あの日から、毎日のようにスマホに通知が来る。
それはうっかり倒してしまった赤いアフロ、何と此のシンオウ地方のポケモンリーグ四天王の一人オーバが一人と、そのオーバの親友でシンオウ最強のジムリーダーであるデンジだ。
なんという極端な人選であろうか。その二人から頻繁に連絡が来る。
デンジとは主に今度行うバトルの日程や予定のすり合わせが内容の殆どを占めるが、オーバに至っては様々だ。
以前のオーバとのバトルでこの地方には生息していないポケモンを使った為、オーバとの話題は他の地方のポケモンの事が多い。
真咲は仕事柄様々な地方を飛んで行き来する為、必然的に様々なポケモンと触れ合う機会が多いのだ。
そんな真咲でも足を運んだ事が無いのが、ガラル地方。
あそこは生息しているポケモンの種類が少なく、そして何でもポケモンバトルやジム戦が一種の娯楽として大発展しているらしい。あまりバトルに縁のない真咲の足が遠のくのは自然な事だ。
しかし、昔ながらの風景そのままに発展した街も多いという。仕事の依頼がなければ行く事はないだろうが、いつか私的な旅行にでも出てみようかとふと思った。



『マサキ、お前今日はあのジムリーダーとのバトルがある日じゃないのか』
「いえそうなんですけど、まだ約束の時間まで間がありますし」
『おう。だからメレシーとゲンガーを丸洗いしてるのか。川で』

しかも普段のカソックを脱いで、ズボンを膝まで捲って薄手のシャツ一枚で川にIN。フリースタイルにも程がある。
洗われているメレシーは気持ちよさそうに目を閉じていて、先程洗われていたゲンガーはウルガモスの『ねっぷう』で乾かされている。
今日は天気がいいしやや暑いくらいだから川に入るのは別に良いが、幾らなんでも真咲のその恰好は気を抜き過ぎではないか。
ちなみに丸洗いされる予定らしいダークライとアブソルは川に足をつけている。リラックスし切っているその様子を見ればダークライもすっかりここでの生活に馴染んでいるようで何よりだが。
…緊張感の欠片もない。

「ゾロアークも水浴びしますか?気持ちいいですよ」
『いや、よしとく』
「ああ貴方水が嫌いでしたもんね」
『そういう余計なモンはいいんだよお前』

ぺしん、と形のいい丸い頭をすっぱたく。まったく、どっちが面倒を見ているのだか、とゾロアークは溜息を吐いた。
その時だ。ゲンガーを乾かし終えたウルガモスが毎度の如く甘えるように真咲の頭に留まった。
念のために言うが、ウルガモスの体重は46sだ。そんな体重が頭に一点集中すれば間違いなく真咲の首はいかれる。
だからこそいつも全身の力を上手く抜いて重さをやり過ごすのだが――――現在真咲がいる場所が川で、しかも川底のややぬかるんだ石の上に立っていたというのが災いした。

「あっ!?」
『アッ…』

ダークライの漏れた声と、ばちゃん、という景気のいい音と水にぬれたウルガモスの悲鳴が木霊した。効果は抜群だ。
見事川の中にすっ転んだ真咲は全身びっしゃびしゃである。

『お前を丸洗いしてどうするんだ。風邪ひくぞマサキ』
「いえ私は良いんですけど…ウルガモス、大丈夫ですか」
『いやそれは大丈夫だろうが、今はお前だ。お前そんな恰好で誰か来たら――――』

その時だった。正に最悪のタイミングだったと言っていい。

ちなみに真咲の確認不足ではあるが、丁度30分前に真咲のスマホに一軒の通知が入っており、それはデンジとオーバからだった。
元々マサキがナギサに赴いてデンジとバトルする予定だったが、折角住んでいる教会の事を教えてもらったのでデンジがそっちに行く、という内容だった。
携帯電話を携帯しないのが悪いのだが、まあ真咲はそんな事を露知らずにポケモン達と川に入っていた。
ナギサからソノオには『そらをとぶ』で大体30分ほど。

「……なんでそんなずぶ濡れなんだ、あんた」
「マサキ、あんたその恰好は色々とヤバいぜ、色々と…」
「は、はわわ……」
「えっ?」
『…………………………ハァ……』

確認事項を確認していなかった真咲は、シャツとズボン一枚、そしてさらにずぶ濡れという無駄なオプションをひっさげたまま、デンジと予定には入っていなかった+αとご対面する羽目となったのである。



「申し訳ありません……連絡を確認していなかったどころか、本当にお恥ずかしいところを……」
「いや急に予定変更して押しかけた俺らが悪いし、な?」

ウルガモスとブーバーンに急速乾燥をされた真咲は、今度はちゃんとカソックを着込んで恥ずかしさのあまり机に突っ伏していた。
それにフォローと謝罪を入れるオーバは本当にいい男である。デンジは無言で茶をしばいているが。

「子供たちの前であんな醜態を……」
「きっ気にしてないです!ね、ヒカリ!」
「そうですよ!」

デンジとオーバはコウキとヒカリという子供たちを連れてきていた。
なんでも彼らはナナカマド博士の研究の手伝いで、ポケモン図鑑を埋めているらしい。バトルも大好きだと言うので、参考になるかと連れてきたらしいのだ。

「しかし、本当に参考になるのでしょうか。デンジさんはともかく私の戦い方はあまり教育上宜しくないかと思いますが」
「……まあそれは思うけどよ。節度ある戦いをしてくれ」
「そんな私が節操のない戦い方するみたいな言い方よしてください、あれはあの子限定の戦い方です」
「ああ……あのやべー奴な…」
「オーバさんがヤベーって言うほどやばいんですか…………」
「具体的に言うとまだミミロップのトラウマになってるレベルだ」
「えっそうなんですか………………」

知らなかった。あの子のトラウマになってるなんて。

『へえ、トラウマになってんのか』

その時、先ほどまではいなかった者の声が真咲のすぐ後ろから飛んできた。
オーバはその声に覚えがあるのか振り返り、面白いほど顔を引き攣らせている。この調子ではおそらく正体がバレている。
人間に化けている化け狐はニマニマと形の良い唇に笑みを貼り付けていた。

「あっ!!お前、ゾロ『マサキ、紅茶のおかわりは』」
「………………ええ、いただきます」

確実に完璧に意図的に遮ったな、この狐。
純粋な子供たちとゾロアークのことを知らないデンジは突如現れた真咲によく似た神父に目を瞬かせていた。
オーバのミミロップは今頃ボールの中でガタガタ震えているかもしれない。今度詫びなければ。

『ゾロだ、マサキの全体的な補佐をしている。よろしくな』
「よろしくおねがいします!マサキさんのご兄弟なんですか?よく似てますね!」
「ゾロさんもポケモンバトルするんですか?」
『いや、マサキとは全く血の繋がりはないね。寧ろここのシスターがコイツの妹だ、また会うだろうよ。ポケモンバトルはするぜ、大好きだね』
「えっじゃあいつかお相手していただいてもいいですか!?」
『いいぜ、いつかな』
「やったーー!」

コウキとヒカリが手を取って喜び合う。
子供は無邪気で大変可愛らしいことこの上ないが、この性悪が元となった笑顔だと思うと素直に喜べない。
ジト目で睨みつける真咲に対して何ともなさげに紅茶を注いで行く姿は優雅極まるのだが。

「……ではデンジさん、この紅茶が飲み終わればお約束の勝負と行きましょうね」
「…ああ」
「あんた、今回はさすがにデンジを研究してきたんだろ?」
「?いいえ?」
「!?」

あっけらかんと言い退ける真咲に、今度は一同が唖然とする。
流石にデンジも驚いたのか、目を見開いたあとムッとした表情で真咲を睨んだ。
真咲は微笑む。

「流石にデンジさんがどの様な方なのかは調べましたが、使用ポケモンの系統などは手をつけていませんよ」
「俺が対策もせずに勝てる相手だと?」
「まさか。貴方はシンオウ最強のジムリーダーなのでしょう。ですが、私は貴方を知れますが貴方は私を知れません。それではフェアな勝負ではありません」

フェアな勝負。それは、デンジが久しく聞かなかった言葉だ。
圧倒的な強さでも、徹底的な対策でもない。封じ込めもしない。―――対等な勝負。
ざわり、と胸の炎が疼いた。ジム戦では感じられないであろう、試すのではなく――挑む側の疼きだ。

「貴方はジム戦をするわけではありません。私も挑戦者では無いのですから。前人未到の地ほど攻略のしがいのあるものでしょう。それで負けたなら、私は悔いがありませんが」
「……あんた、本当にトレーナーじゃないのか。下手なトレーナーよりずっと心得がある」
「いえいえ、私はただバトルの心得のある神父です。トレーナーとの真っ向からの戦いはオーバさんが初めてですので、どうか先輩として手ほどきをお願い致しますね」

そう言ってにこやかに新しく注がれた紅茶に口をつける真咲にデンジは、やっと得た踊るような心を落ち着かせるように紅茶を飲んだ。