「やりすぎよ兄さん」

戻ってきた真咲達を出迎えたのは妹の一喝だった。

「地下フィールドでのバトルはなるべく控えてって言ったじゃない。眠ってた森のポケモン達が驚いて軽い騒ぎになってたのよ」
「しかしヒルガオ、ここでバトルをするならあそこしかないではないですか」
「屁理屈言わない」
「理不尽でしょう」

150cm程だろうか、真咲より一回りも二回りも小さな身体ながら真咲を怒涛の勢いで叱り飛ばしている。
歳はそこまで離れていないように見えた。そしてあまり似ていないものの、妹も真咲に負けず劣らずの輝くような美貌を有しており、オーバ達の度肝を抜いた。
いつも微笑みで受け流している真咲も流石の妹には頭が上がらないのか言い澱み押し負けている。

「あっあの、ほんとはナギサでバトルする予定だったんです!なのに私たちの我が儘で押しかけちゃって、だからマサキさんは悪くないんです!」
「あら、そうだったの…でも、配慮が足りないのは兄さんが悪いわ。森のポケモンに後で謝ってらっしゃいね」
「そうします。流石に私も反省していますよ、フィールドの修繕も必要ですしね」

兄さん…とジト目になる妹の視線を避けると、とたとたと小走りでこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。

「神父様!ソノオの方々が助言をいただきたいといらっしゃってます」
「おや、何かあったのでしょうかね。ヒルガオ、デンジさん達に紅茶を茶菓子をお出ししてください。直ぐに戻りますので」
「ええ」

では、と真咲が去っていく。
小走りで消えていった真咲を嵐が去ったような気分で見送り、昼顔に促されて席に着いた。

「マサキはいつもあんな感じなのか?」
「ええ。お節介焼きでついつい困った人やポケモンを助けるものだから、兄さんに助けを求めてくる人は毎日のように訪れます」
「あんなに若いのにすげえなあ。こんな大きな教会も管理して、世界中飛び回ってるって聞くしなあ」
「少しは羽を休めて欲しい、というのは身内の我が儘ね。もうそこまで若くはないのだから」
「……ん?」
「え?」
「あら?」

今、確かな認識のずれがあった気がする。

「……えーと、ヒルガオ、さん?マサキさんって…お幾つなんですか?」
「あ…ええと、逆に幾つほどだと?」
「23前後くらい?」
「俺も大体それくらいだと」
「あらあら、兄さんは今年で33、4くらいよ」
「30代!!!???」

33、4。あの見た目で。どう見てもオーバやデンジより少し上といったようにしか見えないのに。
自分達より一回り年上と知ってオーバとデンジは顔を見合わせた。普通にタメに近いくらいだと思って接してしまっていたのに彼はにこやかに応じてくれていた。
後で謝ろう、と決心した。

「あれ、じゃあヒルガオさんは…」
「私は22です。兄さんとは年が離れているの。兄さん、と言っても殆ど私の父親代わりだったけれどね」
「ずっとここで暮らしていたんですか?」
「いいえ、ソノオに越してきたのは随分前だけれど…此処に来るまでは兄さんと各地を放浪していたわ」
「二人で?」
「ええ。私が物心つく頃にはもう両親はいなかったわ。兄さんは何も話してくれなかったけれど、私をここまで必死に育ててくれたことは分かる。でももう私も大人だし、兄さんには少しでも休んでほしいの。…でも兄さん、今まで人とあまり密接に関わろうとしなくて。だから友人なんて誰もいなかったわ」

あんなに人づきあいが良さそうなのに、友人は誰もいなかった。
確かにソノオはシンオウの中でも辺境だ。だがソノオには若い男性もいるし、歳の近い人もたくさんいる。
つまり真咲は、意図的に助言する立場からそれ以上近づこうとしなかったということだ。
昼顔もそれを分かっているのか、少し表情が曇っている。

「だからね、最近オーバさんやデンジさんと頻繁に連絡を取り合ってるって聞いて、嬉しかったの。やっと兄さんにも対等にお話しできる人ができたんだって」
「ヒルガオっ!」

途端、真咲が部屋に駆け込んできた。
凄まじい形相だが、怒ってはいなさそうだ。だが美形のそのような表情は妙に凄みがあって固まってしまう。

「あら、早かったのね兄さん」
「ヒルガオ貴方、挙式の日程が決まったのならそう言いなさい!」
「あら私言わなかったかしら」
「聞いてません!ソノオの方々からついさっき聞いたところです!」

挙式?と各々首を傾げる。
昼顔は美しく顔を綻ばせた。

「私結婚するの。でもここを出ていく訳ではなくて、夫とここで暮らすのだけれどね」
「えっそうなんですか!?おめでとうございます!」
「結婚……!素敵〜〜!」
「だから兄さんも早く身を固めたら?もういい歳なのだから」
「貴方はまたそういう…私は結構ですよ」

確かに真咲の年齢では、結婚適齢期というものは過ぎているように思う。
しかし本人は殆ど興味無さそうで、オーバ達としてもあまり誰かと密接に関わり合う様子は思い浮かばなかった。
真咲とはよく話すようになったというのに、なんとなく、想像がつかなかったのだ。皆平等に、彼は愛しているように思う。
博愛主義、とでも言うのだろうか。

「しかし、どうしましょうかね。彼がここに暮らすとなると、同性で貴方の兄である私がいると窮屈でしょう」
「彼はそんなこと気にしないわ」
「気にしない、と感じる事は別問題です。そうですね、彼にここを引き継いで私はヨスガの教会に引っ込むというのは…」
「なっ、兄さんにそこまで迷惑かけられないわ!ただでさえずっと私の面倒を見てくれていたのに!」
「ヒルガオ、私は貴方の事を迷惑だと思ったことは一度もありませんよ」

真咲は『兄』として、そして『父親』代わりとしての表情で昼顔を諭す。
純粋に、妹の門出を祝福したいのだろう。だが夫婦とは間違いなく二人の時間が必要だ。
そこに身内の男がいれば、昼顔は安心せど相手側はそうでは無い。

「………そうですね。では私は、海外に行きます」
「はっ!?」
「なんでそうなった」
「いえ、前から考えていたことなのです。ヒルガオも彼もそろそろ羽を伸ばせと口煩いですし、私も仕事が一区切りついているので、仕事を暫く休んで海外に観光に行こうかと。そうすれば貴方達はしばらく二人での暮らしに馴染めますし、私も休めます。一石二鳥でしょう」
「そ、そうかもしれないけれど、どこに行くつもり?海外って…イッシュやカロスに?」
「いえ、そこは仕事で何度か伺ったので、ガラルに行ってみようかと思います」
「マサキさん、ガラルに旅に出るってこと?」
「……そう、なるのでしょうかねぇ」

目を伏せる真咲の表情は、彼自身まだそれが何を意味するのかを決めあぐねている様子でもあった。
思慮深く、結論を出してから物事を言う真咲にしては随分と直感的な決断だった。
だが真咲は、旅自体には慣れている。目的のない旅でも、経験はあった。だから問題はないはずだ。
昼顔は何か言いたげな、心配そうな顔をしていたけれど、昔から真咲は言い出したら聞かない性格であった。
彼は旅に出るだろう。いつ帰るかは分からない。きっと気が済んだら。

「すみませんね、身内の話に巻き込んでしまって」
「…いや、それは良いんだが。マサキはいいのか、ガラルに行くってのは」
「旅行のつもりなのですよ。別に家出する訳でも、もう帰らないというわけではありません。これは息抜きも兼ねてるんです」

オーバの言葉に、真咲はいつもの笑顔で答えた。
その笑顔に嘘は見えない。彼は真実を言っているのだろう。
だが、その本心も、嘘同様に見えなかった。それで気づく、昼顔の言葉の意味を。

(なるほど、これがマサキが周囲に張り巡らせてる『壁』か)

彼は一定の部分まで決して踏み込ませない何かを感じさせた。
だが。嘘も本心も見えないその表情からほんの少しの疲れを垣間見た気がして、オーバはそれ以上の追及をする事を辞めたのだ。