……、遊作、わるい。起こしたな」
「…俺も夢見が悪かったから一足先に起きていただけだ。大丈夫か」
「はは、だいじょーぶ。ありがとな遊作、……なんだ、お前も手が冷え切ってるな」

頬に触れていた遊作の手は同じく冷え切っていて、彼も相当夢見が悪かったのだろう。
暗闇の中では彼の顔色までは伺い切れない。
普段はそうでもないけれど、たまに同じタイミングで悪夢を見る事があった。共通して持った忌まわしい過去の夢。
その夢を見た日はいつも決まって眠れない。
片方がその夢を見た時は自然ともう片方も目が醒めて、朝が来るまで何を話すでもなく寄り添っていた。自然と生まれた習慣のようなものだった。

「…今何時?」
「3時半。ホットチョコレートでいいだろ」
「そっちこそ、ブラックでいいな?」

目が覚めたら、お互いが飲みたいものを淹れる。
誰かが淹れたものは、冷えた身体と心によく沁みた。昔から、遊作は眠れない夜はホットチョコレートを淹れてくれた。
遊作は眠れない夜は決まったメーカーのインスタントコーヒーを好んだ。砂糖もミルクもなしのブラック。
さて淹れてやるか、とベッドから起き上がって近くの車椅子を引き寄せようとした。

「お、」

が、足が思った以上に冷えていたのか感覚が麻痺していて、ベッドから転げ落ちる。
その音でキッチンに引っ込んでいた遊作が駆け寄って来た。

「大丈夫か」
「平気だよ。思ってた以上に足が冷えてたみたいだ」
「立てるか?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」

少し時間をかけて、車いすによじ登り腰かける。エレガントさに欠けるなといつも思う所だ。
遊作は、基本的に俺を手伝わない。いや、俺を『障碍者』として扱わない。
介護が必要な存在ではなく、対等な存在として扱ってくれる。何よりも俺がそう願うからだ。
俺が車椅子に座ったのを確認すると再びキッチンに引っ込んでいったので、俺もキッチンへ引っ込んだ。
遊作の好きなコーヒーを淹れて、丁度遊作もホットチョコレートを作り終えて手渡してくる。こちらもコーヒーを手渡すと、お互いに口に含んで一服した。

「美味い」
「夜鷹は昔からずっとそればかりだな」
「落ち着くんだよ。遊作こそ、そればかりで飽きないか?」
「お前と同じ意見だ」
「そっか」

昔から変わらない。俺達はずっと二人で支え合って生きて来た。
ずっと変わらず、俺達の掛け替えのないものを奪っていった者達への復讐心のままに突き進んできた。
不謹慎なのは百も承知だが、その突き進んだ果てに、遊作とのこの一時がある。それがどうしようもなく安堵する。
俺にはもう復讐心しか残ってはないけれど、何かを憎み続ける事は酷く疲れるのだ。
遊作がいてよかった。

「……なんだ。まだ辛いか?」
「いや?遊作エネルギーの補充〜。はは、落ち着くな〜」
「…意味が分からない。それと撫でるな、もう子供じゃないんだ」
「はは、そうだなあ」

腕の中の遊作は、そういいながらも俺を振り解かない。
昔から口は素直じゃない。それでもいい子なんだ、俺は知っている。
この子は、可愛い弟のような存在だ。小さい頃は「にいちゃん」って呼んでは俺の後ろをついてきたものだが、今ではすっかりこの通り思春期真っ盛り。

「余計な事考えてるだろ今」
「そんな事ないって」
「…夜鷹が嘘を吐いてもすぐわかる理由は3つある。1つ、目の焦点が合ってない。2つ…」
「あ〜いいですいいです、わかったわかった!俺が悪かったって」

こうなった遊作は長い。
この夜が遊作のチクチクで明けないよう何とか交わしながら、遊作と語らう。

そうして夜は更けていく。
俺達の一日は、こうして始まる。



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