次の日から真咲達は勉強がてら探索を始めたのだが、まず最初の難関が真咲の前に聳え立った。
「この地方の女性たち、積極的すぎませんか?」
『キテルグマの群れといい勝負だったな』
真咲は何とか命からがら女性達の群れから逃れ、ブティックに逃げ込んだ。
何があったのかというと、朝ホテルから出て街を歩いていると女性に声を掛けられたのだ。
最初はそれだけだったが、やがて声を掛けてくる人数も増え、終いにはモデルにならないかだのアイドルにならないかだのと勧誘され、この手の勧誘にいい思い出のない真咲が流石に逃げようとすると、逃がすものかと血走った目で数多の女性達と一部の男達が追いかけて来たのだ。
元より真咲は女性が苦手だ。この顔がどうも人好きされるものだという自覚はある。猫なで声で擦り寄ってくる女性達、血走った目で捕まえようとしてくる女性達、スマホ片手に連絡先をしつこく聞いてくる女性達、挙句の果ては盗撮だ。
残念ながら真咲は足が速くはないので、徐々に距離を詰められて流石に焦って来た所で颯爽とゾロアークが近くにいたアーマーガアに化けて真咲を掻っ攫い、人目を撒いたのである。
『お前のその面を少しでも隠すようにしなきゃあな。まず服を買え。カソックしか持ってないとか流石にやばいぞ』
「私、センスがないんですけど」
『それは周知の事実だろうが。何でもいい、何なら店員にでも選んでもらえその方が確実だ。帽子とサングラスは必須だな。カジュアルなのはやめておけ、お前はその手が世界一似合わない』
「さっきからこき下ろされてばかりですね」
『いいか?見た目に中身が伴ってないとそうなる』
「怒っていいですか?」
暗にお前が良いのは顔だけだと言われて流石に真咲も微笑みの中に青筋を立てた。
そしていきなり超絶美形が店の中に飛び込んできておろおろしていた店員に、金額を指定しその範囲内で服を見繕って欲しい、と幾つか条件を加えて頼めば、女性店員達がマニューラの如き素早さで店内を走り回り始めて軽く寒気がした。『こごえるかぜ』を受けたわけでもないのに。
文句なしに雑誌の表紙を飾れるほどの完璧なコーディネートをきっちり金額内で決めた店員たちの手腕に軽く引きつつ、有難く服を購入させてもらった。
店員達は何だか怖いが、提示した条件の中の「うまい具合に顔が隠れる」はきっちりと果たされている為信頼が置ける店である。
店を出れば顔を隠しても完璧には隠せない為視線が突き刺さりまくったが、先程よりはましだ。早歩きで往く。
…シンオウは本当に長閑だったのだな、と身を以て痛感した。
朝と昼は散策しながら町の仕組みやこの地方での移動手段、施設を実際に見て勉強し、夜はホテルで勉強、という生活を数日続け、真咲は結論に辿り着く。
「ワイルドエリアに行きましょう」
『コイツ人目に嫌気が差すあまりに遂に野宿を決意しやがった』
「町はダメです、これ以上追い掛け回されたらポケモン達以上に私がストレスで死にます」
真咲より先に町の地形を覚えたアブソルとゲンガーの誘導で何とか自力で撒けるようになったものの、逃げ切れない時はアーマーガアに化けたゾロアークに掻っ攫ってもらうという行為を繰り返した結果、「アーマーガアを連れた男」として認識され、アーマーガアタクシーが先日軽い被害に遭ったというニュースをSNSで見た時は眩暈がした。
このガラルに於いてSNSは重要な情報網だ。誰も彼もが利用している。ロトムが入り込んだスマホロトムなるものが普及している為真咲も購入した。大変便利である。
SNSのアカウントを作り、己の目撃情報を辿ればまあ山ほどある。怖い。この町中の人間がパパラッチだという事だ。
変装用の服を買って正解だった、と真咲はゾロアークの提案に感謝した。一言二言余計だったが。
それは置いておいて、町中は真咲のストレスが溜まるばかりだった。
だが自分だけならまだいいが、ポケモン達はそうもいかない。真咲に危険が及ぶと思ったメレシーが遂にナックルシティのど真ん中でムーンフォースをぶっ放しそうになったその時点で、真咲は現状の限界を悟ったのだ。
ワイルドエリアなら実力ある限られた者しか生き残れないサバイバルの地、人の目は格段に減る。流石にワイルドエリアの地形も勉強し、生息しているポケモンも大まかにだが記憶した。
逃げるならあそこしかない。バトルする相手には困らないし、ワイルドエリアは貴重なものが自生していたり落ちていたりすると聞く。拾って売れば資金になるだろう。更に木の実も豊富だ、食料にも暫くは困らないはずだ。
「花が咲かない時期のソノオの花畑だと思えばいいでしょう。野宿は得意ですしね」
『俺はお前の料理が心配なんだが』
「失礼ですね、カレーくらいは作れます。それにお菓子作りならゲンガーのお墨付きですよ私は」
『三食カレーか菓子か…いつまで持つかね…』
遠い眼をするゾロアークをはたき、ワイルドエリアの地図を見る。
何処にキャンプするかが重要だ。
『で、どこでキャンプするんだ。うららか草原かこもれび林ってとこか』
「いいえ、げきりんの湖か巨人の帽子です」
『気でも触れたか?最高危険度だが』
「此処なら本当に強い人でない限り来ません。尚且つナックルシティも近いです。もしもの時に駆け込みやすいですし、ここならバンギラスとオノノクスとメタグロスとウルガモスとダークライ、ボールに仕舞いがちになってしまう子達を外に出せますから」
『…なるほどな。無茶なことに変わりはないが筋は通ってんな』
「でしょう?そうと決まれば行きますよ」
余程人目を避けたいのかさっさと荷物をまとめてワイルドエリアへ向かおうとアーマーガアタクシーへ向かう真咲の様子に、ゾロアークは人知れず溜息を吐いた。
(まあ、気分転換にはなっているようだから何よりだが…)
何となくゾロアークは気づいていた。とはいっても付き合いの長さから大凡辺りをつけただけの勘だ。
真咲は本心を覆い隠すのが上手い。その上本人が自分の感情にそもそも気づいていない事の方が大概だ。
どうも彼は情緒の一部がどこか麻痺してしまっているようで、悲しみや怒りを本人すら気付いていないまま持て余している事がある。
その精神の乖離性を無意識に疎んでいるのか、真咲はずっとソノオに籠っていた。ソノオの人々は皆気性が穏やかで、真咲の神経を荒立たせるものはあまりない。あの隔絶された花畑は真咲の心の壁そのものだ。
幼い頃から妹を男手一つで育て上げ、妹の幸せを何よりも願っていたのは知っている。兄として、父親代わりとして真咲は立派に妹を育て上げた。だがあまりに妹との繋がりが強すぎたのだろう、いざ妹が自分の庇護下を離れるとなった瞬間、同時に真咲は拠り所を失ったのだ。
真咲はそれに気づいていない。真咲が旅に出ようとふと思い立ったのも、自ら妹との繋がりを一度断つ事で無自覚な喪失感を目新しい何もかもで埋め合わせたかったのだ。
今彼は、新たな拠り所を探している。
(今お前が求めているのは、妹の代わりか?それとも、)
もし答えが見つかるのなら、それまでゾロアークはいつまででも真咲に付き合うつもりだ。
なんなら、ガラルに移住をしたとしても。それでこの男が、いつか本心からの笑顔を見せてくれる時を夢見て。
「ゾロアーク何をしているんです。早く行きますよ」
『はいはい』
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