ナギサジムリーダーのデンジがジムトレーナーに引っ張り出されてジムに戻って来た直後だった。
ジムの中でとんでもない爆発が起きた。
フィールドの方の仕掛けが暴発でもしたのかと冷や汗をかきながらフィールドへ向かえば、昔馴染みのオーバと見知らぬ男が土煙の中に立っていた。
いや、彼らだけではない。何かが倒れている。見慣れたシルエットは、オーバのブーバーンのはずだ。
「……おい、なんだよこれは」
「おうデンジ遅かったな!もう終わっちまったぜ」
「いやだからなんだよこれは。バトルしてたのか?お前が?」
「おう。お前に挑戦しに来てたんだがお前がいないからよ、俺が相手したんだわ。負けちまったけどな!」
「………………負けた?」
デンジの知り得る中で、オーバは指折りの強さに入る。
なんたって彼は此のシンオウのポケモンリーグの四天王だ。そんな彼が負けるなど、チャンピオンや他の四天王でもない限りはそうそうない。
デンジとて彼が負ける姿を見たのは数回だ。今オーバがボールに戻したブーバーンは、デンジが知る中で最も強いブーバーンだと思っている。
そんな彼が、負けた。
デンジに挑戦しに来たというこの、トレーナーには見えない優男に。
「あんなバトルはじめてでした。一瞬たりとも気が抜けないなんて、すごい方なんですねえオーバさんは」
「そりゃおま、あったり前だろ!オーバさんはポケモンリーグの四天王なんだぜ!?」
「えっ!?そうだったんですか!?」
「知らなかったのかよ!いやデンジさんの事知らないってのもよっぽどだけどよ!」
更にオーバやデンジを知らなかった、ときている。
オーバを倒す程のトレーナーに名すら知られていないのはちょっと、いやかなり悔しい。オーバも知られていなかったのでどっこいだが。
それよりも、この男の事がどうしても気になった。
デンジは飢えていた。
持て余す程の向上心を満たしてくれる相手がいない。誰とのバトルもつまらない。どいつもこいつも似たような戦術、ポケモンの能力頼りで頭で考えて戦術を練りもしない。
リーグの玄関口で、トップジムリーダーとして待ち構えていればいつか来るであろうデンジを奮い立たせるほどの猛者は、待てども待てども来なかった。
だからジムで待つ事すら嫌になって、ジムを空ける事が多くなって。
そんな矢先に現れた、彗星のような男。ジムを空けていた時間はそう長くない、その間にオーバを打ち倒してしまった男。
気がつけば手を伸ばして掴んでいた。この男の細い腕を。
「―――俺とも、バトルをしろ。挑戦者」
デンジの試合申し込みに丸々と見開いた瞳は、月のようだった。
彼ならこの気の狂いそうな飢えを満たしてくれるかもしれない。そう、縋る思いだったのだ。
(大変なことになってしまった…)
まさかオーバが四天王だったとは。軽い気持ちで入ったジムにまさか四天王がいて、成り行きでバトルして勝つとは思いもしなかった。
いや負ける気もしなかったのだが、まさか四天王だったとは夢にも思うまい。
そしたらジムリーダーが帰ってきて、今度はジムリーダーと戦えとは。どんなトーナメントだ。ムリゲー過ぎる。
ポケモントレーナーは総じて皆戦闘民族なのだろうか。いや待って欲しい。
「いやいや待て待てデンジ、さっきの今でもう一戦はきついだろ」
「なんでだ。元々俺への挑戦者だろう」
「そうだけど!いなかったのお前だろ!連戦で相手がお前は流石にきついって」
オーバは庇ってくれているが、デンジはどうしてもバトルがしたいらしい。
お前今まであんなに消極的だったじゃねーか!とオーバがツッコミを入れている辺り、今まで彼はあまり進んで挑戦者とバトルをしなかったのだろう。
だが突然、何かに追い立てられるようにバトルを申し込んでくる。
掴まれた腕はピクリとも動かない。手放さない、手放したくないという意思が嫌でも伝わってくる。
どうしたらいいだろう、とデンジを見て、ふと何か違和感を感じたのだ。
涼し気なその顔に、どこか焦りが見えた気がしたのだ。―――途端に真咲を捕まえる腕が、真咲に縋っているような気がしてならなかった。
「……わかりました、バトルをしましょう。ええと、デンジさん、でよろしかったですか」
「…ああ」
「ですが、流石にオーバさんと戦った後のこの子達はボロボロです。正直私も疲れ切っています。なんせ私たちは此処に仕事をしにソノオから来ているので」
「そりゃまた随分遠い所から来たな…つか、あんたの仕事って」
「私、結婚式の司祭もしておりまして。ポケモンの結婚式なるものも取り行っております」
「あ、俺それ聞いたことある。チャンピオンが騒いでた」
「えっそうなんですか……」
「なんで当人がそんなに驚いてんだよ」
そこまで有名になっているとは思いもしなかったのだ。
そう考えて話題がズレている事を思い出す。軌道修正をしよう。
「ええと。それで、私は一度ソノオに帰らなければなりません。業務も残してきておりますし、何より今この万全でない状態で貴方と戦うのは、失礼にあたるかと。…貴方の事を何も知らず息抜きのつもりでこのジムに来た私が言うことではありませんが」
「息抜きって…」
「ですので、また近いうちにバトルをしましょう。またナギサに来ますから」
「………………分かった。必ずだ」
「ええ。ですから、今度はちゃんとジムにいてくださいね」
にこりと笑うと、デンジは渋々、といった様子だが手を放してくれた。
縋るような目が少しだけ和らいだ気がした。それに安心する。
真咲の足元の影からやや心配そうな視線を感じた。大丈夫ですから、と視線を送る。
「…じゃああんたの空いている予定を教えて欲しい」
「いつでしたっけ……」
「連絡先交換したらどうだ?スマホ持ってるだろ?」
オーバの一言で、デンジと連絡先を交換する事になった。
そして何故か連絡先にオーバの連絡先も追加された。四天王と知り合いになってしまった…
あまり使わないスマホ、殆ど真っ白な連絡先に一気に二人、有名人が追加されてしまった事に苦笑いした。
「では私はソノオに戻ります。オーバさん本日はありがとうございました。審判の方も」
「んっ!?あ、いやいや!こっちこそ今日はスゲーもん見せてくれてありがとよ!」
「それほどでも。それでは、」
「っおい!」
出ようとした矢先、デンジに呼び止められる。
真っ直ぐな少年のような目だと思った。ああ、なんというか。
真咲は自覚していないのだが、迷い子が見せるようなこの目をした人にもポケモンにも、大層弱い。
だから助けになろうと思ってしまう。どんな方法であっても、彼らが道を見つけられるのであれば。
「あんたの名前は、」
「ああ、申し訳ございません。私はマサキ。ソノオタウンの教会で神父をしております。お悩みなどがありましたら、いつでもご相談に乗りますよ」
いつか、教会にもいらっしゃってくださいね。
そう言い残すと、真咲はナギサジムを出た。
ナギサから戻り、ポケモンセンターに預けたポケモン達も戻って来て、漸く真咲は教会の自室で腰を落ち着けた。
戻るなりベッドに直行し、布団に沈んだ真咲をけらけらと笑う声。
『おうおうお疲れだなマサキ』
「お陰様で。もう動きたくないです」
『だとよ!』」
ゾロアークの呼びかけでモンスターボールから出て来たメタグロスやゲンガー、オノノクスがいそいそと真咲を運んでいく。
あ〜自分で行きます、嘘です動けますから、ちょっと!というぼやきは無視して彼らは風呂場へと直行していった。
アレは風呂の世話も喜んでやる。間違いなくやる。だってバトルに出してもらえなかったのだ、これくらいはしたいだろう。
『……で、どうだった?マサキは』
『…イツモアンナ風ニ、手ヲ差シ伸ベルノカ』
『ああ』
『誰ニデモ?』
『そうだ。誰にでも、だ。困った奴だろ』
あのジムリーダー、デンジに彼は手を差し伸べてしまった。あとで鬼のように通知が来るぜ、とニマニマしてベッドに寝そべる。
だが、あんな困った奴じゃなければ、自分達はきっと救われなかったのだ。
だから、自分達が助けてやらないと。あの向こう見ずな男を。
それが、まんまと救い上げられてしまった自分達があの男に出来る精一杯の恩返しなのだ。
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