空が茜色に染まる頃、俺と遊作は協力者である草薙の経営するホットドッグ屋にいた。
バンの前の椅子に腰かけていると、後ろから草薙がソーセージを焼く音といい匂いがする。遊作と俺は草薙のホットドッグが気に入っている。
「夜鷹、いつものか?」
「いつものサラダドッグ。マスタード増し増しで!」
「お前のお陰でマスタードの減りが早えのなんのって」
売り上げには貢献してんだろ?ま、そうなんだけどな。というやりとりを交わしながら草薙から出来立てのサラダドッグ・マスタード増し増しを受け取る。
遊作はもう半分以上を食べきっていた。毎度の如く食べるのが早い。
「お前ら毎度来て売り上げ貢献してくれんのは助かるが、ちゃんと飯は食ってるのか?学生の二人暮らしだろ?」
「朝ごはんや夕飯はいつも夜鷹が作ってくれる。問題はない」
「割とうまくやってるよ。今日もちゃんと作る予定だし、遊作ほっとくと三食草薙さんのホットドッグになりそうだから」
「そうだな」
「否定してくれ遊作」
草薙は遊作の返答に苦笑いしている。
家でも作業に没頭しがちな遊作は、こちらが声をかけるまでなかなか気づかないことが多い。そうして食事を疎かにする事もままあり、俺が声をかけるか遊作が倒れるかのチキンレースが毎度繰り広げられている。
このままではいかんと共同生活を始めて間もなく気づいた俺は直ぐに料理をマスターし、俺の努力の甲斐あって現在遊作は健康体だ。
ハッカーという仕事柄睡眠の生活リズムはあまりよろしくないが。
尚、生活費は俺と遊作で作ったウイルスソフトやウイルスワクチン開発・作成などで稼いでいる。お陰で俺達は決して貧乏学生というわけでもなく、寧ろその辺のサラリーマン達よりはずっと裕福だ。
だから今のところの心配は純粋に遊作の生活力といったところだろうか。彼は家事を積極的に手伝ってくれるんだがどうも自分の生活となると蔑ろにする。本当に心配だ。
当の遊作は遠くのディスプレイを眺めているし。自覚があるのかないのか。
「なあ夜鷹、あれって誰だっけ」
「ん〜?」
「あれ」
遊作が徐に指差すのはディスプレイに映っている、青い髪の美少女と筋肉隆々の厳つい男だ。
LINKVRAINSに通っていて知らない者は殆どいないだろうに。
もうちょっと他人に興味持てと言いたげな視線を遊作に向けた。
「カリスマデュエリストのGO鬼塚と、ブルーエンジェルだよ」
「カリスマねえ…」
「興味なさそうだな」
「ない」
即答か、と苦笑う。
目的に関すること以外はとんと興味が薄い。
俺だってそうだが、遊作程極端ではないと思っている。
「遊作はもっと色んな事に興味持てよ、視野も広がるぜ」
「そう言ったって興味ないものには興味がないんだ」
「はは、まあ遊作だからなあ。じゃあこいつはどうだ?『データストーム』の話」
草薙から聞き馴染みのない単語が飛び出した。
聞いた事もないな、と俺と遊作は揃って首を傾げる。
「昔LINKVRAINSには、データストームっていう風が吹いていたそうだ。一部の連中はそこでスピードデュエルってのをやってたんだと」
「…スピードデュエル」
「風の中では未知のモンスターが住み、新世界が広がってるって噂さえあった」
眉唾物だな、と微笑みながら出来上がったサラダドッグを受け取った。
しかし今そんな風など一切吹いてはいない。…もうその風は消えてしまったのだろう。
データストーム、とはファイアウォールのようなものなのだろうか?そんなニュアンスで考えるとスピードデュエルとはなんとも危険な香りがする。
「そんなものに出逢ったら、遊作や夜鷹もデュエルを楽しめるようになるかもな…」
「……そう、かなあ」
草薙の、願いにも似た呟きは俺の心に仄暗い影を落とした。
いつかの俺はデュエルを楽しんでいたんだろうか。分からない、俺にはその記憶がない。
デュエルとは生きる術であり戦う為の武器。そこに楽しさを見出すなんてこと、俺は無かった。
遊作だってそうだったんだろう。
草薙は目を伏せた。
「…すまないとは思ってるんだ。お前達を巻き込んでしまって」
草薙の弟は、俺達と『同じ目に』遭った。
今も彼の心は閉ざされたままで、ずっと悪夢のようなあの日々に苛まれている。
俺達だって、ずっとあの日々に囚われたままだ。
「…そんなの今更だ草薙さん。俺達は自分の意志でやってる」
「夜鷹…」
「それに俺はアンタの助けになれて嬉しいんだ。この身体じゃ、出来る事がそう多くないからさ」
過去の事件で遊作は記憶を奪われ、草薙の弟は精神を病み、俺は記憶と足を失った。
憎む心は同じなんだ。アイツらを俺は絶対に許さない。
遊作だって同じだ。
「俺は必ず、アンタの弟と俺の過去と夜鷹の足を奪った奴らに、復讐する」
そう宣言した遊作の眼は、ぞっとするほど冷え切っていた。
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