さて、それから幾日か過ぎた。
妹の昼顔の結婚式を恙なく終え、業務の引継ぎ、挨拶回りも終えて柵の無くなった真咲はふと思い立ち、ガラルに飛んだ。
滞在期間は決めていない。気ままに旅をするつもりだ。
定期的に妹夫婦と連絡を取るという約束を取り付けて漸く叶った旅だった。
ガラルにはシンオウからイッシュまで船で移動し、そこからは飛行機一本で着いた。
小さなトランク一つ、そこにボールや最低限の道具、生活用品、着替えだけを入れている。
ポケモン達は皆連れて来た。というのも、発つ日の朝にトランクの中に全員分のモンスターボールがいつのまにかきっちりと収まり、全員無言の『連れて行け』という圧をかけてきたのだ。
元々ゾロアークだけは連れて行くつもりだったのだが、皆を連れて行こうという気持ちはなく、全員迷いなくついてきてくれるという事にどうしても嬉しくなった。
現在真咲の影の中にはゲンガーが入り込み、真咲のボディガードをしている。
飛行機内で真咲の機内食をたまにつまみ食いしてはアブソルにシバかれていたのは愛嬌だ。
そんなこんなで真咲が最初に降り立ったガラルの地は、エンジンシティだった。
蒸気の町、というものだからスチームパンキッシュで武骨な町をイメージしていたが、其れに反して発展した近代的な街並みと古い建築が良い塩梅で混ざり合った不思議な趣のある町だった。
中央部にある巨大な歯車状のリフトで町を移動するらしい。
「やはりといいますか、シンオウとは随分と違いますね」
『そりゃあお前シンオウは田舎だぜ田舎。イッシュやカロスで見慣れてるだろ、都会は』
「まあそうなんですけれど。それにしても不思議ですね、古い感じがするのに新しい」
『気に入ったか?』
「ええ、とても」
ボールから聞こえてくるゾロアークの声に相槌を打ちつつ町をうろうろと見て回る。
石造りの建物が多いがブティック、サロンという若者向けの店からレコードショップや古本屋などといった壮年向けの店も点在していた。
シンオウにもないわけではないが、やはり異国の地の店というのは総て新鮮に見える。柄にも浮かれているのが分かって真咲は頭を振った。
暫く歩いていると町を出る為の大きな門が見えて来て、そこを潜ると驚くほど広大な草原が延々と続いていた。
道路、ではない。
「……『ワイルドエリア』だそうですよ。野生のポケモンの生息地だそうで」
『要は大自然って事だ。見ろよ、森に湿原、池、廃墟、草原、砂原まである。このワイルドエリアを越えればこのナックルシティってとこにつくわけだな』
「では越えましょうか」
『躊躇いがないな…だが、まあここを越えるしかないし野宿するとしてもお前なら問題ないだろうよ』
「そういう事です。さ、気合入れていきますよ」
ワイルドエリアに入ると門の脇に立っていた男性から親切にもキャンプセット一式を貰った。
どうも最近のガラルではキャンプをしてカレーを作る事が流行しているらしい。だからといってキャンプセット一式とは随分と太っ腹な頂き物をしたので、ガラルではあまりお目にかかれない珍しい木の実をプレゼントしたら大層喜ばれた。
彼のカレー作りに役立てていただきたい。
ナックルシティに行くにはキバ湖・東を抜けてミロカロ湖・北の橋を渡り、エンジンリバーサイド、ハシノマ原っぱ、巨人の帽子を通れば着くようだ。
中々の距離がある。どのくらいで着くだろうか。キャンプセット一式ついでにある程度の食糧も分けてもらっているので、数日の野宿なら何の問題はないのだが。
「気長に頑張りましょうか」
そう意気込んでワイルドエリアに挑んだ。
のだが。
現在、真咲はハシノマ原っぱを爆速で移動している。
とはいっても真咲自身決して足が速いわけではないので、ゾロアークに抱え上げられゾロアークが爆速で走っているのが正しい表記と言える。
なぜこんな状況になっているのかというと、だ。
「随分と傷だらけですねえ。よしよし、痛かったですね、大丈夫ですよモノズ」
《ギュゥ、ウ……》
『おいマサキ!後ろはどうなってる?』
「まだ追い掛けて来てます。追いつかれる危険は今のところはなさそうですが」
真咲が毎度の如く、傷ついたポケモンを拾ってきた。今度は前足がボロボロになって歩けなくなっていたモノズだった。
一通り応急手当をして回復させ、あとはポケモンセンターに連れて行こうとモノズを抱き上げた時だった。
遠くから地鳴りのような音が聞こえ、徐々に徐々にこちらに近づいてきているものだから確認してみれば、ピンク色の可愛らしい容貌の巨大なクマの大群が一斉にこちらへと走ってきていたのだ。
可愛らしいとはいえあまりに得体の知れなさに本能的にまずいと感じたのか、勝手にボールから出て来たゾロアークがモノズと真咲を抱え上げてピンクのクマの大群から現在進行形で逃げ回っているのだ。
「見た事のないポケモンですね。可愛らしい見た目ですけど、たぶんあれはまずいですよ」
『勢い以外に拙いもんがあるのか』
「いえ、彼らの通っている地面が凄まじい抉れ方をしてるんですよ。恐らく彼ら、とんでもない筋力なのでは?多分私たちの事を本気で殺そうとしている気がします、これは勘ですが」
『お前冷静だな』
「何事も慣れです、慣れ。ゲンガー、極力攻撃は避けてください。彼らの気をこれ以上荒立ててはまずい気がします」
《キヒヒ!》
しかしゾロアークの持久力にも限界がある。
野生のポケモンとゾロアークでは間違いなく差があるだろうし、このままでは確実にブチ殺される事確実だ。
良い逃げ道はないものか、やはり真正面から迎え撃つしかないのか…とゲンガーに迎撃命令を出そうとした時だ。
自分達の頭上に大きな影が出来た。まさか新手か?まずいぞ、と思いながら上を見上げた。
「、フライゴン…に、チルタリス?」
『あ?新手は流石に対応できないぞ』」
「いえ、あれは……」
「おい!!!!そこのゾロアークのトレーナー!!!!!アンタだ!!!!!」
こちらから見えるのはフライゴンとチルタリスの腹だが、恐らくフライゴンの背中からだろうか、凄まじい声量の男の声がする。
ゾロアークも頭上に視線を遣った。
一応私トレーナーではないんですけどね、という意見は心の中にのみ留めた。
「どなたですか!?」
「んなことは後だ!!アンタ、ゾロアークを一旦引っ込めてチルタリスに掴まれ!!!死ぬぞ!!!!」
なるほど、空に逃げるのか。
何処の誰とも知らないが助けに来てくれたらしい。八方塞がりで、恐らくは本当に命の危機だったのかもしれない。
チルタリスが下降し始めたので、距離が最も近くなった瞬間ゾロアークを引っ込め、咄嗟にチルタリスに飛び乗った。
「モノズ、しっかり掴まって。ここから離脱しますよ」
《ギュウ…!》
「あんたも掴まってろ、一気に上昇するぞ!」
チルタリスが一気に上昇する。内臓が浮く感覚に息を詰めたが、あのピンクの群れが遠ざかっていく安心感の方が強かった。
恐らくフライゴンのトレーナーと真咲を乗せたチルタリスはそのままナックルシティまで飛んでくれた。
ナックルシティ前のワイルドエリアに降ろされる。
助けてくれた人は随分と背が高く色黒で、目深く被ったオレンジのバンダナとアイスブルーの瞳が印象的な男だった。
そんな男がかなり怒った様子で真咲を見ている。
「ッ死にたいのか!?キテルグマの縄張りに入るなんざ自殺行為だろうが!!」
「キテルグマ…?あれはキテルグマというのですか」
「あ!?キテルグマを知らないのか?…というかアンタガラルの人間じゃないな?何処から来た」
「シンオウです。今日エンジンシティに到着したばかりで…」
「あ゛〜、んな遠くから…そりゃ知らなくても無理はないか。空港や港での呼びかけの見直しが必要だな…」
「……ええと?」
「ああ悪い、必要以上に強く言いすぎた。だがキテルグマの群れに追われるなんざよっぽどだ、アンタ何をしたんだ?」
そう聞かれて、真咲は腕の中の傷ついたモノズを見せた。
彼の目が細まる。
「こりゃあ酷いな。確かにこれは奴らの格好の餌だ」
「この子は人によってここまで痛めつけられています。腹に靴の痕がありました。随分と人間に慣れているようでしたから元々は誰かのポケモンだったのでしょう」
「……!」
「私は今まで幾度となく彼らのような子達を見てきました。自然に生きる者を人間の手で淘汰させるなんてことは決してあってはなりません」
最初真咲が触れた時は怯えた様子を見せていたモノズは、今やすっかり安心しきっていた。
それになにか思うところがあったのか、彼はいつの間にか穏やかな笑みを口元にたたえていた。
「まあ詳しい話はポケモンセンターで聞くか。アンタ、名前は?」
「ああ申し遅れました、私はマサキと申します。助けていただいてありがとうございました」
頭を下げる。
どういたしまして、と笑顔を向ける彼はアイスブルーの瞳をきゅ、と細めた。
「俺様はキバナだ。よろしくな、マサキ」
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