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ブラドキングが通報していたようで、敵が去った15分後救急や消防が到着した。
生徒の内、敵のガスによって意識不明の重体15名。重・軽傷者11名。無傷で済んだのは13名だった。
そして、行方不明2名。その内の1名は大量の血痕が確認され、恐らくは重傷者とされている。
プロヒーローは6名の内1名は頭を強く打たれ重体。1名が大量の血痕を残し行方不明となっていた。
生徒達は皆、病院で治療を受けた。
合宿所近くの病院だ。皆厳戒態勢で合宿所に宿泊し、間を見ては入院している緑谷、八百万、耳郎、葉隠の様子を見に来ていた。
合宿所の大部屋で、轟は空を見ていた。
助けられなかった。救えなかった。
目前にいながら、零仔の手を掴めなかった。
彼女は見た限り重傷だった。恐らく今回生徒の中では、最も。
肩は抉られ、全身に裂傷が見て取れた。B組の泡瀬の話によると、全身にドリルやチェーンソーをつけた化け物がいたのだという。
八百万もそれにやられた。彼女は脳無だったと言っていた。
零仔は脳無に八つ裂きにされ、その上で拉致されたのだと。
「……っ、」
泣きそうな顔をしていた。
よくよく考えればずっと彼女は何かを悩んでいる様子だった。
彼女はそれをあまり表そうとしなかった、こちらもそれほど踏み込むべきではないと思っていた。
脳無の装着していたドリルやチェーンソーは、一部が完全に破損していたものがいくつかあったそうだ。
零仔が必死に応戦して奮闘したのだろう。
彼女ならそれがすぐに脳無だとわかったはずだ。あの状況で助けも呼べず、誰かに合流して巻き込む訳にもいかずに、ただ一人で戦わなければならないと知った時彼女は一体どれだけ恐怖を覚えた事か。
そして彼女の血痕が大量に残っていた場所の地面は完全に凍り付いており、彼女が個性を全力で使用した事もわかった。個性を使用しても尚脳無は止まらなかったのだろう。
ガス発生地点付近で起こった謎の強風。局地的に突如発生した大雨。
自然ではまず起こらない温度の変化が観測され、それも零仔が個性で操作したものだと判明していた。
そこまでやれば、彼女は間違いなく自分の体温の調節ができなくなる。
その上であの出血量。
生きているかどうかすらも、危ういと。
あの時より強くなったと思っていた。
あの時彼女が怪我をしていても、何もできないままお互いを慰め合っていた時より、ずっと強くなった。なれていたと思っていた。
(変わってねえじゃねえか…!!何も!!)
強くなったとしても、彼女を救えない力なんて意味がない。
傷つける力が強くなったって、彼女を守れない力なんて意味がない。
自己嫌悪に苛まれている中、「轟ちゃん」と、蛙吹に呼ばれて。
緩やかな動作で蛙吹を見る。蛙吹は轟の隣までやってくると、座った。
「大丈夫なの?」
「おう、怪我は大したこと…」
「違うわ。轟ちゃんは、大丈夫なの」
蛙吹は怪我の事を言っているのではない。
零仔に必死の思いで手を伸ばし、掴めなかった。同じく爆豪に手を指し伸ばせずに蹲り絶叫する緑谷と、呆然と膝をついて、掴めなかった手を地面に叩きつけていた轟を見ていたからこそ。
轟は比較的冷静だ。だがそれは表情に出さないだけで。
「……実のところそこまで、余裕はねえよ」
「…そう」
いなくなったからこそ強く意識した。
彼女はそこまで主張が強い方じゃない。それでも彼女がいなくなって、まるで心に風穴があいたようだった。
ずっと彼女の存在は、轟の心を埋めていたのだ。
無事でいてくれと、生きていてくれと、ただそれだけが空いた心の隙間を必死に埋めるように浮かんでは消えていく。
「…ねえ、轟ちゃん。一つ聞いてもいいかしら?」
「なんだ」
「零仔ちゃんは貴方にとって、「ただのお友達」なの?」
疑問形ではあるが、蛙吹のそれはほぼ確信なんだろう。
ここで、誤魔化したらもう彼女に向き合えないと思った。
「…違う。あいつは、零仔は、そんなもんじゃない」
ただの友人なはずがない。
あんなに大切だと、守りたいと思った少女が、ただの友人という枠に収まる程度の存在なはずがない。
好きだとか、愛しているだとか。そんな綺麗な感情でもない。
「大事だ。何よりも、大事な奴なんだ。……あいつが喜ぶなら、笑えるなら、何だってしてやりたい」
ああ、そうだ。
例えこの気持ちが、愛だの恋だのといった綺麗で美しい感情じゃなくても。
自分があの父親の息子なのだと嫌でも思い知らされるほどにドロドロとした胸やけのする程に痛々しく醜い感情だとしても。
それでも、例えば保須の病院での夜で彼女に抱いたそれは、あの瞬間は恋だったのではないかと思う。
それからはずっと手探りで、自分の気持ちは分からないまま確信も持てないまま、それでもただ彼女といる時間が好きだった。
でも、ショッピングモールで、たかがぬいぐるみ一つで滅多に緩まない表情が緩み切って嬉しさを隠しきれない様子の彼女に抱いたそれは、保須での不確定なそれではなくて――――間違いなく恋だったのだ。
思えば幼い頃、ずっと泣いていた自分に、誰かを傷つける人間になるのが怖かった自分に、ハッキリと「ヒーローになれる」と言ってくれた時から、彼女に恋をしていたのかもしれない。
その感情が愚かにも父親への憎しみで塗り潰され記憶さえも掻き消され、気付かぬうちに蔑ろにしてきた。
彼女と出逢って、彼女と再会して、何度も彼女に恋をした。
この愛なんて綺麗なものではない、どす黒く重い感情の始まりは、確かに恋だった。
「…この感情は、あいつが帰ってきたら伝える。それまでは取っておく」
「…それがいいわ。…零仔ちゃんに、伝えてあげて」
彼女が重傷を負っている。
敵に攫われて無事かもわからない。
こんな事は決して考えたくもない。だが人間は常に最悪を考えて行動しなければならない。
轟の言葉も、蛙吹の言葉も、それはどうか生きて帰ってきて欲しいという希望の裏返しだった。
もし、彼女が…帰らなかったら。その時は、この感情を誰にも告げないまま一人、墓まで持っていくつもりだ。
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