ワイルドエリアのげきりんの湖に籠って早数日。
無謀かと思われたワイルドエリア最難関コースブートキャンプは思った以上に穏やかだった。
というのも、ゾロアークたちの練度が十分に高かった事と真咲のサバイバルスキルの高さが要因の一部でもあった。
だがそれ以上に。

《ヴァアーッッ!》
「ラプラス、どうしました?沢山お客様を連れて来たんですねえ。…え?あっまたこんなに沢山木の実を?いつも有り難いですがよろしいのですか?」
《キャウ!》
《ヴゥ!》
「ふふ、ありがとうございます。お礼にモーモーチーズのカレーをたくさん振舞いましょうね」

これである。
毎日のように野生のポケモン達が真咲の元を訪れては木の実や落とし物を届けに来るのだ。
事の発端は湖上で気を失っていたラプラスの手当てをした事だった。随分とボロボロでお腹を空かせていたラプラスを付きっ切りで看病し、食事を与えたり等した結果、すっかり回復したラプラスにお礼として山ほど真珠や大きな真珠、おだんご真珠を貰ったのだ。
換金額を考えるだけでも恐ろしいのだが、それだけではなくラプラスを助けたのを見ていたらしい野生のポケモン達が最初は警戒していたものの徐々に真咲に近づいてくるようになり、木の実をあげたりカレーやお菓子をあげたりしている内に見事に懐かれてしまったのだ。
ゾロアークは『最早第二のソノオの花畑だな…』と遠い眼をしていた。
カレーのお礼にたくさんの木の実や落とし物を持参してくるようになり、真咲のテントは毎日野生のポケモン達で賑やかだった。
最近はずっとボールの中だったメタグロスやバンギラス、オノノクス達もポケモン達とすっかり仲良くなり、メレシーとモノズはイーブイの進化系のポケモン達としょっちゅう遊んでいる。
ワイルドエリアは天候の変化が激しいが、雪の時はブースターやキュウコンたちがテントの中に入ってくるし、雷雨の時はロトムやサンダースたちがスマホロトムの充電やテントの電気の供給に積極的に来てくれる。
ナックルシティへ物資の調達をしに行く際はギャラドスやラプラスが岸まで運んでくれる。
凄まじい懐かれようだ。カレーの配分の為急遽大鍋を調達する羽目になったが、例のキャンプのお兄さんがウイ、ズリ、ブリー、ヨプ、ヤチェの実など珍しい木の実を差し出したら快く譲ってくれた。カレー作りに役立てていただきたい。

今日はラプラスの背に乗ってランチだ。今日は晴れている。
ギャラドスが開ける大口にカレーを流し込んでいく。今日はピリ辛モーモーチーズカレーだ。
嬉しそうに跳ね回るギャラドスは未だに情緒がコイキングのままなのではないかと思う程には穏やかなのだが、すり寄ってくるギャラドスというのも可愛いものだ。
ふと岸の方を見たらゾロアークが自分の分のカレーにマトマを絞ってかけている。正気ではない。ダークライが心底ドン引きした顔で少しずつゾロアークから距離を置いているのが面白い。ダークライのカレーは少し甘めなので猶更だ。

『なんでお前レンジで簡単飯系はいつも失敗するのにこういうサバイバル飯は美味いんだろうな』
「私電子機器が苦手で…」
『ジジイか』

痛烈なツッコミに苦笑いをするも自覚はあるらしい。
機械に弱いのは昔から変わらないらしく、スマホを使いこなせるようになったのもほんの最近の話だ。
SNSを使いこなせるようになったのも仕事の告知の為で、仕事の為となれば覚えるのは速いがその他の事となるととんと駄目なのがこの男なのだ。
なんでもそつなくこなす外面に騙されてしまいがちだが真咲は本来不器用な人だった。

(本来なら、こんな所に逃げ込まなきゃいけねえような奴じゃあないんだがな…)

呆れるほどにこの男は凡人然としているというのに、一体何があれ程人々を駆り立てるのだろう。
過剰とも呼べるほどの他者からの求めに応えられるほど、この男は実の所強いわけではない。
どの地方に行っても結局は同じなのだろうか。ゾロアークはどこか遠い眼をした。




ワイルドエリアに引き籠って一週間余り、真咲達はすっかりワイルドエリアに馴染んでいた。
野生のポケモン達もすっかり真咲達を受け入れたのか、時折他のエリアに生息しているポケモン達も真咲のカレーを食べに木の実や落とし物を持参して来る始末だ。
げきりんの湖は今までにない賑わいを見せていた。そんな時期のある日だった。
一匹の野生のキリキザンが、大きな大きな迷子を連れて来たのだ。大急ぎでポケモン達をモンスターボールに仕舞ったからかボールが不満げに揺れている。

「とてもしっかりしたキリキザンだと思ったが、野生なのか!すごいな!」
「ええ、彼はとても賢くて…いえ、ええと、そうではなくて…」
「ああすまない、元々俺はエンジンシティに行こうとしていたんだが…迷ってしまってな!どうしようかと悩んでいたらこのキリキザンが此処まで連れて来てくれたんだ」

なんというか、すごく溌溂とした迷子だ。
鍛え上げられた浅黒い肉体、その中で一際輝く陽のような金色の瞳は眩しすぎて、それなのに懐っこさを感じさせる。
無垢で真っ直ぐな瞳を持つ青年は、自分を堂々と迷子だと名乗った。潔いものである。

「エンジンシティは反対方向ですよ」
「!?そうなのか…」
「地図は見ないんですか?」
「いつも見ているんだがいつも迷うんだ」
「筋金入りですね…というか、いつも迷うんですね……」

彼の家族は心配ではなかろうか。キリキザンもやや引き気味である。野生のポケモンにも引かれている。
連れてこられてしまったのだ、キリキザンを責めるわけにもいかない。寧ろ彼は人助けをしたのだから褒めるべきだ。
だがこの青年に道を教えた所で確実に迷うだろう。



色々と先の事を考えて若干怖くなった真咲は、結局エンジンシティまでこの青年を案内した。
ナックルシティにはない物資を買いに行かなければならなかったし、良い機会であったと思おう。

「丁度物資を補充しようと思っていましたからね、何という事は無いですよ」
「すまない、とても助かった!とても親切なキミ、ぜひお礼をさせて欲しい!」
「お礼ですか?いえ、そこまでしていただかなくても」
「俺の気が済まないんだ」

うぐぐ、折れそうにない。すごく真っ直ぐ見つめられてやや怖い。
彼はいつもこのようにゴリ押しなのだろうか。こちらが折れざるを得ない。

「……………では、お言葉に甘えて……」
「ああ、甘えてくれ!…と、そういえば名乗りもせず済まなかったな。俺はダンデ、キミは?」
「私はマサキと申します。ガラルには旅行で来ているのです」
「旅行か!成程、ガラルはいいところだろう?何処から来たんだ?」
「シンオウです」
「シンオウか!親善試合で何度か行ったが、あそこは寒いな!」

親善試合というワードが脳裏に引っかかった。…嫌な予感がする。
真咲は自分の顔が引きつっていくのを感じながら、何とか表情筋に力を込めた。

「親善試合、ですか……あの、失礼ですがダンデさん、あなたは普段何をされて…」
「兄貴ーーーーー!!!!探したんだぞ!!!!!!」
「ん?ああ、ホップ!それにユウリくんも、すまないな!ここまで来てくれたのか!」

背後からすごい声量の声がビリビリきて思わず距離を取ると、入れ替わりのように小さな影がすっ飛んできた。
12,3歳くらいのダンデによく似た少年だ。兄貴と言っていたからダンデの弟だろう。彼の後ろについてきている緑のベレー帽をかぶった少女は、友人だろうか。
エンジンシティに来たのは彼らの為なのかもしれない。話し込む気配がするし、乗じてここから去ろうかと踵を返した瞬間に目聡くダンデがとんでもない力で真咲の腕を掴んで止めた。

「待ってくれマサキ、まだお礼をしていない!」
「いえダンデさん、ご家族の方がいらっしゃるなら私は邪魔になるのでは…!」
「ん?もしかして兄貴を此処まで連れて来てくれたのか?だったらお礼をしなきゃ筋が通らないんだぞ!」
「やっぱり弟さんですね…血のつながりを感じる……」」

何というゴリ押し兄弟だ。ユウリと呼ばれた少女はニコニコと笑いながらその様子を見ているが止める気配は全くない。
そして何故か周囲に人だかりが出来始め、こちらにスマホを向けてくる人がちらほらと見え始めた。
首に巻いたスカーフで口元を深く隠す真咲の様子にダンデ達も漸くギャラリーに気付いたのか、太陽のような笑顔で「此処じゃあ目立つな、いい店を知っているからそこで話そう!」と提案してきた。
人目も避けたいし、多分彼らからは逃げられないだろうと観念して、真咲はダンデ達について行くことにした。





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