ダンデ達に連れられて個室のカフェに入店した真咲は、やっと人の海から解放されて息を吐いた。
案内しただけだというのに、何だこの疲れようは。
足元の影からダークライの気遣わし気な気配を感じるのが有難い。本当にこの子は優しい子だ。
運ばれてきたコーヒーとケーキに口をつけていると、じっ…と三人から向けられる視線に気づく。

「……ええと、何か?」
「いや。室内なのにサングラスとそのスカーフは外さないのか?」
「あっ、忘れてましたね…」

だからか、なんとなくコーヒーが飲みにくかったのは。
流石に室内でこの格好はマナー違反だ。サングラスとスカーフを外して素顔を晒すと、「おお!?」「んっ!?」「ひえ…」という三者三様の反応が返ってくる。
ここまで露骨な反応をされると、ちょっと、いやかなり心に来る。

「SNSで見た人だ…!アーマーガアのお兄さん!」
「えっ私そんな風に呼ばれてるんですか」
「俺も見たことあるぞ!すごい拡散されててちょっとした炎上騒ぎになってるって…」
「え、炎上」

一気にケーキが喉を通らなくなった。最近はSNSのチェックを怠っていたのだがまさか炎上まで来ているとは。
ガラルのSNSは本当に恐ろしい。迂闊に街を歩けない。こんな子供にまで顔を知られている。
顔を顰めた真咲に何か思う所があったのか、先程の笑みを引っ込めたダンデが真剣な目つきで真咲に向かい合った。

「俺もキバナから話は聞いている。多分キミは被害者だ、とな」
「えっ、キバナさん…とは、あのキバナさんですか?」
「?彼以外にいないだろう?まあそれは置いておくが、炎上云々に関してはキミに対してではなくキミへの行き過ぎた追い掛けに対する炎上だ。キミのせいじゃない」
「マサキさん、だっけ?何があったんだよ?」

ダンデの弟、ホップにそう問われる。
こんな小さな子達にも相談に乗ってもらってしまっている。そこで漸く、自分はそこまで追い詰められているのだと気付いた。
ワイルドエリアでの生活は楽しかったが、過剰なまでに人目を避けて逃げ続ける生活が本当に心を穏やかに保てるかと聞かれれば決して否だ。
ある程度掻い摘んで説明すると、ホップやダンデの顔が険しくなっていく。

「あの、マサキさん」

口を開いたのは、ユウリだ。

「はい?」
「あの、私とホップは子供ですけど、こういうSNSでの人との接し方に関するトラブルは、ある程度慣れてます。でも、マサキさんはきっとそれで困ってるんですよね。マサキさんを街で見なくなったって心配してた人、沢山いました」
「…!」
「私達でも、少しだけなら力になれると思うんです。…きっとしっかり対応してくれるのは大人の人達ですけど、それまでは私達も助けになれるかもしれないから」
「ああ。想像するに、街中にいられなくてワイルドエリアにずっと籠っていたんだろう?ワイルドエリアは本来、そんなに長い間いられるような場所じゃあない。なんとなく、キミは疲れているんだろうと俺でもわかるさ」
「……………初対面の貴方達にもわかる程、私は憔悴しているように見えましたか」
「ああ」
「…そうですか。…まだまだですねえ、私も。色々な事がありすぎて、整理がつかなくなっていたのでしょうね。………相談に乗っていただいて、考える事に余裕が出来ました。ありがとうございます、ダンデさん、ホップさん、ユウリさん。旅先で貴方達のような優しい方々に会えた私は果報者です」

自嘲に近い笑みではあったが、久しぶりに人前で自然に笑えた気がした。
目の前に座っていたユウリが目を丸々と開く。こうしてこんな表情を見ると、ヒカリやコウキと同年代くらいだろうか、と思った。

「………………わぁ」
「?どうされました?………もしかして私の顔にケーキの屑とかついてます?」
「あ、いえ、そういうのじゃなくて。…マサキさん、モデルとか俳優さんじゃないんですよね?」
「ええ。私は神父ですので…」
「えっ神父さんなんですか!?」
「ああ、キバナから聞いたぞ!ポケモンの結婚式もしているそうじゃないか、今のトレンドだと。ルリナやソニアも気にしていた」
「俺も聞いたことあるぞ!」
「私あの人に個人情報を流した覚えないんですけど……特定早くないですか…人の個人情報を流し過ぎじゃないですかあの人…」
「マサキさんポケモンの結婚式の人だったんですね…!」

ユウリの熱い視線が突き刺さる。やはり女の子はこの手の流行には敏感らしい。
これは、ガラルでの仕事も増えそうだなと遠い眼をした。あとキバナはいつかまた会えたらちょっと個人情報についての議論を交わさねばならないと決意した。礼も含めて、だ。

「あの、私も依頼したら、ポケモンの結婚式をしてくれますか?」
「もちろんです。一生の記憶に残る素敵な結婚式をセッティングいたしますとも」
「じゃあ予約!予約します!!」
「ユウリのポケモンに結婚の予定あるのか?」
「今のところはないけど!私のインテレオンやドラパルトに素敵な出会いがあるかもしれないでしょ!」
「ないのかよ!」
「俺のリザードンにもあるかもしれないしな!俺も予約しておくか!」
「新旧チャンピオンのポケモンが結婚とか、ある意味ニュースになるんだぞ……」
「………………えっ」

今。ホップからとんでもない発言を聞いた気がした。
穏やかな気持ちで飲み干したコーヒーが喉の変な部分で堰き止められている気がする。
凍り付いた真咲にホップはやっぱりな、と笑った。

「俺の兄貴は旧ポケモンチャンピオンで、ユウリは今のチャンピオンなんだぞ!ガラルで一番有名な二人なんだぞ、だから俺マサキさんが兄貴とユウリの事なんも知らなくて驚いたんだ」
「ホップだって準優勝じゃないか」
「ホップだって有名人でしょ!」

またとんでもない人たちと知り合ってしまった。
耐えられなかった真咲の喉は、盛大にコーヒーを誤嚥して噎せるに至った。
肺炎の危機を本気で感じた。こんな小さな子がチャンピオン、この世界は一体どうなっているのか。
ちなみに、キバナがガラル最強のジムリーダーのドラゴン使いだという事も知り、今度はケーキを誤嚥した。




増えた連絡先を見て真咲は思わず寄る眉間の皺を揉み込んだ。
シンオウ最強のジムリーダー、シンオウリーグ四天王、ガラル旧チャンピオン、ガラル新チャンピオン、ガラルリーグ準優勝。何だこのラインナップは。胃が痛い。
ユウリのSNSアカウントを見せてもらったところ500万フォロワーというとんでもない数字を叩き出しており眩暈がしたが、そのユウリがフォローした選ばれし十数名のアカウントの中に軒を連ねてしまった。
ダンデとホップにもフォローされ、本気で胃が痛い。
そしてユウリとホップにも随分と懐かれてしまい、現在手を引かれながらエンジンシティを歩き回っている。正直大変周りの視線が痛いが、彼らが楽しそうならもうどうでもいいかもしれない。
ダンデは忙しいのか、先に仕事に戻ってしまった。どうも忙しい合間を縫って来ていたらしく、本当に邪魔をしてしまったと謝罪したが彼は笑って「そんな事を言うな!」と言った。心が広すぎないか。
そのダンデの代わりと言ってはアレだが、子供達に連れ回されて現在買い物をしている。

「あっ新作のフーズ!此れなら食べてくれるかなあ」
「おや、食が細い子がいるのですか」
「最近捕まえたエレズンなんですけど全然食べてくれなくて…」
「俺も最近孵ったスナヘビが全然食べないんだぞ」
「ふむ。もしかしたら、フーズが合わないのかもしれませんね」

今までの経験を活かして彼らにオリジナルフーズの作り方を伝授すると、甚く熱心に聞き入ってメモを取っていた。
とても熱意のある子供達だ、将来に期待しかない。本当にポケモンが大好きなんだろう。

「余裕がある時で構いませんが、木の実を混ぜてみるのも良いですね。ガラルは木の実が豊富ですし、ワイルドエリアに沢山自生してますからね」
「ワイルドエリアの木の実かあ…木を揺らすと木の実が取れるんだけどしょっちゅうヨクバリスが落ちて来て木の実持って行っちゃうから…」
「……?木の実って…木を揺らして落とすんですか…?」
「えっマサキさん今までどうやってワイルドエリアの木の実取ってたんですか」
「??野生のポケモン達がいつも持ってきてくれましたね」
「「??????」」

ユウリとホップから「一体何を言っているんだコイツは」という目を向けられた。
しかしシンオウの木の実の成る木は皆低木であるから揺すらなくても自分で採れたし、ガラルの木も真咲の身長なら容易く採れる。
なるほど、ヨクバリスというポケモンがいるのか。名前からして欲張りそうだが。

「そういえばマサキさんってワイルドエリアでずっと野宿してたんですよね…?どこでしてましたか?ハシノマ原っぱとかうららか草原とか…?」
「げきりんの湖です」
「正気じゃないんだぞ」
「人が来ない、という点で最適だったのが、あの場所だったんです。あそこは特にポケモンが強いですし、本当に強いトレーナーの方しか寄り付かないと聞きましたからね。確かに色々と大変でしたが、楽しかったですよ」
「げきりんの湖でキャンプできるなんて一流のキャンパーなんだぞ……」
「じゃあマサキさんのポケモンって、とっても強いんですね!?」
「?ええ、まあ…」
「よし!バトルしましょうマサキさん!!」
「あっずるいんだぞユウリ!俺だってバトルしたい!」
「アッこの流れデジャヴですね」

勘弁してくれ。デンジとオーバも知らなかったとはいえ中々の大物だったというのにここまで来てチャンピオンとバトルはシャレにならない。
ユウリが街中で堂々と真咲にバトルを申し込んだせいか、後ろからチラチラとユウリ達を見ていた野次達が一斉に色めき立った。
このガラルにおいてチャンピオンの影響力というのは、他の地方の比にならない。
ジムリーダーやチャンピオンには各々スポンサーがつき、芸能人とも遜色ない影響力があるのだ。それだけ『バトル』が重要視されている地方において、トレーナーの頂点に立つチャンピオンという肩書は最高の知名度と注目力がある。
このガラルでユウリを知らないものなどいない。そんな彼女から堂々と街中でバトルの申し込みがあればメディア大歓喜だ。
チャンピオンだけでなく、チャンピオンのライバルにしてリーグ準優勝のホップも申し込んだとあれば、もう、なんというか。胃が痛い。

「あの、流石にここでチャンピオンがジムバッチをひとつも持っていない人間に対して試合申し込みはまずいのでは?」
「非公式試合ですから、プライベートですから!ね!?」
「他の地方のポケモンや技、すっごく気になるんだぞ!」
「私が他のトレーナーに殺されかねません………………………」

もう既に刺殺さんばかりの視線がいくつか突き刺さっている。
チャンピオンに挑みたくても挑めない者達はこのガラルに溢れ返っている。まるで抜け駆けのようにバトルをする、そんな事が出来る程真咲は肝が据わっていない。

「…チャンピオンとして、じゃなくて、一人のトレーナーとして貴方とバトルしてみたいんです。だめですか?」
「……う、……」

そうきたか。いやだが、しかし。
そうしてまごついている真咲の足が、スパン!と小気味良い音を立て叩かれる。
影からの『かげうち』に呻いた。

「ぐっ、ゲンガー…『かげうち』はずるくないですか…」
「えっゲンガー?あっ影に!?すごいよホップ、マサキさんの影の中にゲンガーがいる!」
《ケケケ!》

なよなよすんな、の意だろう。ゲンガーはバトルをしたいらしい。出すとは言っていないのに。
貴方いつからそんな戦闘狂になったんですか、とゲンガーを睨みつけるがゲンガーは知らんぷりでユウリとホップに弄ばれている。
懐っこい性格は彼の美徳ではあるが、甘やかしすぎましたかね…と眉間を揉んだ。
ユウリとホップは人懐っこいゲンガーの笑顔にメロメロだ。

「ゲンガーってこんなに可愛いんだな!初めて知ったぞ!」
(その子、どくどくだまを『トリック』で相手に押し付けて『ベノムショック』をしてくるような子ですよ)

子供達の気持ちの為にこれは言うまい。『言っちまえば?』という相棒の声が聞こえてくる。

「………バトルの件は、検討させてください。前向きには…善処しますので…」
「すごく粘ってるんだぞ……。あ、じゃあもう一個だけ、もしよければ、頼みがあるんだけど…」
「?」
「俺達と同い年の友達なんだけど、キャンプした事なくて。でも一度友達同士でキャンプしてみたいって言ってて」
「すっごく強い子なんですけど、でもその子のお兄さんがキャンプ慣れした大人と一緒じゃないと、って言ってたんです。…もしマサキさんが良ければ、キャンプのノウハウを教えてあげて欲しいんです」

なるほど。彼らと同い年となれば、その子の兄はそれはそれは心配だろう。
真咲にも妹がいるから分かる。どれだけ強くとも、ポケモンがいなければ彼らはただの子供なのだから。
子供だけでキャンプは危険だと言っても今更だろうが、せめて信頼できる大人が一緒に、というのはその子の兄のせめてもの譲歩だろうか。相当渋ったと思われる。
だが、妹がそう望むのならと決断したのだから、妹想いのいい兄なのだろう。

「私は一向に構いませんが、私よりも信用できる大人が貴方達の周りにはたくさんいるのでは?ジムリーダーの方々とか」
「それも考えました。きっとみんな快くオーケーしてくれるだろうけど、みんなジムリーダー以外にも副業してるのが殆どで、忙しいのに邪魔しちゃ悪いかな、って…」
「マサキさんは見ず知らずの兄貴を救けてくれたし、ワイルドエリアの警戒心の強いポケモン達にも懐かれてるんだから信頼できるんだぞ!ポケモン達は嘘つかないからな!」
「その理論もやや不安ですが…そのお友達はどうなのです?その子にとって私は見ず知らずの胡散臭い男ですよ、流石に嫌でしょう」
「大丈夫だと思います!マリィは人見知りだけどすっっごくかわいい良い子なので!」
「何の保証にもなってないですね…??」
「会ってみればわかるんだぞ!」

凄く押しが強い。今日会ったばかりの大人の男に何というコミュニケーション能力だ。
何だかあまりに心配になってくる。大丈夫なんだろうかこの子達は。
きっとその友人の兄は彼らのこういう所が心配なのではないだろうか。気持ちが痛いほどわかって来た。
影の中に潜っていったゲンガーは行く気満々である。もうだめだ。

「………わかりました。その子にまずは会ってみて、大丈夫そうでしたらキャンプに行ってみましょう」
「やったー!ありがとうマサキさん!でも、いいんですか?いきなり私達とキャンプに、って。会ったばかりなのに」
「すごく今更ですね?今日の貴方達を見てすごく心配になったのが理由の一つですが…相談に乗っていただいたお礼です。私にはこれくらいしか出来る事がありませんから」

そう言うとやった〜!と喜んでハイタッチするユウリとホップを見て、やはり自分は何だかんだ子供に甘いのだな、と苦笑いした。