「まずお前だ、派手にぶちかませ!ギャロップ!」
《ヒヒィイーーーーーーン!!!》
む、ギャロップか。素早い相手だ。
一瞥した後、腕の中のメレシーをコツリと叩く。目をぱちくりさせているメレシーに微笑んだ。
「メレシー、貴方が出てみますか?」
《!フゥン!フュン!》
「はい、ではやってみましょうか。頑張りましょうね」
「メレシー、なあ。確かアローラのポケモンだったな」
知っているのか。だが恐らくこの地方では馴染みがない筈だ、それを逆手に取れるだろうか。
ギャロップの炎が強く燃え上がる。
「ギャロップ、『かえんぐるま!』」
「させませんよメレシー、『トリックルーム』!」
「!」
周囲の空間がぐにゃり、と歪んでいく。メレシーを中心として時空がひずむ。
この空間は素早い者ほど遅くなり、遅い者ほど素早くなる。メレシーはどうしても岩タイプの宿命である鈍重さが弱点となる。
だが、『トリックルーム』を覚えられるメレシーだからこそ己の鈍重さは強力な武器なり得るはずだ。
「だがこればっかりは遅らせられねえな、そのままメレシーにぶつけなギャロップ!」
「メレシー、『リフレクター』」
ギャロップの『かえんぐるま』はメレシーに直撃するが、その直前に張ったリフレクターが機能した。
メレシーは平然としている。
タイプ相性、そして物理攻撃のダメージを半減させるリフレクターがある上にメレシーの最大の特徴は異常ともいえる程の防御、特防の高さだ。攻撃力、特攻は全く芳しくない代わりに、要塞の如き硬さをしている。
生半可な一撃ではメレシーの体力は全く削れない。
「今度はこちらの番ですよ、『ストーンエッジ』!」
「そうはいかねえよ『とびはねる』だ!」
ギャロップが天高く跳躍した事で尖った岩の群れがギャロップにあたる事は無かった。
そのまま弧を描いてメレシーの元へ巨体が飛び込んでいく。
「『うちおとす』」
「何ッ!?」
『とびはねる』や『そらをとぶ』など、こちらの技が殆ど当たらなくなる技を使っている相手を文字通り『撃ち落とす』技だ。強制的に地面へと叩きつけ、更に特性『ふゆう』や飛行タイプのポケモンにも地面技が当たるようになる。
予想はつけど準備をしていなかったギャロップは地面に叩きつけられたが、やはり練度が高いのか平然と起き上がってくる。
しかしダメージはある。明らかに練度の高い相手との戦いにおいて大事なのはどれだけダメージを与えるかではなく、いかに相手のペースを崩すかだ。
相手が戦いやすい土壌を土足で踏み荒らす事が大事なのだ。…ああいやだ、ゾロアークの受け売りがこんな所で役に立つなんて。
「畳みかけなさいメレシー、『ストーンエッジ』!」
「ギャロップ、突っ込みな!『スマートホーン』ッ!」
《ヒヒィインッッ!!》
「!しまっ…」
指示を出す間もなく、ギャロップの『スマートホーン』が直撃した。
メレシーは岩・フェアリータイプ。鋼タイプの技は4倍のダメージを負ってしまう。
リフレクターの効果があるとはいえ4倍だ、更に練度もレベルも相手が上である事を考えれば相当のダメージになってしまったはずだ。
最初の『ストーンエッジ』でメレシーの素の攻撃力の低さを見抜き、あの程度なら小細工なしで突っ込んでもまだ戦えると即座に計算したのだろう。急所に当たる確率の高い危険な攻撃であるというのに、とんだ博打だ。
叩きつけられたメレシーは痛みに震えている。
「大丈夫ですか、メレシー」
《フュウゥン…!》
「…そうですか、決して無理はしないように」
起き上がるメレシーの周りの空間の歪みが元に戻っていく。…トリックルームの効果が切れたのだ。
これで元通り素早さの高いギャロップの先制攻撃となる。
「とどめにしなギャロップ!『だいもんじ』ッ!!」
「畳みかけてきましたね」
反動を顧みずに大技をぶつけてくる。物理技ではないからリフレクターも貫通する。
体力が満タンではないから特性の『がんじょう』も反映されない。もろに受ければ間違いなくメレシーは戦闘不能になる。
しかし攻撃力の乏しいメレシーでは相手の体力を削り切るなど端から期待できない。どれだけ強力な技を振舞おうと、そこは練度とレベルがものを言うのだ。
メレシーはその硬さを生かした受け身の戦法を主とする。
ならば――――
「メレシー、『マジックコート』です。諸共吹き飛ばしなさい」
《フュウウウウウウンッッ!!!!》
「やばっ…!止まれ、ギャロッ…!!」
ギャロップの渾身の『だいもんじ』がぶつかる直前に張った『マジックコート』によって、フィールドが大爆発を起こした。
『マジックコート』は、張った後に己が受ける特殊技を全て跳ね返す技だ。
これはギャロップが放ってきた技が『だいもんじ』であったからこそ打てたものであり、これで『フレアドライブ』が来ていたら大変なことになっていた。
土煙が晴れる。そこには目を回したギャロップが転がっており、辛うじて意識を飛ばさずにいるメレシーがフラフラと真咲の元へ帰って来た。
「ギッ…ギャロップ、戦闘不能!メレシーの勝ち!」
呆然としていた審判が漸くメレシー側の旗を上げた。
メレシーは真咲の腕に収まると途端に目を回してしまった。すっかり疲れてしまったのだろう。
「戻れギャロップ、よくやったぜ!スゲーなあんたのメレシー、カッチカチじゃねーか!」
「貴方のギャロップも凄まじかった。これほどまでに鍛え上げられたギャロップを見たのは初めてです」
「ありがとよ。だがこれが全力と思うなよ挑戦者。オーバ様のポケモンはこれからが本番だぜ」
「おやおや、それはお手柔らかに」
メレシーを抱き直すと、鞄からモンスターボールを出す。
見ずともわかる。誰よりも傍にいたポケモンのものだ。暴れたくてうずうずしているのが分かる。
「出番だぜ、ミミロップ!蹴散らしてやんな!」
「待たせましたねゲンガー!思い切り暴れなさい!」
オーバが繰り出したのはミミロップ。対して真咲が繰り出したのは―――ゲンガー、だ。
相性は両者、あまりよろしくない。ミミロップはノーマルタイプ、ゲンガーは毒・ゴーストタイプだ。特性はふゆう、地面タイプの技は効果がない。
あのミミロップの特徴からして♂だ。特性のメロメロボディは効かずに済むだろうが、じゅうなんだった場合は対処が変わってくる。
ノーマル・格闘タイプの技はゲンガーには効かない。ゴーストタイプの技はノーマルには効かない。
(――――と相手は思うだろうが。さてどうする?マサキ、化かし切るか?)
(頃合いを見ましょう。……それまで一撃も喰らってはなりませんよ、『ゾロアーク』)
(は、誰に物言ってる?)
このゲンガーは、ゲンガーではない。ゾロアークがイリュージョンで化けているゲンガーだ。
化けられるのは身体だけ。覚えている技、タイプまでは化けられない。そして一撃でもダメージを喰らえばこのイリュージョンは解除されてしまう。
完璧さなど必要なく、どれだけ相手を勘違いさせ、戦況をひっくり返すかだ。
「ミミロップ、『みやぶる』!その後『けたぐり』だ!」
「!そう来ましたか!ゲンガー、躱しなさい!『きあいだま』です!」
『みやぶる』は相手がゴーストタイプの時、ノーマル、格闘タイプの技が当たるようになる技だ。
ゴリ押しで削り取りに来たというわけだ。一気に逆風が吹く。
ゲンガーは凄まじいスピードと身のこなしで『けたぐり』をひらりひらりと躱していく。命令は一度きりだったというのにラッシュのように迫ってくる無数の蹴りだ。
その中の一発を、捉えた。足を引っ掴み、驚いて一瞬動けなくなったミミロップの腹へとゼロ距離『きあいだま』を素晴らしい笑顔でゲンガーがぶちかました。ああ…と真咲は頭を抱える。
《キュゥウウウーーーーーッ!!!!》
「!ミミロップ!!」
「ゲッあのゲンガー、ミミロップの持ってたオボンの実を食ってやがる!いつの間に『どろぼう』を使って…!」」
大ダメージを喰らったミミロップだが、流石といったところか持ち堪えている。
だがアレはあと何発かくらえば落ちるだろう。ミミロップの懐からくすねたオボンの実を食べきったゲンガーはにたりと笑んだ。
そして指でくいくい、とジェスチャーを向ける。
『ちょうはつ』だ。本当に厭らしい性格をしている。まんまと乗せられたミミロップはオーバが指示するより先に『とびひざげり』を仕掛けた。
「ミミロップ!落ち着け!」
「させませんよ。『ふいうち』」
『ケケケ!』
一瞬で背後に回り込み頭部に強烈な蹴りを見舞う。アレは効く。
年季の入った『ふいうち』は未だ避けられた者を見たことがない。アレをぶつけた時彼の機嫌は最高潮に上がる。
更にタイミングを乱された『とびひざげり』は見事に外れ、ミミロップは地面に大激突した。あれは痛い。
「とどめですね。ゲンガー、『あくのはどう』」
最高にテンションの上がったゲンガーによるゼロ距離『あくのはどう』は見事にミミロップへぶちかまされ、ミミロップはなすすべもなく目を回した。
「ミミロップ、戦闘不能!ゲンガーの勝ち!」
『ケケケケケ』
「戻れミミロップ!よくやった!えっぐいな…お前のゲンガー…」
「すみません…ほんとうにすみません…後で説教しておきますので……」
バチン!とゲンガーの頭をはたいたが彼は知らぬ振りだ。改めるつもりはないだろう。
それにゲンガーの戦術に乗っかってトドメまで命令したのは真咲なのだからある意味真咲も同罪だ。
そもそも、互いに互いを知り尽くしているのだからこうなる事は分かっている。分かっていて出した。なら同罪だ。
(どっちがえぐいのか分かったもんじゃあないなァ、マサキ)
(やかましいですよ)
「しかし…随分とそのゲンガーは速いんだな。俺の知り合いに凄腕のゴースト使いがいるが…そいつのゲンガーよりも早い」
「おやおや、お褒めに頂き光栄ですね」
オーバの目が細められる。ゲンガーを随分と警戒しているようだ。
出す技総ての揚げ足を取るような戦術、ノーマルタイプが相手とはいえ直接的な技の数々。
ゴーストタイプの戦い方ではない。そうだろうに。
「こうするしかなかった、と思いましてね」
「そうかよ。ま、これがラスト一匹だ。俺の切り札だ、刮目して見な!来い、ブーバーン!!」
《ブォォオオオオッッッ!!!!!》
「……、すごい」
それがモンスターボールから出てきた瞬間直ぐに分かった。『強い』と。
練度が違う。レベルも違う。先程のギャロップやミミロップの比ではない。
鍛え上げられた身体、細かな傷は今までの戦いの過酷さを思わせる。
恐らくあのブーバーンは、真咲にとってのゾロアークのような存在なのだ。
切り札と、そう呼べる相手。
今まで出会ったどのポケモンよりきっと強い。ぞくりと背筋を詰めたいものが走る。彼も同じだろう、だがその顔には興奮したような笑みが張り付いていた。
「相手にとって不足はありませんね。思い切り暴れなさい、援護しますとも。ゲンガー、『あくのはどう』!」」
「『かえんほうしゃ』で打ち消しな!その後『にほんばれ』だ!」
まずい。天候を操作されるのはよろしくない。
相手の追い風になるような事は出来る限り避けたい。特にあのブーバーンは、だめだ。
ゲンガーもそれを思ったのか、技を打ち消された後の反応が早かった。『にほんばれ』の準備を始めるその瞬間懐に入る。
その瞬間だ。
「待ってたぜ、間合いに入るのをよ!ブーバーン、『かみなりパンチ』だ!」
「!!しまった!」
『グゥウ…ッ!?』
間合いに入るのを読まれた。懐に入った瞬間『にほんばれ』の準備をやめ、『かみなりパンチ』を繰り出される。
フェイクだったというわけだ。随分と思い切りのいい賭けだ。
そして賭けに勝ったブーバーンの攻撃がぶち当たり、ゲンガーは咄嗟に交代する。
だが一撃を喰らった事で、彼のイリュージョンが―――解ける。本性が、露になる。
「…ん?ゲンガーの様子が、……あ!?」
『…ケケ、クケケ、ケケケケ!!ああ、バレちまったな相棒!どうする?』
「思ったよりも早いですね。あとで反省会ですよ、ゲンガー。…いえ、ゾロアーク」
「テレパシーを使えるのか…つか、ゲンガーに化けてたのか…!攻撃ぶつけるまで気づかねえとは…!ゾクッとしたぜ、こんな興奮久しぶりだ!とんでもねえ大物見つけちまったよ、今日はラッキーだなあブーバーン!」
《ヴォオン!!!》
ああ、ゾロアークの悪い癖が出ている。全く血の気の多い。
だがこんなに楽しそうな彼は久しぶりだ。本当に彼は戦うことが好きだ。
騙し騙され、そしてそれを乗り越えた相手を正面から叩きのめす事が彼の何よりの快感なのだ。
『おいおい自分の事棚に上げんなよマサキ。丸くなっちまったかと思ったがそうでもねえんだろ?』
「人聞きの悪い」
『本当は愉しくて仕方がないくせに』
愉しくて仕方がない。…本当に、悪い癖が出ている。
このポケモンはまったく、生粋の悪タイプだ。困った事に。
そんな生粋の悪を飼いならす真咲もまた、生粋の悪タイプ使いだ。翻弄し、化かし、そして叩き潰す事が―――
「……おいおい。とんだ本性を隠してたもんだなあ、マサキさんよ」
「オーバさんまで人聞きの悪い。私はトレーナーですらありませんよ、ただの神父に何を仰います」
「いーや、あんたからはカリンの姐さんやカゲツの兄貴、ギーマと同じ匂いがする。化かすのが楽しくて仕方がないって顔だ」
「む…」
「まだ本気じゃないんだろ。見てえなあ、あんたの本気。見せてくれんだろ。俺じゃあ役不足なんてことはないよなあ?」
オーバが悪い笑みを見せる。生粋の勝負師の顔だ。
戦うのが楽しくて仕方がないって、そんな顔だ。どっちが本性を見せたのかわかったもんじゃない。
正しくオーバは、燃えるような炎の男だった。これ程のトレーナーがいるのか、ソノオの外には。
「…ゾロアーク、あとで『不完全燃焼だ』だとかいう文句は受け付けませんよ」
『そんな余裕があると思うか?寧ろ燃え尽きちまいそうだ。あんな相手滅多に戦えるもんじゃない』
高揚を隠せないとでもいうように金色の目が細まる。
そしてブーバーンとゾロアーク、どちらからというわけでもなくゆっくりとにじり寄り、そして―――
「ブーバーン!『フレアドライブ』ッ!!」
「ゾロアーク!敢えて受けなさい!『カウンター』!」
ゾロアークはブーバーンの渾身の『フレアドライブ』を真っ向から受ける。
そしてその燃え盛る身体をしっかりと捕まえるとゾロアークは己が焼かれているのにも変わらず壮絶な笑みを浮かべた。
『カウンター』は受けた物理ダメージを二倍にして相手に叩き返す技だ。ゾロアークは凄まじいダメージを受けたが、反動ダメージに加えて『カウンター』を思わぬ形で食らったブーバーンもダメージは甚大だ。
次で恐らく決まるだろう。だから。
「消し飛ばせブーバーン!『ギガインパクト』ォッ!!」
「ゾロアーク、『はかいこうせん』!」
とんでもない威力の技を同時に撃ち合ったその瞬間、今までにない規模の大爆発がフィールドを覆った。
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