「お疲れ様です、モノズはすっかり元気になりましたよ」
「お世話をお掛けしました」
《がぅう〜〜》
「ふふ、すっかり貴方に懐いているわね」
ジョーイさんに預けたモノズがしばらくして元気になって帰ってきた。
足元にすり寄るモノズに目立った傷痕もない。抱き上げてやれば幸せそうに胸にすり寄ってくる。
「む、思った以上に……」
「懐かれたな、マサキ」
「!」
振り返ると一時席を外していた、真咲を助けた男であるキバナが戻ってきていた。
真咲の身長も185cmとかなりの長身であるというのに、キバナは更にそれより高い。190は優に超えているだろう。
こうも威圧感があるものか、と驚いていた。
「サザンドラの系譜は皆気性が荒いが、あの短期間でここまで懐かせるとは大したもんだな」
「前の主人が余程怖かったのでしょう。…ああこら、其れは食べ物ではありません。私の指です。ちょっと」
「甘えてんだろ。モノズは目が見えねえからな、何でも口に入れて確かめてんのさ」
「…キバナさん、随分とお詳しいのですね」
「まあな。ドラゴンタイプは俺様の専門なんでね」
何だかこの流れにデジャヴを感じる。
いや、彼らから明言された事はないが実際に戦ったのだから分かる。
オーバは炎タイプの使い手であり、デンジは電気タイプだ。彼らは己の専門のタイプを極めたスペシャリストである。
例え相性的に不利であろうと戦術を工夫し、自らの得意を押し付け、最悪ゴリ押しでも勝てるように彼らのポケモンは凄まじい練度を保っている。
なんというか、キバナのあのフライゴンやチルタリスからはそんな気配がしたのだ。
彼らとの戦いがこんなに役に立つとは思わなかった、と今は遠くのオーバとデンジに感謝した。
スン…と黙り込んだ真咲を不思議に思ったのか、気が付いたらキバナに下から覗き込まれていた。
「、なん、でしょう」
「いや、ボーッとしてるように見えたんでね。ところでそのモノズどうするんだ。アンタさえよければこちらで保護できるが」
「おや、そうなのですか。では…………モノズ?」
《イィイ!》
「…嫌がってねえか?」
キバナに引き取ってもらおうとモノズを抱え直した瞬間、モノズが真咲のカソックに噛みついた。
凄まじい力で引っ付き、力づくで引き剥がそうものなら確実にカソックがおじゃんになる。それは困る。真咲はカソック以外の服を持っていないのだから。
流石にキバナも諦めたのか、ヤレヤレと首を横に振った。
「俺様の誘いを断るとは。将来大物になるぜ、そのモノズ」
「……では、この子は私が引き取ります。幸いドラゴンタイプのポケモンの育成には心得がありますしね」
「そりゃいい。…そういえば、アンタのあのゾロアークはかなり鍛えられていたようだがシンオウでジム巡りでもしてたのか?」
「いいえ?私はそういうのとは無縁な地で生きておりましたから」
「ふぅん………」
キバナの目が細まる。まるで獲物の品定めをするような視線に落ち着かない。
彼、子供に泣かれたりした経験はないのだろうかと無粋な事を考えていると、視線を外される。
少しほっとした。彼の視線は、真咲にとってあまり経験のない緊張を与えてくるから。
「……まあ、次ワイルドエリアに行くならもうちっと勉強して、然るべき準備をしてから足を踏み入れるべきだな。手練れのトレーナーもうじゃうじゃいるが、皆が皆俺様のような超善良な奴らばかりとは限らねえ」
「超善良……」
「助けてやっただろうが。超善良、人畜無害だろうよ」
絶対嘘だ。真咲はそう確信した。表情に出ていたのか失礼な奴だな!とデコピンをされた。
まあ超善良かどうかはともかくとして、決して悪い人間ではないのだろう。でなければあんなポケモンの大群に自ら飛び込み、見ず知らずの男を救け、本気で叱るなんてことはしないはずだ。
責任感の強い、そして心根の優しい青年なのだろう。若いだろうにしっかりしているものだ。
「じゃ、そのモノズ大事にしてやりな。俺様はやらなきゃならない事があるんでね、ここらで失礼するよ」
「ええ、ありがとうございました。またいつかお会い出来たらお礼をしますね」
「この町にいるなら割と会えるんじゃねえの?あ、もし暇ならジムチャレンジとかしてみたらどうだ。きっといい気分転換になるだろうよ」
じゃーな、と手をひらりと一度振って去っていったキバナに、なんというか、嵐のような人だった…と肩の力を抜いた。
モノズは腕の中でどうした?という風に覗き込んで、肩によじ登ろうとしてくる。
「……まあ、まずは貴方の歓迎会でしょうかねえ」
《がう?》
――――まさか自分を助けたキバナが、このナックルシティのジムリーダーを務め。そしてこのガラル地方に於いて最後のトップジムリーダーであり、『ドラゴンストーム』の異名を轟かせる最強のドラゴン使いだと知るのは、暫く後の話だった。
『まあ、災難だったなあ。他に類を見ない騒々しい一日目だったな』
「本当ですよ。貴方もご苦労様でした、ゾロアーク」
《ふぴぃぃいっぷ!》
「ウルガモス、モノズが可愛いのは分かりますがその子をあまり温めずともさっきお風呂に入れましたよ」
ナックルシティでホテルにチェックインし、部屋に到着するなりベッドに倒れ込んだ真咲をケラケラと笑う相棒の声に、心なしか安堵する。
それくらい騒々しい一日だった。全く知らない土地では何もかもが違う。
新たな出会いがあったのは喜ばしい事だが、その元となった出来事が出来事なだけに悲しくなる。
結局どの場所でも、ポケモンを道具のように扱う人でなしもいるということだ。
《ひゅん、ひゅ?》
《グルル…》
「…ああ、ごめんなさい。毎回考え込んでしまうのは私の悪い癖ですね。ありがとうメレシー、アブソル」
労わるようにすり寄ってくる二匹を抱きしめ、アブソルの体毛に顔を埋める。
彼らとて虐げられてきたポケモン達だ。皆そうだ。あとどれだけのポケモンが虐げられ、救いの手も差し伸べられぬままに死んでいくのだろう。
真咲は決して救世主ではない。全てのポケモンを救おうなどという考えは極めて傲慢だ。
口に出そうものなら皮肉屋な相棒は悪態を吐くに違いない。
薄暗い方向に考えがいきそうになるのを留める。そうだ。ここには、旅行に、気分転換に来ているのだから。
『マサキ、明日カラドウスルツモリダ』
「移動手段を探したいところですが…暫くは留まってこの地方のポケモンの事や生態、土地性を勉強した方がいいでしょうね。歩き回りながら勉強会です」
『俺ワイルドエリアに行きたいんだけどよ』
「後です後!今日死にかけたのもう忘れたんですか。ちゃんと知識を詰め込んで準備をちゃんとしてから行きますよ」
『ジムチャレンジってやつは』
「却下です」
『早いな。もうちっと検討してくれよ』
「ここ最近のバトル頻度を思い返しなさい。明らかにやりすぎです」
《がう!》
「アブソルも反対意見だそうですよ」
『アブソルはいつだって俺に反対するだろ』
「……貴方達本当に仲が悪いですね…」
火花を散らして啀み合う二匹になぜこの子達はこんなにも仲良くできないのかと頭痛を覚えた。
……別に真咲とてバトルが嫌いな訳では無い。彼らが勝てば嬉しいし、買って嬉しそうにする彼らは見ていて喜ばしいものだ。
だが、バトルは良くも悪くも『対話』だ。それを通してその人物のことが分かる。トレーナーにとってはコミュニケーション手段の最たるもの。
だからこそ、バトルを通して己の何が相手に伝わってしまうのか。それこそが真咲の疎うものだ。
誰にも、それこそ妹にすら見せたことの無い心の奥を覗かれること。踏み込まれたくない場所を踏み荒らされる気がして、落ち着かない。
「とにかく、ジムチャレンジは見送りです。もし、もしですよ、万が一する事になるとしてもノープランはもうたくさんです」
『もう既に保険かけてんじゃねえか』
「何があるか分からないじゃないですか…………」
『実感ガ篭ッテイルナ』
「…ですが、定期的にバトルは必要なのは確かです。バンギラスやオノノクスはフラストレーションが溜まってしまいますからね、発散させなければ」
バトル施設も調べておきましょうか。
そうやって真咲はスマホを取り出したのだが、途端、パッと影にスマホを奪われる。
「あ、こらゲンガー。スマホを返しなさい」
《ケケケケ》
「もう、返しなさい。こら」
『イイ加減ニ休メ、ダト』
「!」
ダークライの通訳で、思わずゲンガーを凝視した。
悪戯っぽく笑っていた顔が、にゅ、と眉を下げた困ったような笑みになる。それがあまりに可愛くて変な声が出そうになるのを何とかこらえきった。
「、……わかりました、わかりました。休みますから、返してください」
《ケケケ》
「ちょっと、結局返さないんですか!こら!待ちなさいゲンガー!」
結局返さなかったゲンガーと真咲の鬼ごっこが始まり、遊んでいると思ったメレシーとモノズがそれに参加し、楽しそうな気配を察知したウルガモスが真咲にのしかかりダウンしてしまい、ダークライが『さいみんじゅつ』で真咲を寝かしつけるまでこの騒ぎは続いた。
―――――第一印象は、引く程美人だ、というものだった。
彼と別れてから半日経つが、未だに鮮明に、仕草の一つ一つを思い出せるほどにキバナの記憶に、真咲の姿は焼き付いている。
(キテルグマの群れひっさげて逃げ回るなんざ見たこともないしな…)
アローラでは最も危険なポケモンとして警告の看板がそこらで見られるほどだ。
ガラルでもその恐ろしさは皆がキッチリと理解しており、手練れのトレーナーであってもキテルグマの縄張りを決して荒らさぬよう細心の注意を払ってワイルドエリアを通る。
最強のジムリーダーと名高いキバナであってもキテルグマと正面切って戦うのは出来る限りは避ける。決して勝てないわけではないが、通常の野生ポケモンと比べればやはり危険度は段違いなのだ。避けられる危険は避けるのが賢明だ。
それなのに、怪我をしたモノズがいるからと易々と縄張りに入って追い掛け回されるなど、もしキバナが当事者であったなら心臓がいくつあっても足りない。
とはいっても、そもそも彼はキテルグマの事を知らなかったのだから注意しろと言っても難しかったのは仕方がない。
エンジンシティに最初到着してからワイルドエリアに入ったと言っていた、きっと今頃エンジンシティのジムリーダーであるカブからリーグスタッフ達に注意喚起が為されているだろう。
しかしあのとんでもない数の群れからゾロアークと共に逃げ切ろうとするその肉体的にも精神的にもタフネスな面は凄まじい。慌てている様子もなく冷静だった事から荒事には慣れているのかもしれない。
聖職者の身形して実はとんでもない男なのかもしれないが、実際に話してみれば寧ろ女性的とも思える程物腰柔らかで嫋やかだった。
キバナの身長は190p以上あり、殆どの人間はキバナよりもずっと低いが、真咲はキバナよりは低いもののそれでも恐らく185pはあるだろう。かっちりと着込んではいたが胸元や腹回りはきっちりと引き締まっているようだから、弱々しい印象は受けなかった。
何より脳裏に焼き付くのがあの容姿だ。キバナが今まで出会ったどんな美しい女性の容姿も霞むほどの完成された顔立ちだった。
真正面から向かい合った時には一瞬目を細めてしまったほどだ。別に彼の顔は発光している訳ではないというのに。
捉え方によっては紳士的な言動、恵まれた体格、輝かんばかりの美貌。もう完璧である。彼がジムチャレンジャーであったなら即日ファンクラブものだ。
(…そういやあのゾロアーク、あのキテルグマの大群相手でも平然と人間一人抱えて逃げ切れていたな)
相当鍛えられている。対応さえ間違えなければ、ワイルドエリアに入っても全く問題ない程度にはレベルも高いだろう。
ゾロアークを引っ込めた後、キバナのフライゴンが真咲の影を随分と警戒していた。恐らく影の中にもポケモンが潜んでいたのだろう。
キバナの知識の中で、人間やポケモンの影の中に入り込めるポケモンはゴーストタイプが大概だが、その何れも対応を誤れば命を落とす危険なポケモンばかりだ。それを顔色一つ変えずに影の中に潜む事を許している辺り、相当豪胆である。
何よりともにキバナと歩んできたフライゴンが警戒するほどのレベルのポケモンが影の中にいたという事が気になる。彼は間違いなく、トレーナーとして一流の技量を持った男だ。
気紛れで薦めて見たものの、考えれば考える程一度戦ってみたい、という気持ちが湧いて来るのはトレーナーの性だろうか。
彼はジムチャレンジしてくれないだろうか。そして願わくば、キバナの元まで登り詰めてはくれないだろうか。
薄い希望ではあるが確かな楽しみが生まれ、キバナは獰猛に低く笑うのだった。
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