紅茶を飲み終わると、真咲は地下のフィールドにデンジ達を案内した。
使い込まれたフィールドは至る所に細かな傷が目立つ。
「試合ルールは使用ポケモンは3体、形式は勝ち抜きでいいか」
「問題ありませんよ」
「……オーバを破った実力、期待するぞ!」
途端、デンジの目に煌々と燃える闘志が煌めいた。
無気力気な全身に、目に力が宿っている。笑ってさえいる。楽しそうだ、とオーバですら心からそう思う。
互いにモンスターボールを構える。
「先陣を切れ、サンダース!」
「掻き回しなさい、アブソル」
デンジが繰り出したのはサンダース、真咲はアブソルだ。
相性は五分五分。素早さはサンダースに、攻撃力はアブソルに分がある。
「サンダース、『でんきショック』!」
「アブソル、『でんこうせっか』で躱して『つじぎり』」
「!」
攻撃技である『でんこうせっか』の素早さを推進力として利用し、サンダースの懐に潜り込んだ。
しかしそれを見逃すデンジではない。
「臆すな、『ほうでん』だ!」
《ッ!?ヴッァァアア!!!!》
直後サンダースの『ほうでん』に巻き込まれる。
アブソルの劈くような悲鳴にヒカリ達が身を乗り出した。
「アブソル…!」
「いや、まだだぜ」
オーバの言葉を裏付けるように、電流を浴び続けているアブソルの目は未だ死んでいない。
《オ゛オォォォオオオッッッ!!!!》
《ギャンッ!》
「っなんだ!?」
一瞬だった。
放電を続けていたサンダースが突如地面に叩きつけられる。
轟音と土煙を巻き上げフィールドに沈むサンダースを、アブソルは極めて冷ややかな視線で見ていた。
悠然と佇むその姿からはその身に溜め込むダメージを感じさせない。
「『しっぺがえし』か…!」
「彼は極めて賢い子です。私が指示せずとも己の頭で最適解を叩き出すことが出来る。今のように独断で技を撃つことも珍しくない」
デンジのサンダースなら、最強のジムリーダーなら、技を利用し懐に潜り込んでもただやられるだけでないことはわかっていた。
間違いなくこの状況を利用し手を出してくる。
やられるだけなら好都合だが、手を出してくるなら更に倍にする。
アブソルは打たれ強いポケモンでは決してない。冷静でいて大胆な博打を仕掛けてくる。こんなにも、平然と。
サンダースが何とか起き上がる。
「今のは効いたな。サンダース、楽しいか」
《シャァアアッ!》
「今のを楽しい、ですか。筋金入りですね」
「久しぶりなんだ、こんな強烈な一撃は。やっぱりいいな、こうでなくちゃあなぁ」
「デンジさんすっごく楽しそう……」
「あんな笑顔のデンジさん見たことない」
アブソルはフン、と息を鳴らす。
デンジを品定めするように睨み、静かに姿勢を低く構えた。
彼は決して他者を侮らない。だが認めもしない。ただ静かに敵意を磨ぐ、それが彼なりの敬意の示し方だった。
「サンダース、『チャージビーム』!」
「アブソル、『がんせきふうじ』です」
アブソルはひらりと攻撃をかわして、一瞬のサンダースの硬直時間を見逃さずサンダースに岩を叩き付ける。
素早さを下げることを兼ねる技にサンダースの対応が遅れた事を利用してアブソルは『つるぎのまい』をした。
「ほんっとに、無駄がねえな……!サンダース、その場でどデカい『かみなり』だ!」
「こちらの方が速い!アブソル、『ギガインパクト』!」
アブソルの渾身の攻撃を受けたサンダースの、しかし決死の『かみなり』はアブソルを貫いた。
互いの悲鳴に似た雄叫びが木霊し、ふと途切れる。
目の奥を焼くかのような光が途切れた先に、目を回して倒れ込む二匹がいた。
初手は相打ちということだ。
「もどれ、サンダース。よくやった」
「お疲れ様ですアブソル。よく暴れましたね」
《ガゥウ……》
「頑張りましたね。無茶をさせ申し訳ない」
《ガゥ。ガゥウ》
「……あなたは優しいですね」
アブソルの白い体毛を撫でてやれば、彼は穏やかに笑んで目を閉じる。
彼をモンスターボールに収め、表面を撫でる。
彼は「思ってもいないことを言うな」と皮肉げに言っていたのだろう。彼はそういう子だ。
足元の影がふとざわついた。ダークライとこの子は最近仲がいい、心配しているのだろうか。
大丈夫ですよ、と意味を込めてつま先で影をつついた。
「次だ!続け、レントラー!」
「頑張ったらご褒美あげますよ!行きなさいゲンガー!」
デンジが次に繰り出したのはレントラー、真咲はゲンガーだ。
オーバをちらりと盗み見ると、やはり凄まじい形相でゲンガーを凝視している。一度化かされた身だからか、このゲンガーが本物かどうかを見破ろうとしているらしい。
テレパシーでゾロアークが大爆笑しているのがわかる。ちなみにあのゲンガーは本物だ。
頑張ったらご褒美が貰える、つまりゲンガーの大好物のモモンのタルトだ。シスター達は沢山作ってくれているだろう。ゲンガーはやる気いっぱいだ。
「先手必勝ですゲンガー、『トリック』!」
「『 トリック』……!?」
レントラーの持っていたオボンの実と、元々持っていたゲンガーのどくどくだまを入れ替えた。
どくどくだまは持っているポケモンを毒状態にするアイテムだ。戦闘中は持ち物の変更はできない。
持ち物を入れ替えられたことでレントラーは強制的に毒を浴びることとなる。
「『トリック』で状態異常にすることも出来るんだ…!」
「相手が何を持っているかにもよるが、この場合はレントラーにどくどくだまを押し付けるのが目的だからな…ほんっとに、手口が悪どいぜ」
「しかもオボンの実を取っちゃったから、ゲンガーは回復もできちゃうんだ…」
「まだわかんねえ……あいつどっちなんだ……?」
「……さっきからオーバさん何してるんですか?」
逆立ちでもしそうな勢いでゲンガーを凝視するオーバに若干引いているヒカリとコウキ。
元凶は大笑い、対象となっているゲンガーも可笑しそうにゲラゲラと笑っている。真咲も流石に面白いのか肩を震わせていた。
「怯むな、レントラー!『かみなりのキバ』!」
「ゲンガー、『ゴーストダイブ』」
レントラーの攻撃が届く瞬間、ゲンガーの身体が影のように掻き消えた。
狼狽えたレントラーがキョロキョロと周囲を見渡す。
その直後だった。
「今ですゲンガー、仕掛けなさい!」
《キヒヒ!》
「!レントラー、足元に『10まんボルト』!」
さすがに気づいたのか、レントラーの影から飛び出したゲンガーにレントラーは『10まんボルト』を仕掛けた。
かわせなかったゲンガーは攻撃を食らうが、レントラーと入れ替えたオボンの実を食べてある程度体力が回復したのかまだ余裕がありそうだ。
《ゼェ……ゼェ……》
「レントラー、まだやれそうか?」
《……ッオォォオオオッ!》
「よし、畳み掛けるぞ。レントラー、『ワイルドボルト』!」
「させませんよ、『ベノムショック』!」
『ベノムショック』は、毒状態の相手に使用すれば威力が倍になる技だ。
体内の毒が突如威力を増したように感じたのだろう、レントラーは突如体勢を崩した。『ワイルドボルト』は中断され、中途半端な帯電状態でレントラーは崩れ落ちた。
「しっかりしろ、レントラー!立て!」
「ゲンガー、『シャドーボール』……っいえ、避けなさい!」
《ウ゛ォォァアアアアッッッ!!!》
毒に侵されまともに立つことも出来ないはずのレントラーが、目の色を変えて飛びかかってきた。
ゲンガーは対応はできたものの、レントラーの方が速い。まだ攻撃は終わっていなかった。
渾身の『ワイルドボルト』が当たり、ゲンガーが吹っ飛ぶ。堪えた様子だがゲンガーの笑みに余裕がなさそうに見える。
次の一撃が最後になるか。
反動でレントラーが再びよろめいた。すると、レントラーの周囲に電流が巡り始める。
「……『じゅうでん』ですか。ゲンガー!『シャドーボール』!」
「レントラーッ!『かみなりのキバ』ッ!!」
動いたのが早かったのはゲンガーだ。だがレントラーは高く跳躍し『シャドーボール』をギリギリでかわし、ゲンガーに『かみなりのキバ』を叩き込む。
ゲンガーの体力はもうない。この攻撃には耐えられない。ならば。
「ゲンガー、『みちづれ』」
「何!?」
攻撃を受けたゲンガーがにたり、と笑うとレントラーを抱えあげ、妖しい力を流し込んだ。
レントラーはけたたましい悲鳴をあげ、くたりと力をなくして崩れ落ちる。続いてゲンガーも力尽き、ぱたりと倒れ込んでしまった。ゲンガーを戻す。
2体目も相打ちだ。3体目が勝負と言えよう。
「…戻れ、レントラー。オーバの言った通りだな、決め手で見事な揚げ足取りをしてくると」
「おや、過大な評価を。私は最も確実な手段をとるだけですよ」
「………泣いても笑っても次が最後だ、倒させてもらうぜ!ぶっ倒すぞ、エレキブル!!」
「真っ向から向かいなさい、オノノクスッ!!」
最後はデンジはエレキブル、真咲はオノノクスだ。
デンジのエレキブルは一目見て極めて鍛え上げられていることが分かる。恐らくオーバのブーバーンと実力、レベルはほぼ同じだろう。
彼の切り札だ。小細工無しの真剣勝負、ならば真咲も小細工の必要ないポケモンを選ぶだけだった。
「エレキブル、『エレキフィールド』!」
「オノノクス、『りゅうのまい』」
互いにコンディション、フィールドを整えていく。
先程とは違う静かな開始に、ヒカリ達の息を飲む音だけが鮮明に響く。
『エレキフィールド』は、飛行タイプや特性がふゆうでない地面にいるポケモンは眠り状態にはならず、電気技は威力が1.5倍近く跳ね上がる特殊なフィールドだ。
パチパチと地面から静電気のようなものが弾けている。
「気にしないで結構ですよオノノクス、『じしん』!」
「エレキブル、こちらも『じしん』だ」
互いに波長の異なる揺れがぶつかり合い、フィールドにヒビが入る。限定された時間で電気技が強化されるという状況で、そのメリットを捨ててでも地面技は避けたいというところか。
ひび割れた先からぶつかった地面が尖った岩のように突き出す。
「エレキブル、そのまま『でんげきは』だ!」
「当たろうと構いません!オノノクス、『げきりん』ッ!!」
《ヴッ、ヴォ、ヴォォオオオオオオオッッ!!!!》
「ひっ…ひぇえ……」
憤怒の形相に切り替わり、オノノクスの身体から目視できるほどの高密度のエネルギーが吹き出す。青黒いエネルギーを纏い大気を震わす咆哮を上げながらエレキブルを攻撃し始めた。
何発もの『でんげきは』を受けようとまるでダメージなど感じさせずに暴れ回る。
腕が、尾がどこかしらにぶつかる度にフィールドが大きく揺れる。地震でも起こっているのかと錯覚しそうな程だ。
流石のエレキブルも防戦一方になり、避けることに専念し始める。
「落ち着けエレキブル、耐えろ。すぐ疲れて攻撃が止むはずだ!」
「……そう簡単に行けば、良いですがね」
真咲が深く笑む。それを傍から見ていたヒカリ達の背筋に得体の知れぬ寒気が走った。
「今だエレキブル、『10まんボルト』!」
「オノノクス!」
デンジの読み通り、やがてオノノクスが疲れ果てて動くのを止める。
しかし次の瞬間オノノクスは機敏な動きで『10まんボルト』を躱した。『げきりん』の後遺症である混乱状態を思わせない。
確かな理性の元オノノクスは攻撃をかわし切り、再び『りゅうのまい』をする。
命令もしていないのに己の判断で技を使っている。オノノクスは混乱していない。デンジはよくオノノクスを見ると、彼女がキーの実を食べていることに気づく。
「……『げきりん』後の混乱対策に、キーの実を持たせていたのか…!」
「もちろんですとも」
「ハハッ、ハハハ…!いいな、最高だ、あんた。今年の中で一番寒気がしたぜ」
「それは光栄です。……さて、そろそろ終わりにしましょうか。オノノクス、」
オノノクスが咆哮を上げる。
鼓膜を突き破らんばかりの咆哮に、コウキが悲鳴をあげた。オーバも背筋に冷たい汗が走る。
真っ向から向かい合うデンジとエレキブルは己の足が竦むのを感じた。こんなのは初めてだ、膝をつきそうになる。
フィールドの天井に光が瞬いた。
「『りゅうせいぐん』」
この日一番の轟音と爆発が、フィールドを覆い尽くした。
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